ハルト、マンデルの涙亭に就職す
ぼくらが声をした方を振り向くと、料理屋『マンデルの涙亭』の女将がいた。
「悪いけど、あんたたちの話を聞いちまってね。若いのに苦労しているんだね」
「いえ、それほどでも……」
「ところで、今日ベルヌに来たばかりの冒険者のようだけど、宿はもうとったのかい?」
「いえ、まだこれから探そうと思っています」
「なら、うちで住み込みのアルバイトしながら冒険者の仕事をしたらどうだい?」
「えっ!?」
「うちは一階で食堂をやっているけど、二階と三階は下宿屋を営んでいるのさ。冒険者ギルドの『黄昏の画廊』が近いだろ。だから冒険者の客はお得意さまでね。冒険者になったばかりで仕事のない初心者をバイトに雇ったりしているんだよ」
「そうなんですか」
確かに宿屋に泊まったら日ごとに出費が増える。ここで住み込みのバイトをしながら冒険者の仕事を探せば経済的に大いに助かる。
ぼくはミュリエルを見た。彼女はこくんとうなずいた。
「確かにとてもありがたい話なの」
「そうかい。あたしはビヴァリー・ゴーランドってのさ。マンデルの涙亭の女将をやっているのさ」
女将さんは、実にハキハキと滑舌よくしゃべる、威勢のよい女性だ。それにぼくらのことを聞いて、アルバイトと部屋の世話をやいてくれて、とても親切な人だ。
「ぼくはハルト・スタージョンっていいます」
「私はミュリエル・ボーモントといいます」
「フィヤ!」
「この子は魔貂のウィリアムなの」
「わっちはピクシー族のエリーゼ・エリスンだ」
「そうかい、よろしくね、未来の勇者パーティーさんたち」
勇者パーティーだなんて、気恥ずかしくなるなあ。
「じゃあ、三階のさらに上にある屋根裏部屋がふたつ空いているから、それを使っておくれな」
とんとん拍子に話しがすすみ、ぼくらは屋根裏部屋へ荷物を置いてから、また一階の食堂へ行って、隣にある店員の控室に入って、机に容易された用紙に履歴書を書いた。
まさか一日に二度も履歴書を書くことになるとは思わなかったが、二度目となると手慣れたものだ。
港湾都市ベルヌに来て、初日に冒険者ギルドに入り、昼過ぎには拠点となる宿泊施設と当座の仕事先が見つかった。武闘士の修行のため、孤独な旅をしていたはずが、ミュリエルたち仲間ができ、運命の変転に我ながら驚くばかりだ。
そこへ裏口から音がして、パタパタと足音が聞えてきた。この軽い足音は子供のようだ。
開いたドアから廊下を走る子供が通り過ぎるのが見えた。
ビヴァリーさんの娘さんかな?
あっ、戻ってきた。
そして顔を半分のぞかせて、こちらをうかがった。
耳の上で栗色の髪の毛を二つ結びにして、くりくりした目が大きい。眉が太めで、ビヴァリーさんに似ている気がする。またパタパタと走って奥の方へ行った。
「なあなあ、おっかちゃん。あの人達って、もしかして新しい店員さんなのん?」
「ああ、そうだよ」
なんて声が聞こえてきた。やっぱり、ビヴァリーさんの娘さんなんだ。
ビヴァリーさんが女の子を連れてこちらに来た。その背後に隠れて顔を半分だけのぞかしている。恥ずかしがり屋さんなのかな。可愛いものだ。
「ちょいと娘を紹介するよ。この子はルーシーっていうのよ」
ミュリエルがニコニコして、
「まあ、可愛い子なの。私はミュリエルっていうの。よろしくねえ」
「うちはルーシーなのん。よろしゅうな」
「まあ、そうなの、可愛いわねえ。学校の帰りなの?」
「そうなん。今日はなぁ、学校で分数を習ってきてん」
「そうなのぉ、分数なんて、懐かしいの」
「なあなあ、お姉ちゃんは冒険者なのん?」
「そうなの。私はまだ見習いだけど、魔法使いなのよ」
ミュリエルの左肩からぴょこっと、魔法動物のウィリアムが顔を出した。
「白いイタチや!!」
「この子は魔法動物の貂よ。私の使い魔で、ウィリーっていうのよ」
すでに履歴書を書き終え、窓から外を見ていたエリーゼも「なんだ、なんだ」と四枚翅をはためかせてやってきた。
「妖精さんや!?」
「わっちはピクシー族のエリーゼってんだ。よろしくな、ルーシー」
「なあなあ、妖精さんはうちの持っている絵本から飛び出してきたん?」
「んなわけないだろ。わっちは白い牙山脈の麓にあるウィンダム大森林の妖精の里から来たんだ」
「そうなん!!」
そして、ルーシーはじっとぼくの方を見た。
「僕はハルトっていうんだ。武闘士なんだよ。ぼくらは冒険者になるためにベルヌの町に来たんだ。よろしくね、ルーシーちゃん」
「うん。そうなんかぁ~~冒険者かぁ~~」
ルーシーは珍しげにぼくらを見た。
「なあなあ、ミュリエルお姉ちゃんとハルトお兄ちゃんは付き合ってんの?」
「えっ!?」
「ええっなの!?」
うわあぁ……なんてこと聞くんだこの子は。恥ずかしくなって、頬が上気してくるのがわかる。
ミュリエルの方を見ると、彼女も真っ赤になっている。
「こらこら、ルーシー。年上のお兄ちゃんお姉ちゃんをからかうんじゃないよ。部屋へいって、宿題をやってきなさい」
ビヴァリーさんが笑いを押し殺しながら、ルーシーを引っぺがして連れていく。
「はーい。お兄ちゃんたちも、よろしゅーな」
「う、うん」
うわぁ……まだ、心臓がドギマギする。とにかく履歴書を書き上げないと……
「おいおい、甘酸っぺえことしてないで、はよ、履歴書を書けよ。わっちはもう書いたぞ」
「わ、わかっているよ!!」
ぼくはにたにた笑う小妖精をジト目で見た。
まだ仕事には時間があるので、ぼくはギュスターブさんの兜の修理のため、『幸福の星亭』にいる鍛冶屋のアシモフさんの家へ行く事にした。
「それじゃあ、私もついていくの」
「わっちも行くぞ。このあたりの地理を知っておきたいからな」
「フィヤ!」
ひとりで行こうと思ってたけど、連れだってマンデルの涙亭の裏口から外へ出た。




