ハルト、ミノタウロス・キラーに翻弄される
「どういうことです?」
ぼくは本来の武技審査官であるコンラードさんに事情を聞いた。
「おいらが行うはずだった武技試験は、木剣で小手調べをして、剣筋を見るだけさ。最低限の武技の実力があるかどうかを確認するためにな」
「じゃあ、ギュスターブさんが見せた、あの防衛魔法の盾の試合は?」
「ありゃあ、ギュスターブが大勢の敵を相手にする時にだけ使う実戦防御魔法だ――こんな初心冒険者に腕試しに使う技じゃねえよ」
「えぇぇ!?」
ぼくは再びギュスターブさんを見るが、「ガハハハハ……」と笑ってごまかされた。もう……この人はいい年をして、まるでイタズラ小僧みたいだ。
「で、話しを戻すが、ギュスターブの兜の角はミノタウロスの角なんだぜ」
「えっ!! あの上級モンスターのミノタウロス……あの有名な牛頭人身のモンスターの角だったんですか!?」
道理で牛の角にしては禍々しい湾曲した角だと思ったんだ。
ミノタウロスはダンジョン迷宮島に住むボスで、両刃の斧ラブリュスを持ち、その斧術は無敵を誇る強さだという。
ことわざにも『ミノタウロスに斧』というのがある。つまりミノタウロスのように強い者が、斧という武器を持つことでますます強くなるという意味だ。
「そうさ、おいらとギュスターブのパーティーは以前、西域にある迷宮島って所のクエストに行ってよお、そこでリーダーのギュスターブが迷宮のボスであるミノタウロスをやっつけたんだ。角はその戦利品なんだぜ」
「おい、よせコンラード。照れるではないか……」
「すると、ギュスターブさんはミノタウロス・キラーでもあったんですか……」
ぼくはしみじみとヴァイキングの戦士を見上げた。
「そうさ。おいらはランクCの冒険者にすぎねえが、ギュスターブはランクBだからな」
「ランクBですって!!」
道理で強いと思った。ぼくはそんな強い戦士と手合せをしたのか。
「そうさ。ランクBの冒険者は北域でも全部で17人しかいねえ。その一人がおいら達のパーティー・リーダーだから鼻が高いぜ」
「もう、よせ、コンラード。わしもランクBと言われて慢心しておったわい。増上慢をしたあげくの果てがこの体たらくよ」
ヴァイキングの戦士が苦笑しながら兜の左側を指さした。
ギュスターブさんは豪快で、大兵肥満で、いかつい顔をした、どちらかというと強面で近寄りがたい姿形の人物だ。
だけど、妙に憎めない顔をしていた。
それはどうも眼に原因があると思った。三十半ばくらいの大人だけど、丸くて邪気のない眼に、いたずらっ子のような愛嬌があるのだ。
そして、うちのパーティーのエリーゼに似ていると思った。
トラブルメーカーで、いたずら好きで、仲間に迷惑をかけることもあるけど、なぜか憎めない、愛すべき人物なのだ。
「いいじゃねえかい、ギュスターブよお。片角の兜もよ、これで案外、かっこいいじゃねえかい!」
「わしもそう思ったがのう……どうにも物理的に不便じゃい。ハルト、アシモフ爺さんにこれの修理を頼むぞ」
「はい!」
「アシモフ爺さんは鍛冶屋小路にある『幸福の星亭』という店舗兼工房に住んでおるわい」
「『幸福の星亭』ですね」
ギュスターブさんが兜を木箱におさめ、地図を書いてくれた。
「おおっ、そうじゃい。お前さんはグリ高原からベルヌへ旅してきたんじゃろ。こんな男を見なかったかいのう……」
ギュスターブさんが服のポケットから一枚の紙を取りだした。そこには眼鏡をかけた優しげな風貌の中年男性が描かれていた。
「いや、見たことないですねえ……この人は?」
「そうか……こやつはレイン・ブラッドベルグというてな、わしの幼友達で、無二の親友なんじゃが、ヴァイキングの国である事をやらかしてしまい、国を出たんじゃい。わしはこやつを探すために旅に出たんじゃが、このアルヴァラド王国にいるらしい事が分かったんじゃが、見つからんでなあ……」
心なし、大きな図体のギュスターブさんの姿が小さく見えた。
「パーティーメンバーのおいら達も探しているんだけど、見つからなくてねえ……」
「そうですか……どこかで見かけたら、お知らせします」
「おお、そうか。頼むぞ、ハルト」
すると、闘技場入口から女性の声がした。
「ハルトくん!! わたし、冒険者に合格したの!!」
ミュリエルの弾んだ声が聞えた。
「フィヤ!!」
「わっちも合格したぜ!!」
「みんな、やったじゃないか」
ぼくは皆のほうへ駆けていった。
「へえ……あれが坊やのパーティーメンバーかい?」
「なかなか可愛い子と妖精ではないか、ガハハハハ……」
背後から審査官とヴァイキングの戦士の揶揄するような声が聞えた。