ハルト、雷神ソールのお守りを欲しがる
ぼくらは『幸福の星亭』を出て、鍛冶屋小路を出た。
突き当りに大きなメイプル通りがあり、東区から通りを道なりに行けば南区の『マンデルの涙亭』に戻れる。
左側に目印となる高い火の見塔が見えた。五階建てくらいの高さがある。
「初めて来るから、ああいう火の見塔が目印にあって良かったよ。無かったら鍛冶屋小路の入口がいまいちよく分からなかった 」
「あっ、あれは火の見塔じゃないわよ」
「えっ、そうなの?」
「あれは教会の鐘楼なの。火の見塔の鐘はもっと小さいわ」
鐘楼は1時間ごとに鐘を鳴らし、時報の役割を果たす塔のことだ。
「本当だ。鐘が人間よりも大きいや」
「ギュスターブさんも間違えて覚えていたのね」
「それにしても都会の教会は鐘楼も大きいなあ……グラ村の火の見塔は三階くらいの高さしかないよ」
「ミュー坊、何の教会だ?」
「そこまでは……見てみましょうか」
ぼくらは帰る道の反対、左側へ曲がって歩いた。
「ベルヌは大きな港のある貿易都市だから、海の神エーギルさまの教会じゃないかな?」
海神エーギルは波しぶきを思わせる白髪白髯の神さまだ。
海底の宮殿に住み、海に沈んだ財宝はすべてエーギルさまの元に集まるという。
船乗りたちは安全な航海をするために、貪欲な海神の腹を満たすべく牛肉や馬肉などを捧げる儀式があるという。
また、海で溺れ死んだ者はエーギルさまの元へ連れていかれる。
なので、船乗りや漁師は死んだ時にエーギルさまの不興をかわないように、服に小銭を縫い付けておく習慣があった。
「エーギルさまの信仰も強いけど、ベルヌでは湾港の神であるニョルズさまの信仰のほうが強いと思うわ」
「へえ、そうなんだ。高原育ちのぼくにはあまりなじみのない神さまだなあ……」
「ニョルズさまは豊穣神フレイさまと美の女神フレイヤさまの父親なの」
「そうだったんだ!!」
「ニョルズさまは風や海、火などの動きを司る海の神さまなの。船舶会社から船乗り、漁師にいたるまで港湾関係者はニョルズさまを信仰する者が多いわ。だから、ベルヌでは航海と港湾を守る神としても信仰されているのよ」
美形で知られるフレイさまとフレイヤさまの親というだけあって、ニョルズさまも美形で知られる。特にその足は神界一の美しさで有名だという。
「なるほど。ベルヌは大きな港で有名だからね。海神で航海神のニョルズさまが一番信仰されているのか」
「ニョルズ教会は『第一の城壁』内にある第一区に大聖堂がって、第二区に教会が二つ、第三区に四つ教会があるはずなの」
「ずいぶんと多いね!!」
「ニョルズさまは、富める神さまでもあり、信徒たちに土地や財産を分け与えると言われているの。だから『第二の城壁内』に住む第二区の商人たちからも信仰が厚いわ」
「商人の神さまでもあるのか。商人の神さまというと、ヴォーダンさまとフレイさまも有名だよね」
知恵や魔術の神であるヴォーダンさまは、商人や旅人が求める「旅の安全」や知略を使った取引を司る神さまでもある。
豊穣と繁栄の神であるフレイさまは、豊作になれば財産ができることから、商売の成功を司る富の神さまとして、商人に信仰されている。
「ヴォーダンさまやフレイさまも商人に信仰されているけど、王都や工業都市の商人の方が信徒は多いと思うわ」
「土地柄的に、湾港都市のベルヌはニョルズさまの方がなじみ深いというわけか……」
「いわばニョルズさまは、ベルヌの守護神ね」
教会の前に行くと、青いローブを着た巡礼者たちの一団がいるのが見えた。
巡礼者は北域の各地にあるヴォーダン教会、フリッガ教会、ソール教会、フレイ教会や、辺境のあちこちにある聖地や神殿を巡る人達のことだ。
ぼくの住んでいたグラ村にも教会はあった。
田舎の教会は小規模の『巡礼教会』というのが一軒あるだけだ。
そこはヴォーダンさまを始めアースガルズ全ての神々を祭る教会施設となっている。
また、巡礼教会は一般の旅人や行商人なども泊めた宿泊施設でもあった。
そして、ここにある教会には石斧型の紋章が見えた。
「あの紋章はミョルニルの戦鎚だ!」
「するとここはニョルズ教会ではなくて、ソール教会じゃないか!!」
エリーゼがぼくの頭の上に乗って叫んだ。
「ほんとだ。ベルヌにもソール教会はあったんだ……農民の信徒が多いから、港湾都市ベルヌにもあるとは思わなかったなあ……」
「アースガルズの主だった神々の教会はベルヌにも一通りあるはずなの」
「えっ、つまり二十柱以上の神々の教会があるということかい!?」
「さすがはアルヴァラド王国第二の都市だぜ!!」
ぼくとエリーゼは感心した。教会は、『マンデルの涙亭』と『黄昏の画廊』本部を合わせたよりも大きな石造りの立派な聖堂であった。
教会の入口で、巡礼者親子の子どもが司祭から小さな石斧の御守りをさずかっていた。
「わーい、ソールさまのお守りだあ!!」
無邪気な子どもの喜ぶ声がした。
「あっ、あれはミョルニルの御守りじゃないか。ぼくもソールさまの剣の所持者として一つ持っておくべきかなぁ……」
北域では、ミョルニル・ハンマーを模した石斧を『避邪の功』がある御守りとして、家に飾る風習があるのだ。
これがあると、病魔が退散し、災厄が払えるという。
「くすっ」
「なにかおかしいかい、ミュリエル?」
「ハルトくん、お顔がパ~~ッと輝いているの」
「えっ、そう?」
なんだか恥ずかしくて頬が上気するようだ。
「『黄昏の画廊』に入れたお祝いに、ソール教会にお布施をして、ミョルニルの御守りをさずかりましょうか?」
「えっ、いいの!?」
「いいと思うの。それにまたお顔がパ~~ッと輝いているの」
ぼくって、顔に出やすいタイプなのかなぁ……
「待て、待て、待てい!!」
小妖精がぼくらの間に翔んできた。
「なんだよ、エリーゼ?」
「あんな玩具の石斧なんか買う必要あるか!! おめえにはそこらの御守りや護符を山ほど集めても敵わないくらい霊験あらたかな、雷鳴神剣という護神刀があるじゃねえか!!」
「はっ!! そうだった。いや、でもぉ……」
「デモもストライキもあるか。玩具を欲しがる子どもみたいな顔しやがって……今はミュー坊の借金返済のためにも無駄使いしている場合じゃなかろうが!!」
「う、うん……そうだったね」
「エリーゼったら、ハルトくんが欲しがっていたのに……」
「お前も甘いぞ、ミュー坊。どいつもこいつも、わっちが財布のヒモをきっちり抑えておかないと金は溜まらないぞ!!」
「シュン……」
「ま、まあ……マンデルの涙亭へ急ごうよ」
シャン、シャン、シャン、シャン、シャン、シャン……
どこからか速いテンポで金物を叩くような音が聞こえてくる。
「この音はなんだ!?」
「火の見塔の『警報の早鐘』なの。ベルヌの町で何かが重大な事態が起きた報せなの!!」
「なんだってぇ!! もしかして、雪解けの春になり、ふたたび魔王軍がベルヌに攻めてきたんじゃ……」
城塞都市に入るときに見た、昨年の戦場跡と城壁の破壊痕を思い浮かべた。




