ハルト、城壁に驚愕す
「うひゃあぁ……なんて馬鹿でかい城壁なんだい!! 人間族ってのは、どえらい物を作り出すもんだなぁ!!」
ピクシー妖精のエリーゼが目を剥いて驚くが、それはぼくも同じだ。
大勢の人夫たちが協力して岩石やレンガを積んで構築したものだろう。
「これは凄い……ベルヌは城塞都市だということは聞いていましたが、実際に見ると圧倒されるなぁ……」
ぼくやエリーゼが驚いていると、ミュリエルが、
「この城壁は上から見ると円形になっていて、外敵から守るために百年以上前から建造されたものなの。厚い城壁の周りには人口河川があって、堀の代わりにもなっているのよ」
「外敵というと、隣国のビルロス王国やカイバン帝国から?」
「ええ……今は隣国と条約を結んで交流を保っているけど、いつ破られるか分からないわ……今は海から略奪に来る海賊たちと、魔王領から侵略にくる魔王軍に向けての防御がメインね」
コグスウェルさんもうなずき、
「ベルヌの港はですな……この辺りでも希少な近深の海底だから、大きな船を停泊させる事ができます。外国の者からしたら、ここを押さえて軍船の拠点にしたいと、昔からこの港は狙われているのですぞ」
「なるほど……大きな船がたくさん入れる軍港になるなら、敵国や魔王軍にとっては、侵略拠点になる。だから、喉から手が出るほど欲しい地域なんだ……」
エリーゼが外を見ていたが、ぼくの方へ飛んできた。なんだか興奮している。
「なあ、ハル坊……妙な物が見えるぞ!!」
「なんだい?」
「まずは城門の左の方を見ろよ」
エリーゼが指さす方向を見ると、城壁が上を底辺として、長さが15メートル以上もある逆三角形が形勢されていた。
よく見ると、他の城壁の色は百数十年の風食に耐えてくすんだ色をしているが、そこの城壁の石材の三角形の色は真新しい白色だ。
なんだろう……武闘士としての直感が、なにかぞわっとするものを感じた。
「あそこだけ新しい石で修理してあるね……経年劣化で城壁が崩れたのかな?」
それにしては、定規で引いたように正確な逆三角形だ。
「違うわ……あれは昨年、魔王軍の侵攻があった時に、敵側の攻撃でやられた跡なの……」
ミュリエルが少し蒼褪めた表情でこたえた。
「えええっ!? マジか、ミュー坊!!」
「あれが魔王軍の攻撃で……一体、どんな巨大な怪物が壊したんだろう」
ぼくは巨大な怪物を妄想する。
「いや、魔王軍の魔術師部隊が数十人がかりで攻撃魔法を集中させたかもしれないぜ」
ありえる……破壊魔法を得意とする魔族が数十人がかりなら、あの巨大な城壁を破砕可能かもしれない。
「いいえ、違うの……たった一人の豚頭鬼が破壊した跡なのよ」
ぼくとエリーゼは「えっ!?」と瞠目してミュリエルとコグスウェルさんを見た。
まさか……でも、ふたりは真剣な表情をしている。どうやら、本当のようだ。
オークはイノシシのような頭部で、豚に似た鼻、口には下顎から牙が生えた二足歩行の亜人モンスターで、緑肌鬼や豚鬼ともいう。
身長が人間大から大きくても2.5メートルぐらいあり、好戦的な亜人種で、他の種族に対し強奪や殺人をおこなうモンスターだ。
緑色の皮膚で、足が短く手が長い、湾曲した脚をもち、力は人間より強い。気が短くて、略奪や人殺しを生業とした好戦的種族で、魔王が生み出した中級の魔物である。
そもそもコグスウェルさんと出会ったのも、この馬車隊がオークに襲われていたのを、ぼくらが助けたのがきっかけだった。
しかし、たしかにオークは怪力を持つが、15メートル以上もある堅固な城壁を破壊できる能力があるとは思えない。
「ただのオークではありませんぞ……オーク族の上位種であるハイ・オーク、それよりもさらに上位の稀種、カイザーオークの牙王イノグラディウスですじゃ」
コグスウェルさんが昔を思い出すように、身震いした。
「イノグラディウスだって、いったいそいつはどんな奴なんだ!?」
ピクシーの住む妖精の里は人間族と交渉を断っていたからエリーゼは知らないようだ。
「ああ……ぼくの田舎でも旅の行商人などから聞いたことがあるよ……くわしい事までは分からないけど……ベルヌといえば、昨年、魔王軍の侵攻があったって……なんとか撃退できたと聞いたけど」
カイザーオークとは、オーク族の中でも稀に成長進化した上位個体で、通常の三倍はある巨体を持ち、全身が脂肪に覆われて、一見して肥満しているようだが、その中は筋肉の塊だ。
他の魔族よりも忠誠心が薄いとされるオークを、カイザーオークはオーク族を強制支配して指揮することができるといわれている。
人類にとって脅威度が高く、カイザーオークを発見した冒険者はただちに所属しているギルドに、村人なら国の機関にすぐに連絡しなければいけない。
討伐隊を組んで至急に撃滅しなければいけないデンジャラス・モンスターだ。
さもなければ、カイザーオークは繁殖力が強く、オーク軍が占領した地点でオーク族が爆発的に増えて、国を滅ぼす勢力になってしまうからだ。
「カイザーオークの指揮官の名前が、イノグラディウスですじゃ。そやつは岩豚鬼、軍猪鬼、オーク・シャーマン(魔法使いオーク)、オーク・ロード(貴族オーク)、レッサーオーガ(オークとオーガの混血種)などを指揮した軍勢は5000体以上の大軍勢だったという……対して、ベルヌ伯爵の守備隊は総勢1300弱しかいなかったそうですぞ」
「ぜんぜん足りないじゃないか!! おいおい……やべーじゃねえか」
エリーゼが昂奮して馬車の中を飛び回る。
「兵力差が四倍くらい違うね。でもこの城塞都市に籠城すれば半年以上は持ちこたえられるはずだよ」
「何が籠城だい……城壁を破られたらお終いじゃねえか!! すると、カイザーオークのイノグラディウスとやらが城壁を壊して町になだれ込んだのか!?」
エリーゼが城壁の修理痕を見上げ、ぼくもそれを見上げた。
「確かにベルヌは陥落の危機にあったそうだ……でも、ベルヌ守備隊には助っ人があった……そうだよね?」
ぼくはミュリエルとコグスウェルさんを見た。
「そうなの!! ベルヌの冒険者ギルドから総勢800人以上が参加したわ」
「え~と、それでも総勢2100だ。戦力差は倍以上あるぞ」
「でも冒険者たちは遺跡やダンジョンでモンスター相手に百戦錬磨の強者ぞろい……グラディウス軍に対して大健闘したのよ。戦いはロングヴォー平野で決戦をむかえたの」
ミュリエルが自慢げにいう。
「昨年九月初めから始まったロングヴォー平野の戦いは35日の激戦を越え、ようやく王都から援軍が来たの。その数7000以上の軍勢。それに焦った牙王イノグラディウスは援軍が到着する前に決着をつけようと、最大の魔力技を発揮して城壁を破ったの」
城壁を破られ、一般市民は絶望し、守備隊や冒険者たちの士気はさがり、敗戦の色が見えたと旅の行商人は語っていたっけ。ベルヌの城内になだれこむ魔王軍たち。だけど、その前に敢然と立ち塞がった冒険者たちがいた。
「それが冒険者パーティー『銀雪の豹』なの!!」
「銀雪の豹!!」」
「そう、伝説の冒険者パーティーとして、ぼくの村でも有名だよ。たった四人の冒険者で牙王イノグラディウスと戦ったってね」
「ええっ!? でも、カイザーオークに対して四人だけとは少なすぎやしねえか!?」
「でも、激戦の末、『銀雪の豹』はダメージと負傷を受けながらもイノグラディウスを倒したのよ。まさに伝説の英雄なの」
伝説の英雄である『銀雪の豹』……いったい、どんな人たちなんだろう?