レイチェル・ラーナー子爵令嬢3
諦めました、王子を攻略することは。でも、わたしの意思とは関係なく王子がやって来る。しかも、王子と王子の取り巻きの前でのみ可愛らしい表情をするクレアを連れて。
もうクレアでいいじゃん、あんなにアピールしているんだからとわたしは心の中で思っているというのに。でも、声にしていないのだから伝わるはずがない。『もうわたしのことは放っておいて!』、この一言が言えたなら、どんなに楽か。
いくら学ぶ場所とはいえ、付いて回る身分階級がわたしから王子を遠ざけることを阻止してしまう。仮に侯爵令嬢とクライブがわたしの傍にいたのなら、状況は変わっていたのかもしれないけれど。
あの二人はいつ帰ってくるんだろう…。
親しくも、まとにも話したこともない二人の帰国を勝手に待ちわびて一年と半年。なんとかやり過ごし続けた王子がアカデミーを去るまであと三月。クレアが倒れた。それも、中庭にある飾り池のところ、わたしの前で。
どういうこと?勿論わたしはクレアを突き飛ばしたりしていない。それにクレアは醜悪な笑みを浮かべわたしに押されたかのような演技をすることなく、意識を飛ばしたかのように倒れてしまった。
これってわたしが悪者になるの?
クレアは男爵令嬢、わたしは子爵令嬢。五十歩百歩かもしれないけど一応わたしの家の方が爵位は高い。ということは爵位の高いわたしがクレアを威圧的に睨んで、そのせいでクレアが意識を手放したことになってしまうの?争ってもいない王子の寵愛を巡って。そんなのご免だわ。
どうしよう…。ここはわたしも倒れておく?でも、クレアと違って、わたしの後ろは地面。倒れるなら勢いよく、尻もちじゃあ駄目よね。
取り敢えず、これしかない。
「誰か助けて、クレア様が!」
水を吸った制服を身に着け、意識のないクレアをわたしが助けるのは無理。深さがない飾り池だとしても。ここは人を呼ぶしかない。今後の展開がどうなるかは分からないけれど、ここでわたしが逃げるのは一番拙い。逃げたイコールあいつがやったに違いない、になってしまう。
わたしはその後、中庭で何があったのか医務室の先生に聞き取りを受け、見たまま全てを話した。変な情報操作をして後で齟齬が生じるよりは、ありのまま全てを話すほうが良いに決まっている。
もしかしたら、離れたところで誰かが見ていたかもしれないし。
わたしは何もしていないし、悪くない。本当に悪いことをしていない役柄としての悪役令嬢はきっとこういう気持ちを持ち続けたのだろう。しかも周りからは誤解され続け、色々言われてしまうのだと思うと何だか切なくなってきた。でも、感傷にふけっている場合ではない。クレアが倒れたことが、今後どんなことに繋がるのか考えなくては。
心の中で様々な可能性を考えては戦々恐々とするものの、わたしの毎日に変化はなかった。強いて言うならば、それからクレアを見掛けなくなったことが変化なのかもしれない。




