レイチェル・ラーナー子爵令嬢
ある日わたしは気が付いた。わたしはレイチェルになったのだと。そう、わたしが知るレイチェル・ラーナー子爵令嬢に。
仲の良い両親に大切に育てられ、五つ上の兄からも可愛がられるレイチェル。家は裕福でないとしても、愛情溢れる幸せな一家に生まれ育ったのが、レイチェル・ラーナー子爵令嬢だった。
大きめのクリクリした青い瞳を持ち、緩いウェーブのハニーブロンド。美しさと可愛さが共存する、とあるゲームのヒロインだ。
そしてそのゲームをわたしはプレイしていた。内容はというと、言ってしまえば乙女ゲーム。ただ、攻略対象者の好感度を上げる為に情報収集と証拠集めをしなければならなかった。
王道の王子ルートに入った場合、悪役はなんと爵位が一番低い男爵令嬢。爵位が高い家の令嬢では醜聞になると出来ないことまでやってのけてしまうという設定。
『まあ、あの方…』と他の令嬢達から眉を顰められても動じない鋼メンタル令嬢だった。そして本来の婚約者である侯爵令嬢に王子の側近や気に入られたい貴族子息を使って嫌がらせをするというもの。
時折その矛先がレイチェルに向くこともあるという厄介な人物だった。
そんな人物でも、男爵令嬢は王子のお気に入り。何がどうあっても周囲に忖度されてしまうのだ。本当は一方的に男爵令嬢が侯爵令嬢に嫌がらせをするよう周囲に頼んだことすら、真実が捻じ曲げられてしまう。身分を笠に着た侯爵令嬢から嫌がらせを受けた男爵令嬢を憐れんだ王子の側近達が勝手にその報復措置に出ただけだと。若しくは、侯爵令嬢が何かを仕組んだので、ことが起こる前に正したことになったりした。
どうしてそこまで、侯爵令嬢が追い詰められるのか。これには理由がある。アカデミー入学式に王子が侯爵令嬢に心無い言葉を放ったからだ。王子の側近である侯爵令息を始め、周囲は聞いていない振りをしながらもしっかりその言葉を聞いていた。そして、王子の為に言葉の内容を拡大解釈してしまうのだ。その結果、王子が男爵令嬢と共に一時を過ごせるよう、侯爵令嬢が傍に近寄れなくなる様々なことが為されてしまったのだった。
悪い噂もその一環。高位貴族令嬢なのに、気が弱い侯爵令嬢は噂のせいで萎縮してしまうどころか、何も言い返せず全てを受け入れてしまう。周囲はそんな醜悪な侯爵令嬢は王子に相応しくない、身分は低くとも男爵令嬢は王子に安らぎを与え気遣いが良く出来る令嬢と持て囃してしまうという悪循環を繰り返した。
それを打開するのが、レイチェル。男爵令嬢を侍らしておきながら、王子はレイチェルが気になってしょうがない。
レイチェルは王子と適切な距離、う~ん、ちょっとだけ近い距離で接しながら男爵令嬢が如何に性悪かをその学年の終わりに開かれるダンスパーティで伝えるのだ。様々な証拠を手に。序でに、侯爵令嬢の冤罪も晴らす。
この証拠集めが大団円のハッピーエンドルートに繋がる。
そう、レイチェルは正義の味方なのだ。可愛らしさで王子を篭絡し、婚約者から奪い取るのではなく正しい行いで目を開かせる令嬢、それがレイチェルだった。
側近の侯爵令息もその姿に目から鱗、今までの行いを反省し今後は正しい姿で王子をサポートすると誓う。そして、侯爵令嬢はというと、様々なことに自分が立ち向かえなかったことを反省して婚約者の座を降りてしまうのだ。そして、ここからがとても重要。侯爵令嬢がどれだけレイチェルに恩を感じるかによりハッピーエンド具合が変わってくる。即ちその後に見られるアニメシーンに影響してしまうものだった。
ある一定の数値を超えれば、侯爵令嬢はレイチェルを侯爵家の養女に迎え入れるよう父親にお願いしてくれる。これでレイチェルに王子の妃になるという道が開かれたことを示唆する美しいドレス姿での終わりを迎えられるわけだ。
そうそう、別ルートの攻略対象者であるクライブ・ダウリング伯爵子息とは早い段階で近づいておかなければならない。彼は頭脳派である上に、自分の境遇からか嫌がらせに敏感なところがある。だから、攻略しなかったとしても、証拠集めの良い協力者になってくれるのだ。勿論、境遇を聞いた上で、立ち向かう勇気を与えなくてはいけないが。
ここまで覚えているわたしがこの世界に転生したのは、前世で何があってこうなったかは分からないけど、ボーナスステージにいるようなものだ。
入学式後の王子の侯爵令嬢へ対するあの台詞もしっかり飛び出したし。そして、こんなに簡単にいくとは思わなかったけど、王子との出会いイベントも至って楽勝だった。
ぶつかった時に思わず『来たー、ゲーム通り!』と思い、飛び出した声が震えてしまった程だった。しかも、お約束通り王子からは名前を聞かれたのだった。
それにしても、どうかと思う。隣に男爵令嬢を侍らしながらもわたしの名前を聞き、抱きかかえて医務室へ運ぶという行為は。しかも、直ぐ傍に倒れている婚約者がいるというのに。
ゲームでは攻略するのが当然だった王子。今はこんなでも、交流をする中で『誠実さとは?本当の愛情とは?』を学習させ、ダンスパーティで真実を見る目を開かせる流れではあるけれど…。本当にそんなことが出来るのか不安になってしまう。
あまりにも無理そうだったら、早めに側近の侯爵令息ルートを狙うのもありかもしれない。その時は、住んでいる国の為にも、王子と侯爵令嬢をくっ付けておいた方が…、無難だよね。
アイメリアはどこにいるのか分かっていませんが、レイチェルは知っています。