小妖精の住み処、ピクシーの里
枝葉が空をおおう薄暗い森の中、ぼくらの前に昆虫のような翅をしたピクシーのエリーゼが宙を飛んで道を案内する……なんとも幻想的な雰囲気だ……
隣には魔法使い見習いの可愛い女の子ミュリエル……朝、旅立ったときには思いも寄らなかった展開だ。
うねくった根が地を這い、枝が茂る原生林の中をすすむと開けた空間があった。
「なんだ、あれは!?」
大人の身長が三人分くらいの高さがある巨大な長方形の岩が見えた。
それが円状にいくつも広場にあった。
その真ん中には何もないようだ。
「これは……環状列石ね……」
環状列石とは、古代人がつくったという謎の遺跡のことだ。
「ああ……妖精の住み処を人間や魔物から隠すための結界装置でもあるぞ」
「そうだったのね……」
エリーゼの案内で巨石と巨石のあいだにはいって進んだ。
すると、何もなかった空間に茂みがあり、土塚が目の前に見えた。
土塚の穴から槍を持ったピクシーたち六名が羽音をたてて出てきた。
あとで知ったが、土塚はピクシーの住み処の出入り口を守る監視塔だ。
ぼくとミュリエルに穂先を向ける。
「止まれ……人間族がなんのようでここへ来た!!」
「待ってください、ぼくらは敵対する者ではありません」
「そうなの、そうなの……」
ミュリエルがぼくの背中から顔を出してうなずく。
ウィリアムはミュリエルの服の中にもぐったようだ。
両者の真ん中に四枚翅をはためかせてエリーゼが飛んできた。
「まあ、待てよ……隊長さん」
「エリーゼか……人間族を連れて来たのは……」
「ああ……もしかしたら、こいつらが例のアレかもよ」
「例のアレか……」
小妖精護衛兵たちが顔を見合わせうなずく。
なんだか気になる物言いだなあ……
「まあ、いい……武器を預かろう」
ぼくは長剣とダガー、ミュリエルは魔法の杖を護衛兵ピクシーにあずけた。
ストーンサークルの中央部に進むと、石で作られた小山のような建物があった。
二階建てくらいの円筒形の大きさだが、段々畑のような形状で、ピクシー用の小さな窓がたくさんついている。
その窓からエリーゼくらいの大きさのピクシーが出入りして飛んでいる。
蜜蜂の巣を連想させる。
庭には灌漑用水や木の実のなる樹木の園があった。
広場には大きな桶に洗濯物を入れて女子供が踏んで洗っている。
高い物干し綱に洗濯を干すもの、編み籠に食料をいれて運ぶもの、子供たちが遊んだりしていて、確かに生活があった。
「わああああ……すごい、すごい……ここが妖精さんの国なのねえ」
ミュリエルが両手で口をおさえて感動している。
「ぼくも驚いたよ……まるで御伽話の世界だよ……」
「ようこそ、ここがわっちの故郷……ピクシーの里だ」
ぼくとミュリエルがやってくる気配に気が付いた大人のピクシーたちが、子供を抱っこして建物の中に引っ込んだ。
にぎやかな空間が、あっという間にさびしい空間になってしまい、なんだか申しわけない。
「ちぇっ……みんな臆病だなあ……」
エリーゼが口をとがらせている。
妖精の建物の穴が急に光り輝き、中から三人の小妖精が出て来た。
両側に男と女のピクシーがいて、槍のような物を持っているが護衛役であろう。
真ん中に白いひげをお腹まで伸ばしたおじいさんの妖精がいる。
男の護衛兵が長老の耳に何か話している。
「エリーゼか……このピクシーの里に人間を連れて来たのは……」
「はい……例のアレらしき者だと思ってね」
「ふむ……」
長老の目が意味ありげに光る。
「あの……お初にお目にかかります、長老さま……ぼくはハルトといいます。旅の武闘士です」
「ほう……武闘士の少年か」
「あのあの……私はミュリエルといいます。魔法使いの見習いです」
「ほう……めんこい少女じゃ……わしはこのピクシーの里で長をしておるハーラン・バンジョルというもんじゃ」
目を細める長老の横にエリーゼが飛んでいき、
「長老……この人間族のハルトは小鬼三匹をあっという間に退治した強者だぞ」
えっ!?
するとつまりは……エリーゼはぼくとミュリエルの出会いの辺りから一部始終、物陰からぼくらを見ていたようだ。
「おおお……ゴブリンを三匹も倒したのか……」
長老が翅をはためかせてぼくのそばに寄ってきて、左右上下に飛んでぼくの顔をしげしげと観察する。
背中まで視線が貫きそうだ。
「あの……長老様……なにか……」
長老が元の位地にもどり、うむうむとうなずく。
「うむ……この少年、会って半日で忘れるような面相じゃ……」
うぅぅ……ひどい。
どうせ、平々凡々な顔つきですよーだ。
「……じゃが、天顔の相があるぞい」
「テンガンの相……なんですかそれは?」
「つまりじゃな……世界が滅びるような危機がおとずれたとき、妖精郷に助けに現れるという伝説の救世主じゃ……妖精族の予言の書にあるぞい」
「えっ!? いやいやいや……救世主だなんて、そんな大したものじゃないですよ……」
「……ハルトくんって、伝説の救世主だったの!?」
「ミュリエルも信じないで!! そんなこと無いから」
「そうなの?」
エリーゼや護衛兵たちがもったいぶっていた例のアレってこのことかぁ……はっきりいって、このぼくが伝説の救世主になるなんてありえない。
せいぜい田舎の道場の跡継ぎとして、名も無く過ごす人生だと思う。
「いやいや……謙遜することはないぞい……さぞかし、人間族のなかでも強い戦士なのであろうな……」
「いやいやいや……まだまだ修行中の身でして……でも、強くなりと思って励んでいます……」
「謙遜せずともよいわい……お主は予言の子……世界に危機がせまったとき、天が割れ、雷が轟き、地上に現れ出でる救世主なのじゃろう?」
「だから……そんな大層な者じゃないですよ……辺境の平凡な子です……第一、カミナリなんて落ちてないですよ!」
救世主は言いすぎだけど、お世辞でぼくを持ち上げようって、魂胆なのかな?
「なあに……わしには分かる……お主の尋常ならざる力がなあ……」
小妖精族の長老ハーラン・バンジョルさんは意味ありげに微笑む。
だから、違うってば……
「そんな……ゴブリン三匹を倒したぐらいで大げさですよ……ゴブリンは人間族にも脅威の存在ですが、モンスターのレベルでいえば初級の相手です……まだまだ強い冒険者や戦士はいますよ」
長老は長い白ヒゲを右手でしごきながら
「ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ……わしの目は節穴ではないぞい……いっけん、ぼ~~っとした徒手空拳の佇まいであるが、隙がない」
「…………」
「たとえ護衛兵が槍でお主を襲いかかっても、穂先をかいくぐり、戦う術があるな……」
ミュリエルがぎょっとして、周囲を見回す。
建物や土壁、木の実なる樹木の影にピクシー兵士の姿が隠れていた。
「……わかりますか?」
たしかに……ぼくは里に入った時から戦士の気配を感じ、どうやったら、ミュリエルを連れてストーンサークルの出入り口までたどり着けるか考えていた。
「ああ……お主は若年ではあるが、かなりの修練をつんでおる……大人の人間族の戦士にならぶ……いや、それ以上の力があるじゃろう……」
「それはどうでしょう……実は武術修行の旅を始めたばかりでして……いまだ若輩ものです」
「武術修行……なれば、モンスター退治の修行の内ではないかえ?」
「はい……そうです」
そうだ……その通りだ。
武闘士たる者、モンスターに困っている人を助けるのも務め……武闘士とは、かくあるべきだ。
ぼくは武闘士の覚悟が足りなかったみたいだ。
「その腕を見込んで頼みたいことがあるのじゃ……」
きた……エリーゼの言っていた厄介な事だな。
ミュリエルが心配そうにぼくをうかがう。
「報酬は払おう……『人食いの森』に棲みついた怪物を退治して、御神体の大樹の祠から宝物を取り戻してほしいんじゃ」
「宝物?」
「そうじゃ……ピクシー族にとって大切なものじゃが、怪物が棲みついてから取り返せずにおる」
「では、その怪物をたおし、宝物を取り戻せば、妖精の泉に生えているタチナオリを採取してもよいでしょうか?」
「ほう……薬草が欲しいのか?」
魔法使い見習いが進み出て、
「はい……私はミュリエルといいます。長老様……タチナオリを採取させてもらえないでしょうか……実家がお金に困っていて、薬草が必要なんです」
「ぼくからもお願いします、長老さま」
「よかろう……クエストの報酬として、いくらでも採取するがよい」
「ありがとうございます!」
「そのタチナオリが生えている『妖精の泉』より奥のほうに『人食いの森』と呼ばれる魔所がある……そこに五年前から悪しきモンスターが住みついたのじゃ」
「悪しきモンスター……植物系のモンスターですね……そのことは人間の里でも知られていて、この辺りの森へは入らないようにと言われています」
「うむ……悪しきモンスターが外へ出て繁殖しないように、妖精の輪で閉じ込めておる……そのモンスターを倒して欲しいんじゃよ」
「なんというモンスターなんですか?」
「吸血蔦に、人食い花といった植物系モンスター……そしてそれらの親分であるトリフィドを倒して欲しいんじゃよ」
「ほかのモンスターは知っていますが、トリフィドというのは聞いたことがないですねえ……」
「私もぉ……お師匠様のモンスター図鑑や魔物大全を読んで勉強しましたけど、覚えがないの……」
「トリフィドとはのう……今から五年前に流れ星が、この辺りの森に落ちた……その流れ星に種があったようで、そこから生まれた悪魔の食人植物なんじゃ……名前も仮にわしがつけた」
「すると、新種のモンスターですか……」
ぼくとミュリエルはごくりと唾を飲み込んで、長老から悪魔の食人植物トリフィドについて聞いた。
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