ミュリエル、ネコネコ防衛隊に癒される
『マルデルの涙亭』の表には一階の食堂と二、三階の宿屋のカウンターがある。
従業員となったぼくらは裏の勝手口から入ることになる。
裏庭には女将のビヴァリーさんの八歳の娘であるルーシーがしゃがんでいた。
白猫、黒猫、ブチ猫、そしてそれより二倍も大きな森林猫、この四匹の猫にご飯をあげていた。
「あっ、お兄ちゃんたちおかえりなのん」
「ただいまぁ」
ぼくらは勤めて明るい口調で答えた。
「東区で火事があったみたいだけど、大丈夫だったん?」
「ああ、火事はもう収まったよ」
「そうなん。おかん達が風向き次第で、南区の住民も避難するか相談してたん」
「その心配はなくなったよ」
「実はね、ルーシーちゃん、ハルトくんは……」
「あっ、待って、ミュリエル」
「どうしたの、ハルトくん」
ぼくはミュリエルの耳元に低声で、
「火事現場から子どもを救ったことは女将さんたちには内緒にしようよ……」
「えっ、どうしてなの?」
「危ないことをしたって、怒られそうじゃないか?」
「うっ……そういえば」
「そうだな。初日から女将に嫌われちゃ、追い出されるかもしんねえ……ここはだまっておいた方が無難ってもんよ」
ぼくの頭の上に乗ったエリーゼも同意した。ルーシーはぼくらをじっと見て、
「どうしたん?」
「なんでもないよ。それより、この子たちはルーシーちゃんのペットなのかい?」
「そうなん。ペット兼ネコネコ防衛隊なのん」
「ネコネコ防衛隊?」
「うちが名付けたん」
ルーシーがえっへんと胸をはった。何というか子どもらしい可愛いネーミングだなあ。
「猫ちゃんたち、とっても可愛いのぉ❤」
ミュリエルは癒されたようにニコニコだ。人に慣れているようで、ミュリエルが黒猫を撫でても逃げない。
「ふ~ん……防衛隊というからには、何かから守っているのかな?」
「うちの家は食堂と宿屋やってるん。だから、どうしてもネズミやゴキブリが寄ってくるのん。そいつらを退治するために雇っている防衛隊士なんな」
「ああ、なるほど……」
食べ物屋で異物混入騒ぎがあれば大ごとだ。ミュリエルがにこにこして、
「ねえねえ、ルーシーちゃん、このニャンコちゃんたちに名前はあるの?」
「あるん。右から森林猫のデューイ、ブチ猫のヒューイ、黒猫のルーイ、白猫のジョーイなん」
「そうなの。かわいい名前なの」
「猫は優秀なハンターだからね。ぼくの故郷でも穀物蔵や食料庫のネズミ対策に猫を飼っている家が多いなあ。故郷の家でも森林猫を一匹飼っているよ。なつかしいなぁ……」
森林猫は古代から住む猫属のなかでも、北域の寒冷気候へ適合したといわれる種族だ。
長毛で大きめの動物である。
寒さから体を守るため、ふわふわと厚手の毛皮をもち、二層状となって寒さに耐える。
外層が粗く、内層の密度が高く、水を通しにくい特徴がある。
うちで飼っていたのは黒と赤のサビの森林猫だったが、ここの家の子も三色の三毛森林猫だ。
どちらの森林猫も体長60cmで、8キロは超える大きさだ。大きいので怖そうだけど、森林猫は人間との交流に積極的で、賢いことで知られる。
雪原を歩くために指と指の間にタフトという長い毛の束があり、これをカンジキのように使って雪の上を歩くことができる。
北域神話にもこの長毛の森林猫は出てくる。
雷神ソールさまでさえ持ち上げることのできなかった巨大猫の話や、女神フレイヤさまが車をひかせる二頭の猫は、この森林猫の先祖だといわれている。
「うちの実家では一匹しか飼えないけど、四匹も飼うなんて、さすがに都会の宿屋兼食堂は違うなあ」
「まるで猫屋敷みてえだな!」
ルーシーは森林猫を撫でながら、
「ネコネコ防衛隊はお仕事でネズミ捕りしているから、ごほうびにもっといいエサをあげたいん。けど、おかんがあんまり高級なエサを与えると、ネズミを獲らなくなるんと言うんな……」
「なるほど、そういうものかぁ」
「かわいそうだけど、これも食堂で飼われた猫のつらい掟なんな。ならぬ堪忍するが堪忍なのん」
「ならぬ堪忍って……ルーシーちゃんはむずかしい言葉を知っているねえ」
「おとんがよく言ってるん」
「そうなの? お父さんの座右の銘かな」
ミュリエルがカバンのふたを開けて、中で休んでいた魔貂を出し、
「そうだ。ウィリーもごあいさつしなさい。これからお世話になる宿屋の先輩猫さんなの」
ミュリエルが使い魔のウィリーをおろして、猫たちに顔合わせた。
ウィリアムは体長40cmくらいで体重も1キロはないだろう。
三匹の猫と同じくらいの大きさだ。
「フィヤ!」
と、ウィリアムがあいさつした。
すると先輩猫のデューイがウィリーに対して、「シャーー」とうなり声をあげて威嚇した。
「デューイ、だめなん。仲良くするん」
「あら、やっぱりテンと猫じゃ相性が悪いのかしら?」
「猫は一番最初にいた先輩猫がエラそうなのん。でも、うちのデューイは唸ったり、猫パンチとかするけど、噛んだり、爪を出したりはしないのん」
「フィヤ~~…」
ウィリアムがデューイに向ってにらんでいたかと思うと、ポンッと音がして白煙があがった。
一体、どうした!?
白煙が霧散していくと、ウィリアムは森林猫より大きな黒い狼犬に変身していた。
「ガウゥゥ!!」
と、牙をむいて猫たちを威嚇した。
「フギャアァ!!」
デューイをはじめ四匹の猫が総毛だって驚いた。
頭を引き、四肢を曲げ、身体を低くし、尻尾を体の下にしまい込んで、耳を後ろに寝かせた。
これはできるだけ自分を小さく見せて、こっそりと相手の前から姿を消したいという、猫界における完全降伏のポーズだ。
ちなみに、犬などの動物は降伏のポーズで腹を見せるものが多いが、猫は腹を見せても降伏のポーズとはならない。
相手に腹を見せても、いつでも起き上がって攻撃できるぞ、というハッタリみたいなものだ。
猫ちゃん可愛い❤、と思ってお腹を撫でても、それでは猫は人間を下に見ている。
「ちょっと、ウィリーったらイタズラがすぎるの……」
ミュリエルが困り顔で大きな狼犬の首を抑えた。
「バウッ!!」
ガルムが長い舌でミュリエルを舐めた。
「テンが狼犬に変身したん!?」
ルーシーが驚いて目を皿のようにまん丸にして、茫然となった。ぼくもだけど……
「ウィリーはただのテンじゃないの。魔貂という魔法動物で、九化けのテンとも言われるほど変身魔法が得意なの」
「そうなん!? すごいのん!!!」
ぼくは以前、人食いの森で魔道士ギリリスに追い詰められた時、ウィリーがミュリエルに変身して助けてもらったことがある。
「ウィリアムが変身するところを始めて見たよ。これはただの狼犬じゃないね。モンスターかな?」
「ガルムなの」
「えっ!? ガルムって、ヘルヘイムに住むという冥界の番犬かい!?」
「うん……」
人が亡くなると、世界樹ユグドラシルの地下にあるといわれる死者の国ヘルヘイムへ行くと言われている。
死者の国は三層構造で、一番下の層に、女神ヘルの住むエリューズニルという巨大な館がある。
館は高い垣根に囲まれ、その入り口には大きな門があり、門を守っているのが冥界の番犬ガルムだ。
それにしてもこの黒毛の狼犬は禍々しい姿をしている。
魔狼フェンリルも生まれた時はふつうの狼と同じくらいの大きさだったというけど、フェンリルの幼体かもしれないような畏怖感があった。
「おいおい、猫たちとルー坊がこわがっているだろ。はやく変身を解いてやった方がいいんじゃねえか?」
エリーゼも口では威勢がいいが、若干引きぎみだ。
「そうなの。ウィリー、イタズラはその辺にして元に戻って!!」
「ガウゥゥ……フィヤ!!」
冥界の番犬ガルムから白煙がわきたち、ウィリーは元の白いテンに戻った。
この事があって以来、デューイたちネコネコ防衛隊はすっかりウィリアムを別格あつかいするようになった。
後書き
最近、第一部を読み返したけど、ハルトのダガーやミュリエルの地図の魔法道具、ウィリアムの変身魔法などの初期設定のことをすっかり忘れていた。
第二部でもっと有効に使えたなあ……と反省。
せっかくだから、初期設定を今からでもバンバン使っていこう!!!
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