ハルト、ヴァイキングの戦士に会う
ぼくは受付嬢のフレデリカさんに渡された案内図をみながら、『黄昏の画廊』本社の裏にあるいくつかの建物のうち、奥の円形の建物に入った。
「え~と……この建物が実技試験場だな。城塞都市も円形だったけど、ここも円形だ。真円の建物を造れるなんて、きっと高い建築技術なんだろうなぁ……」
フレデリカさんによると、審査官のコンラードさんはランクCの戦士だそうだ。この冒険者ギルドでは、一番下がランクFだから、真ん中くらいの実力者かな。
円形の実技場の扉にノックした。
でも、返事がない。おかしいなあ……
「失礼します……」
扉を開けて入ると、中央に石で出来た円形の闘技場が見えた。右側に受付と思しい詰所の小部屋があり、そこをのぞいてみる。
「えっ?」
毛皮のベストを着た男の人たちがひっくり返っていて驚いた。もしかして強盗にでもやられたのか?
「大丈夫ですか!!」
ぼくは小部屋に入って男の人を確かめようと思った。
「うっ……お酒臭い……」
部屋の中にアルコールの匂いが漂っている。よく見れば酒瓶が転がり、中年男性がふたり床に転がっていた。
中肉中背の男性と、樽のように太った男性だ。それに二人ともイビキをかいている。
「う~~い……誰だ、気持ちよく眠っているのを邪魔するのは?」
太った男性が不機嫌な口調でぼくを見た。茶褐色の髪が伸び放題に伸び、口髭とアゴ髭が胸にまでかかっている。
「あの……あなたがコンラードさんですか?」
「いや、わしはコンラードの友人のギュスターブじゃい。こっちの酔っ払って眠りこけておるのがコンラードだ」
「ああ、こっちの人が……コンラードさん、起きてください」
「うぅぅ……うにゃあぁ……」
ぼくは彼を揺り起こしてみるが、さっぱり目覚めない。ぼくはがっくりと肩を落とした。
「ダメだ……実技試験は後日ということになりそうだ……」
「ふわぁぁ……なんじゃい、小僧。お前はひょっとして、このギルドの入門志願者か?」
大柄な髭男は両手をのばしてアクビをした。
「あ、はい……でも、実技試験官のコンラードさんがこの様子じゃ、今日はダメみたいで……」
「ほおぉぉ……」
ギュスターブと名乗った人は胸毛をぼりぼりとかきながら、ぼくを凝と見つめる。
「よお~し……わしがコンラードの代わりに小僧の実力を見てやろう!!」
「えっ、あなたが!?」
「わしもこのギルドで冒険者をやっておる。コンラードがヒマそうなので、酒を差し入れてやったが、つい二人で飲みすぎてしもうたわい、ガハハハハハハハ!!」
あっ……コンラードさんが酔っぱらって寝ているのはこの人のせいだったのか……この人もコンラードさんと同じくらいのランクC辺りの戦士かな?
「あっ、でもギュスターブさんも酔っているなら、後日にでも……」
「遠慮することはないわい。多少酔っているくらい、わしには良いハンデじゃい。どおれ……」
ギュスターブさんが起き上がると、少しよろけた。大丈夫かな……この人
「それより、小僧の得意とする技は剣か?」
ギュスターブさんがぼくの腰につけた剣の鞘を見ていう。
「はい……でも、ぼくは武闘士なので、格闘術や槍術などもやります」
「ほう、武闘士であったか。ここの実技試験場では基本的に木剣や木槍をつかう。どれでも好きなものを取るがよいぞ」
そういって、ギュスターブさんは机においてある兜をかぶり、黒鉄色のチェーンメイルの胴着を着こみ、壁に立てかけてあった木製の両手斧と円形盾をとった。
兜には牛のような角が両側についていた。牛角といっても、湾曲してずいぶんと大きく禍々しい。
えっ!? この姿は!?
絵や本の挿絵で見た事があるぞ……
「あなたは……もしかして、ヴァイキングの戦士なのですか?」
ヴァイキングはベルヌよりももっと北方にあるフィヨルドに住む通商と交易の民族だ。
ヴァイキングとは古ノルド語で、『フィヨルドから来た者』という意味がある。
ヴァイキングの通商船団や交易船団、あるいは探検船を、海賊や略奪者から守り、ときには戦争で活躍するのがヴァイキングの戦士だ。
内陸部の高原育ちのぼくは、海で活躍する本物のヴァイキングを見たことがなかった。
「そうじゃい。わしの名はギュスターブ・ハウルハウゼン……人呼んで猛腕のギュスターブとはわしのことよ!」
「猛腕……強そうな二つ名ですねぇ!!」
たしかに腕の太さなんて百年杉の幹ほどもありそうだ。
「そうじゃろぉ、ガアッハハハハハハ!!」
「北方に住むヴァイキングであるあなたが、なぜアルヴァラド王国の冒険者ギルドにいるんですか?」
「ガハハハハ……色々あってな、細かいことは気にするない。それよりお前さんも得物をとれ」
「はい!」
「それで、お前さんの名前は?」
「ハルト・スタージョンといいます。武闘士をやってます」
「ほお……武闘士というと、格闘術から剣術、槍術などの武術もやる総合格闘家じゃな……面白い。お手並み拝見といこうではないか。まずは戦士の礼じゃい」
ギュスターブさんが視線を送った先は闘技場の中央の壁面で、大きな絵が三枚並べられていた。
「これは……アースガルズの三戦神じゃないですか!」