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クライブが手にしていた書類は特別留学のものだった。
考えてみれば不思議はない、クライブが留学を考えることは。庶子のクライブと伯爵家の嫡男が同い年なのだから、過ごしにくい環境から脱出したいということだろう。
「入学したばかりのわたくし達では、準備期間はおおよそ三ヶ月しかないということですね」
「はい。ですから、この制度を知っていたとしても一年生で利用しようと思う者はあまりいないでしょう。制度を知る切っ掛けも、普通は上級生が留学する時ですから」
そんなことを知るクライブはよっぽど家を出たいということだ。わたしは敢えてそこには触れず、書いてある内容を黙読することにした。
「これ、定員数が決まっていないのね。各項目に設けられている基準をクリアすればいいということは。絶対評価で決まると理解していいのかしら?」
「その通りです。相対評価ではないので、該当者が出ない可能性もあります」
「クライブ様、ご一緒しても構いませんか?一緒に目指しませんか?」
「ルーセント侯爵令嬢、あなた、ご自分の立場を理解していますよね?」
「ええ、婚約者に関わらないよう注意された者ですわ。ご存知でしょう?」
これぞ正しく渡りに船。わたしのフェードアウト計画には最適だ。いくら前世の記憶があるとはいえ、所詮箱入り令嬢。いきなり出奔はリスクが高すぎる。けれど、アカデミーのバックアップがある留学ならば心強い。何より、クライブは境遇から察するに本気で留学しようとしているはず。
独りぼっちでどこかへ行くよりは、今日初めて話した相手だけれどクライブが一緒の方がありがたい。
「ですが、あなたのお立場で易々留学の許可が下りるでしょうか?」
「あら、心配するのは学力ではなくそこなのね」
「将来の国母になる方です。そして、あのお方を支える役割を担う方。恐らく教育面に問題はないでしょう。ですが、そんなお立場の方が簡単に国外に出られるとは思いません」
「ふふ、だからこそです。将来の外交の為に学生時代から繋がりを作る、そうでもなければ自国では得られない他国の情報を得る為とでも言いましょうか?」
王家にも侯爵家にもいくらでも理由は言えると思う。それに、王子がアカデミーではわたしと関わりたくないと言ったことは、既に王家へ誰かによって報告済みだろう。
だから、留学条件さえクリアしてしまえば勝算がある。王家側も余計な衝突は防ぎたいだろうし、余計なことをわたしの目に入れさせたくはない。
「ルーセント侯爵令嬢は見た目や聞こえてくる噂とは違う人物なんですね」
「ありがとう、誉め言葉として受け取るわ。それでご一緒していただけるのかしら?」
「勿論です」