ミュリエル、家庭の事情を語る
「岩風蜥蜴は渓流に住むモンスターで、渓流域生態系における、生態ピラミッドの頂点捕食者を占めているの。それを一人で倒すなんて……」
「ハル坊の姉貴って、すごい奴だな……」
「あはっ……姉さんはぼくより強いからねえ……」
「ったく……スタージョン流の武闘士は猛者ぞろいじゃねえか……まあ、だからこそ剣の所持者に選ばれたこともあるかぁ」
魔法アイテム換金所の受付には、髪もアゴヒゲも白くて長い、童話の魔法使いみたいな風貌のおじいさんがいた。
「ほう……冒険者初心者かい。私はローガンズ・クレイトンという。ここのギルドで魔法アイテムの鑑定人をしておるわい」
「よろしくおねがいします!」
「アイテムを鑑定して欲しいの」
クレイトンさんは長いアゴヒゲをしごきながら、
「ほお……お前さんたちは冒険者たちとしてはずいぶん若いのう……わしの若い頃を思い出すわい」
「クレイトンさんも冒険者だったんですか?」
「そうなんじゃよ。わしは元魔法使い職でな……若い頃は仲間と『緑の手』というパーティーを組んで、ダンジョン巡りや魔物退治をしたもんじゃい」
「へえ~~…そうだったんですか」
「それで、どんな物を見せてくれるんだい?」
ミュリエルが緊張した面持ちで、
「ええっと、まずは薬草のタチナオリっていう薬草です」
「わっちの故郷に生えていた草だな」
タチナオリを材料に作った延命湯という水薬は重い病気になった人も立ち直るという珍しい薬草だ。
ミュリエルは旅行鞄から小さな箱を出した。
片手に乗るサイズの小箱で『なんでも収納箱』という、ミュリエルのお師匠さま自慢の魔法道具だ。
小箱の中は異空間に通じていて、いくらでも収納できるという。
ミュリエルは小箱のふたを開けて呪文を唱えた。
「リリクリー、ルルクリー……万能なりし、なんでも収納箱よ……タチナオリ草を出して!!」
小さな箱からパンの生地のように細長いものが伸びて、草丈が1メートルくらいのギザギザの葉っぱの植物を出した。
それも床に天井まで届くほどのタチナオリ草が出てきた。
「こ、こんなに……いやあ、『なんでも収納箱』なんて久しぶりに見たよ。ずいぶん、たくさん入るものだねえ……」
魔法アイテム換金所の小父さんも驚いていた。
「まだあるの。今までにハルトくんが退治してきた魔物の魔石があるの」
ミュリエルは魔法の小箱から大量の魔石を出した。ゴブリンの魔石が45個。
オークの魔石が3個。
シャドウ・ハウンドの魔石が3個。
ひときわ大きいのが、幅が1メートルもある魔石で、トロールが1個、ヨロイカバが1個ある。
ちなみに人食いの森の怪植物や怪生物、風船蜘蛛やトリフィドは、野性のモンスターなので魔石はない。
「魔石をこんなに……きみたち、本当に初心者冒険者なのかい!?」
クレイトンさんが目をむいて驚き、他の職員も呼んで鑑定してもらった。
タチナオリ草が合計で660万ゼイン。魔石が合計して500万ゼインとなった。
ぼくはホクホク顔で冒険者ギルドを出た。
「そういえばクレイトンさんが仲間と『緑の手』というパーティーを組んでたって言っていたけど、『緑の手』ってどこかで聞いたことがあるような……」
う~ん……駄目だ。思い出せない。
「たしか『緑の手』は園芸用語で植物を育てるのが上手な人を指す言葉よ。反対に植物をすぐ枯らす人のことを『赤い手』や『茶色い指』というの」
「へえ……園芸用語なんて、よく知っているね。ミュリエル」
母リーズが庭に花壇を育て、裏庭で野菜を育てていたから、そこで聞いたのかもしれない。
「うん。実家の庭師のドリュオンさんが言っていたのを思い出したの」
庭師を雇うくらいの庭に住んでいたんだ、ミュリエルは……以前にも婆やがいると言っていたけど、ミュリエルはいい所のお嬢さんなのかもしれないなぁ。
近くに『マルデルの涙亭』という料理屋があったのでそこに入って、遅めの昼食をとった。
「いらっしゃい。なににします?」
眉の太い三十半ばほどの、やけに威勢のよい女主人が声をかけてきた。お昼を過ぎていたので、客はぼくたちだけだった。
「ええっと、ぼくは本日のおすすめのメニューをお願いします」
「わっちも同じの頼むぜ」
「私はアンチョビとポテトのグラタンとサーモンソテーをお願いします。この子には無塩ソーセージをお願いしたんのですが……」
「フィヤ!!」
「あら、可愛い使い魔だね。あいよ、無塩ソーセージだね」
「えっ、女将さん。この子が使い魔だってわかるんですか!?」
「ああ、魔法動物をいくつか見たことがあるんでね。なんとなく雰囲気でわかるのさ」
「へえ……」
ぼくはおすすめメニューのミートボールのヨーグルトソースかけ、ポテトに細かい切れ目を入れて焼いたハッセルバックポテト、サーモンのアボカド巻き、リンゴンベリーソースのブラッドソーセージを注文した。
「ラシュリー、これを3番テーブルに持っていきな」
「かしこまりー」
やがてウェイトレスのラシュリーさんが湯気を立てる皿に乗った料理を持って来た。
美味しそうな匂いにお腹が鳴りそうだ。
「えっ?」
ウェイトレスさんをよく見ると、二十数歳くらいの女性なんだけど、茶色のボブカットの髪の上に犬のような耳をつけているのでぎょっとした。
よく見るとスカートの後ろに犬の尻尾のようなものが生えていた。
「どったの、お客さん?」
気だるげに犬耳の生えた女性がぼくをいぶかしげに見る。
「えっ、いや……あなたの耳が……」
「ああ……あちし、獣人族なの」
「獣人族……きいた事あります。でも初めて見ました」
都会には色々な人がいるもんだなあ……
「さてはあなた、田舎から来たわね」
「ええ……」
「わっちも獣人族ってのは、初めてみたな」
ぼくの肩にピクシーのエリーゼが来て、ラシュリーさんを見た。
「あら、可愛い妖精ちゃんじゃない。アゲハ~~めっかわ~~」
「アゲハ? めっかわ? なんだいそりゃ」
「めっかわは、めっちゃ可愛いって意味。アゲハはテンションあがるぅ~って意味よ」
「いや、お前、全然テンションあがってるように見えないぞ!!」
「そお? 見てこの尻尾」
ウェイトレスさんの尻尾が上に立ち、パタパタと左右に振られていた。
「これは犬の感情表現で、嬉しくて、興奮状態にあるの」
ミュリエルが教えてくれた。
「あたり~~」
なんだかどっと疲れる……ともかく料理を頂いた。
まずはソーセージをいただく。噛むと皮がぱりっと避けて、肉汁が口の中に広がった。癖が強い味だけどジューシーだ。
「う~~ん。美味しい!!」
「あっ、ハルトくんそれはブラッドソーセージね」
ミュリエルが顔をしかめた。
「ミュリエルは苦手かい?」
「うん……独特の匂いが苦手なの……」
「そうかい? なれれば美味しいけどなあ」
ブラッドソーセージは、血液を加えたソーセージだ。赤味肉のソーセージに比べて色が赤紫色で、血の風味が強い癖になっている。
血液を主原料とするため、とにかく鉄分、ミネラル、ビタミンが豊富で、冒険者や労働者のような肉体を使う職業の者が、精をつけるために下層階級で広まった。
もともと家畜を無駄なく利用する食品で、牧畜の盛んな地方で、屠殺日の祝祭の御馳走だった。
だけど、ミュリエルが言うように、臭気がすごいので、臭み消しの香辛料が必須だ。
このリンゴンベリー(苔桃)ソースの甘みと酸味のバランスが絶妙でブラッドソーセージに良く合う。やっぱり、北域料理にリンゴンベリーソースは欠かせない。
みんなとってもおいしくいただいた。
食後の紅茶を飲みながら、魔法アイテム換金所の成果を計算することにした。
「すごい……合計1160万ゼインだ!! それに、コグスウェルさんに頂いた護衛料金が150万ゼインもある。これで合計1310万ゼインの収入だ!!」
「これでミュー坊の実家の借金も返済できるんじゃないのかい!!」
ぼくとエリーゼがどうだい、と、ばかりにミュリエルを見た。
「それがその……まだ足りないの」
ミュリエルがうつむき消え入りそうな声でいった。
「ええっ!? あとどのくらい……」
「それがその……1億3000万ゼインなの……」
ミュリエルが申し訳なさそうに答えた。
「いっ、1億3000万ゼイン……」
ぼくは生まれてこの方、そんな大金を見たことがない。あまりの数字の大きさに頭がくらくらしてきた……ぼくの生まれたグラ村の年間総収入の何年分だろうか?
「おいおい……とんでもねえ数字だなぁ……いったい、ミュリ坊の両親はどうしてそんな莫大な借金をしたんだよ」
「エリーゼ……家のプライベートなことは聞かないほうが……」
「いいの。ハルトくんにも、エリーゼにも聞いて欲しいの……」
ミュリエルが自分の家のことについて話しだした。