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わたしは今の自分の立場に対する考えをクライブに伝えた。留学期間を満了出来ない可能性があることも。
「わたしはこの先もクライブとこの国かどこか他の国で暮らしたい。これが本音。だけど殿下がアカデミーを卒業するタイミングで帰国するよう侯爵家から連絡があるかもしれない…。そして帰国してしまったら、二度とこの国には戻れないと思う」
「僕も同じようなことを考えていた。自分の気持ちに気付かない振りをして、このままリアと楽しい思い出だけを作るべきか、それとも少しでも一緒に藻掻くか」
「クライブは一緒に藻掻いてくれるの?」
「その気がなければ、リボンは贈らなかったよ。そして、僕の目標を変えたりしなかった」
「目標を変える?」
ダウリング伯爵家から離れる為の留学。クライブの目的はそれだけではなかった。確固たる目標を持っていたのだ。
目標に向け、わたし同様クライブもまたお金を運用していた。学院から支給される毎月のお小遣いにほとんど手を付けず、運用に回していたそうだ。わたしのように家から持たされた金品などクライブには無かったが、今まで伯爵家に隠れて少しずつ貯めたお金があったのでそれも一緒に。
「ごめんね、本当は小さくても宝石が付いたものをプレゼントしたかったけれど…」
「ううん、わたし、このリボンが嬉しいの」
何かの目的の為にお金を貯めていたクライブ。それなのに、週末に一緒に出掛けて昼食を食べることもあった。そして、今日は贈り物。
このリボンが、そしてリボンの色がクライブの決心。
「僕は罪を犯す予定だった」
「えっ?」
クライブが話してくれた当初の目標にわたしは驚いた。内容にも、クライブの心を支配していた闇の深さにも。
「以前、僕が伯爵家の書類仕事をしていたって話したことを覚えている?」
「勿論覚えているわ。腹立たしい内容だったから」
クライブは本当に頭が良い。作成した書類の内容はほとんど覚えているそうだ。そして、伯爵家の執務を担っている担当者がどういう間違いをし易いのか、どうしてそういう間違いが起きやすいのかも。
「態とそのままにして提出した書類もある」
一見すると正しく見えることは、特にそのままにしてクライブは書類を処理していたのだという。アカデミーに入る前からクライブは様々なことを目論んで種を撒いていたのだ。どれが芽を出すかは分からないけれど、母数が多い方が分子も大きくのなるのだから。
「僕が留学から戻る頃、積もった間違いから何か起こればいいと思っていた。でも、都合よくそんなことは起きない。だから金が必要だったんだ。僕は街のどういうところに金で後ろ暗い依頼を引き受けてくれる連中がいるか知っているから」
「それは…」
「連中も金を積んだからといって必ず成功するとは限らない。場合によっては捕まっただろうね、僕は。それでもいい、伯爵家の連中に一泡吹かせたかった。金の貯まり具合で、何を依頼するか決める。留学中はそれを考え楽しもうと思っていた。でも、リアの存在がそれを狂わせた」
わたしは本当に良いタイミングでクライブの留学に便乗したようだ。
クライブは伯爵家の人達をどうするか考えるより、わたしと共にいる毎日が楽しかったと言った。そこで気付いたのだという、どうでもいい人達の為に罪を犯し罰せられることほど馬鹿らしいことはないと。
「だから僕は金の使い道、目標を変えたんだ」




