ハルト、火災現場に出くわす
「えらいこっちゃあ!!」
エリーゼがぼくらの頭上を飛びまわった。
「魔王軍が攻めてきたのかな!?」
「ううん、これは敵軍の襲来ではないわ。どこかで火事が起きたの!!」
カン、カン、カン、カン、カン、カン……
ソール教会の鐘楼の鐘も共鳴したかのように、警報の早鐘を鳴らしはじめた。
周囲を目で見まわした。
「フィヤッ!!」
ウィリアムがミュリエルの肩上で、首を向けた方角を見る。
高い屋根の向う、メイプル通りの方角から黒煙が見えた。
魔法動物のウィリアムの方が火の気に敏感なようだ。
「行ってみよう!」
「こりゃ大変だぁ~~」
「あっ、二人とも待ってなの!!」
鍛冶屋小路を出ると、メイプル通りには火災に追われ、身ひとつで逃げ惑う卯人々や、運び出された荷物や、野次馬たちでごった返していた。
「いったいどうしたんですか?」
ぼくは近くにいた野次馬の一人に聞いてみた。青いローブを着た巡礼者の若い男だ。
「あそこは安アパートのようだが、一階からカマドの火が原因で火災になったようだね……」
通りの右側にある三階立ての建物から黒煙があがっていた。
「そうですか……」
「火を司る守護神ニョルズよ、どうかその怒りを収めたまえ……」
若い巡礼者は天に向かって祈りをささげた。
目の辺りに流木でできた遮光器をつけていた。
おそらくまだ雪の残る雪原や高山の聖域を巡礼していたのだろう。
下町の有志と思われる人達が堀水から水をバケツリレーで消そうと消化活動を始めていた。
「どけどけ!! 消化隊のお通りだ!!」
そこへ灰色の兜をかぶり、灰色の防火服を着た人達がポンプを乗せた馬車とともに、人波をかきわけてやってきた。
「あれはベルヌの町の消化隊なの」
消化隊士は消防馬車に積まれた手押しポンプを動かし、消防ホースで炎に向けて放水を始めた。
他の消化隊士は金具を持ってきて、隣家を壊し始めた。
「あいつら、火も消さずに家を壊し始めたぞ!?」
「ミュリエル、あの人達は?」
「火事鉤などで、延焼を防ぐため火が進む方向にある家屋を壊し、広い防火帯をつくる人たちなの」
「なるほど」
「助けて、助けてください。娘がまだ家の中にいるのです!!」
母親らしき人の悲痛な声が聞えた。
「無理だ。この炎と煙では中に入ることはできない!!」
「でも、娘が!!」
半狂乱になって燃える入口に進もうとする母親を近所の人達が必死に押さえつけていた。
「ママぁぁ!!」
「ニーナぁぁ!!!」
幼い少女の声が三階の窓のほうから聞こえた。
「まだ生きているんだ!!」
「あっ、ハルトくん!!」
ぼくは入口に向って駆け出した。
するとぼくの手を誰かががっしりとつかんだ。
「きみ、よすんだ!!」
巡礼のお兄さんがぼくを以外と力強い手で押さえていた。
遮光器の前面に刻まれた細いスリットの奥の目が、怒ったように見えた。
「離してください」
「危険だよ。専門の消化隊士でも無理と言っているんだ。素人のきみがいっても焼け死ぬだけだよ」
「いえ、ぼくは素人ではありません。冒険者です」
「冒険者だって?」
「ええ、今日なりたてのほやほやですけど。ぼくの入った『黄昏の画廊』の冒険者チーム『銀雪の豹』だったら、こんな時、きっと助けに行くと思うです」
「きみも『銀雪の豹』に憧れる者か……困ったものだね」
巡礼者が苦虫をかみつぶしたように吐き出す。
「困ったとは?」
「昨年、『銀雪の豹』が魔王軍の指揮官イノグラディウスを倒し、その軍団を撤退させてからというもの、『銀雪の豹』に憧れる若者が続出してね、慣れぬ人助けをしたり、素人が魔物退治に出かけたりして怪我がする者が続出する事件があったんだよ」
「そんなことが……」
「いわゆる英雄症候群だね。大した実力もないのに、自分を英雄や救世主だと思い込み、危ないことをして怪我をする……ただの自己満足であって、相手にとっては迷惑になることもあるのだよ」
「そんなこと……」
ぼくはちょっとだけ、心の奥でドキリとした。なんだかぼくって、その英雄になりたいと思い込んでいるだけの、痛い人なんじゃないかと不安になった。
「それに『銀雪の豹』のリーダーは英雄と呼ばれる器ではないね」
巡礼者に憧れの冒険者パーティーをけなされたようで、少しムッとした。
「『銀雪の豹』はベルヌを魔王軍から救った英雄ですよ」
「一年前のことさ。尾ひれがついて、英雄に祭り上げられているが、本人は愚物といっていい」
「なっ……あなたはそのリーダーを知っているんですか?」
ぼくはムッとするのを押さえて聞いてみた。
「ああ、ベルヌに住んでいると、見る機会は多いよ。戦勝パーティーがあちこちで開催され、貴族や豪商のお世辞に舞い上がり、たくさんの進呈品を受け取り、酔って騒いでいた……つまり賄賂を受け取ったってことさ。ありゃあ、とんでもない愚物だね」
「うぅ……」
ぼくは辺境で『銀雪の豹』が魔王軍の指揮官を倒した話しか知らない。
この人の言うことが本当だとしたら、ぼくは大げさに誇張された英雄の虚像に憧れていたことになる。なんだかショックだった……
「だからきみも、『銀雪の豹』の真似をするのはやめたまえ」
「いや、でも……」
「いいえ、ハルトくん。あなたは実力があるの」
力強い女の子の声がした。
「ミュリエル……」
「そうそう、ハルトなら出来るさ。なんたって、さる御方からえらばれたんだぞ」
「エリーゼ……」
ぼくは胸の中から温かいものがこみあげてきた。
「ママァァ!!」
また少女の助けを呼ぶ声が聞えた。
「いかなきゃ!!」
ぼくは巡礼者の手を振り切って建物入口へ向かった。
ミュリエルが魔法の杖を燃え盛る建物の入口に向けた。
「大気に漂いし水粒よ……我を助け、集いて放たれん……水滴球!」
杖の先から水色の球がいくつも生じ、七つの水の榴弾となって建物に向けて飛んでいった。
ジュウゥゥと火が消える音がして、入口の魔法猛火は消え去った。
「おおおおっ!!!」
「水魔法を使える魔法使いだ!!!」
市民や消防隊から歓声があがった。
「ミュリエルはこのまま消化活動を手伝って、ぼくは女の子を救出に向かう」
「わかったの……ハルトくん、気を付けて!」
「がんばれよ、ハル坊!!」
「フィヤ!!」
ぼくはミュリエルの水魔法で生じた水たまりに手拭いをつけ、それを口のあたりにまいた。
焼け焦げた建物の中に入り、右側に階段をみつけ、そこを登った。
すると、ミュリエルの水魔法で一時的に鎮火した火災が、ふたたび火勢をあげてきた。
ぼくは背中にしょった鞘から雷鳴神剣ソール・ブレイドを引き抜いた。
長剣にマナを集めると、大気中の水分が集まり、刀身から水滴がしたたり落ちる。
「岩をも穿つ水滴よ……水竜の化身となって放たれん……水ノ武技・流水乱襲鞭!!」
刀身から高圧の水流が生じ、一条の鞭と化して火勢に伸びた。
流水鞭の水圧が炎を鎮火させた。
その隙に階段を二階へ上った。
さらに上にも火と煙が。
ふたたび流水乱襲鞭をつかって、鎮火させながら三階へ向かった。
「たしかこの辺りの部屋のはず……ニーナちゃん、この部屋かい!?」
「だれ……ママ?」
中から心細くおびえる子どもの声がした。
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