ハルト、仲間のために誓う
「私の実家は東にあるエヴァレット地方ボーモント領の領主なの」
「領主というと、ミュリエルの親は貴族だったんだね」
「えっ!? そうだったのか!?」
エリーゼが驚いた。
「ハルトくんはあまり驚かないのね……」
「うん……なんとなく。ミュリエルは礼儀作法もしっかりしているし、以前、婆やがいると聞いたことがある。だから、お金持ちの商家か貴族かもしれないと思っていたんだ……」
「今まで話せなくてごめんなさい。ハルトくん、エリーゼ……」
「いや、いいんだよ。でも、よかったら、事情を話してくれないかな?」
「そうだよ、なんで、いいところの貴族の子女がなぜ魔法使いになって冒険者なんて庶民がなるような仕事についたんだ?」
「貴族といっても、ボーモント家は下層の弱小貴族なの。父のリチャード・ボーモントは五年前に飢饉がおきたとき、領民が飢えて苦しむのが見ていられなくて、私財を売り払って、小麦などの食糧を買って、領民に与えたわ。でも、それでも足りなくて、王都にある大商人のフェドロフ商会に借金をお願いしたの。だけど、法外な利息が毎年増えて行き、払えきれず、とうとう1億3000万ゼインにもなったの。そして二年前、一括返済を求めてきたの。返済しないと、担保の土地と屋敷をすべて売り払うことになるの」
「そんな……」
「妖精族は基本的に物々交換だから、いまいち金勘定が肌でわからないんだよなぁ……1億3000万ゼインてのは、かなりの額なのか?」
「うん……王都の役場職員の平均年収が460万ゼインくらいだから、かなりのものだよ……それの、およそ30倍くらいかな」
「うへえぇ……とにかく、人間族ってのは、お金ってのに支配されてるみたいだな」
お金に支配……確かにその通りかもしれない。
「フェドロフ商会の会頭のエグリゴリ・フェドロフは借金返済の代わりの他に、条件をつけてきたの。ボーモント家の長男……私の兄を廃嫡して、フェドロフ家の息子ネフィリム・フェドロフをボーモント家に婿入りさせたら、借金は払わなくていいって……」
「えっ!? それはつまり、ミュリエルがその商人の息子と結婚させられるってことかい!?」
「そうなの……フェドロフ商会はボーモント家の家督を奪うのが目的なの。貧乏貴族でも、貴族は貴族。身内が貴族になれば、王侯貴族とも商売がしやすくなるらしいわ」
「家督を奪う……なんて奴だ!!」
ぼくは思わず椅子から立ち上がってしまった。怒りのあまり頭に血が上ってしまった。
「落ち着いて、ハルトくん……私の両親はそんなことはさせたくなくて、私を屋敷から出したの。私は魔力量が高いほうだから、王立魔術学校に通っていたんだけど、フェドロフ商会の手下たちが私をさらおうとしたの」
「誘拐……なんて奴等だっ!!」
ぼくはフェドロフ商会のあまりの卑劣さに、怒りで我を忘れそうになりさそうだ。
「それで、父の友人の伝手を頼って、ひそかに学校を抜け出し、隠退した魔法使いのお師匠さまの所へ弟子として隠れたの」
「そうだったんだ……」
「少しでも借金の返済の足しにしたくて、高価なタチナオリ草があるという辺境のウィンダム大森林のある『人食いの森』の近く『妖精の泉』を捜していたのよ」
「そこでぼくに会ったんだ……」
「わっちともそこで会ったな。思えば、ずいぶん昔に感じるなぁ……」
初めてミュリエルと会った日の事はよく覚えている。
白くて大きな庇付き帽子をかぶり、白い道服を着て、エメラルドのような碧眼にハチミツのような金髪を肘のあたりまで伸ばした可愛い魔法使い見習いの女の子――それはまるで一枚の絵画のようだった。
ミュリエルが借金の形に意にそぐわぬ相手と結婚させられ、実家を乗っ取られようとしている。
なんとかその運命から助けたい。こんなとき、武闘士なんて無力だ。いくら強くなっても、借金の足しにもならないんだから……
「いや、ぼくらは冒険者になったんだ。仕事をいっぱい請け負い、レベルを上げ、さらに高ランクの仕事を得ていけば、きっと借金を返すことができるはずだよ」
「ハルトくん……」
「フィヤ!!」
「そうだな……うだうだ悩んでもしょうがねえぜ。とにかく今はミュー坊のために明日からクエストをじゃんじゃん引き受けていこうぜ!!」
「エリーゼ……みんなありがとう」
魔貂のウィリアムもミュリエルの肩にのぼり、彼女の頬をすりすりしていた。
「なぐさめてくれてありがとう、ウィリー。そうね、今はとにかく仕事を頑張りましょうよ!!」
ようやく前向きになれた。
「それで、借金の返済期日はいつまでなんだい?」
「今年の12月末までなの……」
「12月末かあ……今は4月半ば――のこり8ヶ月半か」
この半月の間の冒険で1510ゼイン稼いだ。残りの1億1490ゼインもがんばれば手に入れられるかもしれない。
「よし、がんばっていこう!!」
ぼくは自分を鼓舞するように力強くいった。
「ミュリエルを政略結婚の道具になんてさせてたまるもんか!!」
「そうだ、その意気だぜ、ハル坊!! ミュー坊を悪徳商人なんかに渡してたまるもんかい!!」
「フィヤ!!」
「みんな……」
ミュリエルが涙ぐんでぼくらを見た。
「でも、今回もそうだけど、こんな大金を私の実家の借金のために使うわけには……」
「いや、前にも言っただろう。ぼくの旅の目的は、スタージョン流武闘術をもっと極めて、もっともっと強くなりたいことだ……今は師匠でもある姉さんよりも強くなることが目的であって、報酬は二の次なんだ」
「わっちはハル坊がドライアード様から授かった雷鳴神剣ソール・ブレイドが正しいことに使われてるか、どうかの御目付役だ。三度の飯さえ食べられれば他はいらないぜ!!」
「フィヤ、フィヤ!!」
「みんな……ありがとう……」
「泣き虫だな、ミュー坊はぁ……」
「そういうエリーゼも涙ぐんでるよ」
「これは汗だって、ハル坊!!」
ぼくらはミュリエルのために冒険者として必死にクエストや依頼をこなしていかなければならない使命がうまれた。
「ぐすん……いい話じゃないかぁ……」
突然、声をかけられて驚き、ぼくらは声のした方角に振り向いた。