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クライブが話してくれた目標にわたしは驚いた。予定より早く学院を卒業し、医学アカデミーへ通うとクライブは言ったのだ。場合によっては殺人を依頼する為だったお金で、命を救う医学アカデミーを目指すという。
これも一種の百八十度方向転換になるのだろうか。
期間を短縮して卒業する為に、今以上の教科を選択し、少しでも良い条件で進学出来るよう優秀な成績を修める。クライブはわたしの目を見ながら、そう宣言してくれた。
お互い決定的な言葉を今の状況では伝えられないけれど。
「医学アカデミーも一定の要件を満たせば奨学金が出るんだ。問題は下宿先かな。これまで同様しっかり運用して三年分の費用をなんとかしないと。研修医になれば、病院の寮に入れるようになるらしいから」
「色々なことを調べた上でリボンを贈ってくれたんじゃない。藻掻かなくてもいいように」
「ただ一緒にいたい、ってだけでは駄目だからね」
リボンを贈るまでにクライブは本当に色々考えてくれたようだ。前世の夫が失踪するまでに考えた、どのタイミングで現金を全て引き出すかとは次元が違う。
ある日突然失踪した人と比べてもしょうがないけれど、彼より若いクライブの方がよっぽど様々なことを考え大人に思える。
「リアの為に僕は固められるところは固めてしまいたいんだ。仮に殿下の卒業に合わせてリアが呼び戻されたとしても、僕の下宿先という身を隠すところがあれば…。この国を出たどこかで行方知れずになれる可能性が残る」
「…ありがとう、クライブ」
侯爵家へ戻りたくないけれど、この国にも迷惑を掛けたくないと思うわたしの為にクライブは色々考えてくれていたのだ。
「でも、わたしは、クライブに一番迷惑を掛けることになってしまう」
「リア、仮に君が僕に迷惑を掛けたとしても、それは迷惑じゃない。頼りにされたっていう、栄誉だ」
わたし達はお互いに遠慮しているのか、臆病なのか。一番肝心な言葉を伝え合っていない。まるで、そこだけ黒塗りするかのような言葉を交わし合っている。
「クライブ、実はわたしも考えていたことがあるの。この国に来たのは、婚約者から関わらないで欲しいって言われたから。だったら、絶対に視界にも入らないようにしようと思って。わたしには他にも小さい頃から言われ続けたことがあるの。それを少しでも現実に近付けようとしたら、どうなるかしら」
王子の婚約者というわたしの立場は、王家からも侯爵家からも都合の良いものでしかない。特に、他国から妃を迎える場合は側妃だと言った王家には。
でも、その異国の姫が側妃を許さなかったらどうなるのかしら?侯爵家は子供だけでも産ませたいから、わたしを正妃の侍女にでもして手付きを狙うの?それは無理だわ。王子の好みはクレアやレイチェルだもの。
「楽しいことを考えている顔だね」
「ええ、楽しいわ。たまたまとは言え、様々な国の人が出入りする港町があるこの国に来たことはわたしには僥倖だったみたい」
「その考えに僕が協力出来ることはある?」
わたしは口角を少し上げクライブに微笑んでみせた。




