恐るべし、最終兵器
何かを引きずるような不快な音がして、岩壁の穴の奥から巨大な鈍色の奇妙な物体が現れてきた。
それは、巨大な台形の鋼鉄の台車のようなものに、大きな煙突のようなものが上部に斜めに取り付けられた、奇妙な物体だった。
しかも、煙突のようなものは長さが三階建ての塔より長い。
「なんなのあれは!? 見たことも聞いた事もないの!?」
ミュリエルが瞳孔をひらいて怪物体に指差す。
ぼくも見たことがない……いや、脳の奥底でなにか引っかかるものを感じ、霧の奥にある朧に見えるような記憶の知識があった。
「あれは……大砲だ……」
「タイホウ? タイホウって何なの、ハルトくん?」
「さあ……ぼくも知らない……けど、なんとなく頭に浮かんだんだ……」
「おいおい……ぼんやりした記憶だなぁ……はっきりせんかいハル坊!」
「いや……どうにもはっきりしなくて……」
思い出そうにも、情けないが思い出せない。
怪物体の煙突の先の中で炭火のように赤く光っているのが不気味だ。
「ふふふふふ……よく知っていたな小僧!」
「その声はシグマ!」
「そうだ……まさかグロックを倒すとは……末恐ろしい小僧もいたものだ」
シグマが大砲の横にある鉄枠で覆われた小部屋にいた。
下部が巨大なアーチを描く鉄の腕のようなもので支えられている。
「……たしかにこれは大砲……古代文明が残したロンバーナ砲……いうなれば、魔弾砲……魔道士百人分の爆裂魔法を充填した砲弾を放つことができる魔法兵器なのだ」
「ホウダンって何なの? 古代文明にこんなものがあるなんて聞いたことがないの!?」
「そうだろう……これは神代の時代、悪神ロキが神々の戦いののため、時空を超えて異世界から召喚した技術者ロンバーナが作った兵器だ!!」
「異世界の技術者だって!?」
「そうだ……魔法神ヴォーダンが統べるアスガルドの世界とも、冥界とも魔界とも違う、まったく別の世界があり、魔法文明が発達せず、カガクという物質文明が発達した世界から召喚した技術者だ」
「そんな世界があるなんて、信じられない……」
「信じようが、信じまいが、これを設計したロンバーナは異世界から来た転移者だという……小僧も転移者か? あるいは転生者かもしれぬな?」
「テンイシャ……テンセイシャ……聞いたこともないや」
ミュリエルを見るが、
「私も聞いたことがないの……」
「わっちも知らねえや……」
「ならば見せてやろう、異世界の技術者ロンバーナが造りあげた、ソーサル・キャノンの実力を」
シグマが操縦室で鉄の板のようなものをいじると、魔弾砲の筒先がさらに赤く輝き、雷が落ちたように発光し、夕闇をしりぞけ、真昼のようになった。
「まぶしい!!」
ぼくらは両手で眼を塞いだ。
赤い光は暗くなった平原を延び、遠く離れた地点へ放たれた。
「まさか……騎兵隊本隊の方へ!!!」
ぼくが薄目をあけて赤光の到達点……ゆうに10kmは離れた地点に爆焔があがり、遅れて爆発音がし、大地が震動した。 遠くで黒い煙がいくつもたなびいていた。
「ひえええええっ!!」
「あんな巨大な破壊魔法見たことがないの!!」
「ふははははは……そうだろう……魔弾砲はAランク魔法使いの最大破壊魔法数十人分に匹敵する破壊力があるのだ!!」
なんて強大な爆破エネルギーだ。
土砂が舞い上がり、黒煙が周囲にたちこめる。
平原に大きな黒い穴が開いた。
なんて破壊力だ……これで十分の一の威力だとは……十倍になれば騎士団の砦どころか、王都の城塞だって粉々になるぞ。
「じゃあ、王国騎兵隊は……」
「いまごろ消し炭になっちまったのか? ぞぉ~~~~…」
ぼくは目を凝らし、武闘士眼で着弾孔を観察した。
夕闇にも不気味に赤黒く燃え上がる着弾孔のかたわらに倒れた馬や騎士たちの姿が見えた。
「いや……どうやら騎兵隊の多くは無事みたいだ……砲弾がずれたみたいだ」
「ちっ……外したか……標準の少しのズレが、6kmも離れれば外れてしまうか……標準設定を直さねば……次はそうはいかん!!!」
「また撃つ気か!!」
「これ一発の砲撃で街一つがふっとんで消滅させるほどの威力がある……ウェイン砦の騎兵隊もこれで全滅させてくれるわい」
「そんな……こんな恐ろしい兵器を持つなんて……『黒い蠍』はただの犯罪クランとは思えない」
「その通りだ……首領のスコーピオン様は大いなる野心を持っている!」
スコーピオン……ただの盗賊の頭ではないようだ。
「だが、あいにく再充填するには最低でも15分はかかる……」
エイガーさんたち王国騎士団が壊滅したら、『黒い蠍』の天下だ……いや、それを聞いて悪党たちが集まり、無法地帯になってしまうだろう。
赤い根街道を通る人々や水牛平原近辺に住む人たちに多大な被害が出る。
「あの魔弾砲とやらを破壊する!!」
「ぐふふふふ……やれるものならやってみろ、小僧!!」
魔道士シグマが砲台の右横にある操縦席の操縦桿を引くと、巨大な砲身が動き、ぼくの方に向いた。
「邪魔するならば、先にお前達を処分するぞ……まだ魔力エネルギーが十分の一しか溜まっていないが、お前達ていどなら十分だろうて……」
シグマが砲身をこちらに移動した。
砲身の筒先が、竜がブレスを吐く前のように赤黒く光り輝いた。
「させるか……雷神ソール様、あなたの最大の力を使わせていただきます!! 雷鳴神剣よ……槍となってくれ……ソール・ランス!!」
金色に輝いた長剣が伸びて槍形態になった。
ぼくは長槍を頭上に捧げ持ち、体内のマナをソール・ランスに込めた。
「おおっ!! あの技か……思いきりやったれ、ハル坊!!!」
「百雷の神よ……万物を焼き尽くす者よ……怒りの雷霆となって邪悪なる物を掃討せん……雷ノ武技・雷光撃砕衝!!」
長槍は燦然と光り輝き、雷鳴神槍ソール・ランスから稲妻が走り飛び、上空に飛んだ。
「な、なんだ……あの魔法剣は……Aランクどころか、最高のSランク以上の魔法容量だぞ!? 莫迦な……魔弾砲は古代文明の最強兵器の遺物だぞ……あんな田舎の小僧に……このシグマ様が破れるなど……」
雷撃が放物線をえがいて地上の魔弾砲に堕ちた。
銀色にかがやいた長剣は、巨大砲台の銃口から砲身、台座にいたるまで斬り裂いていき、魔道砲を真っ二つにした。
巨大魔力兵器の砲座が左右にずれ、地響きをあげて大地に倒れてゆく。
魔力をすべて使いきってしまい、力が抜け、ぺたんとひざをついた。
「ふぅぅ…………なんとか破壊に成功したようだ……」
雷鳴神槍ソール・ランスの輝きが失せ、元の剣の形態に戻った。
「オオオオッ!! やったぜ、ハル坊!!!」
「さすが雷神ソール様に選ばれた神剣の持ち主なの!!!」
両断された魔弾砲の内部で魔力エネルギーが漏れ、中で暴走し閃光が走った。
魔弾砲は爆焔をあげ、おくれて天地を揺るがす轟音と震動がおきた。
大地がさらに揺れ続け、地割れがおきた。
「うわっ!!! なんだ一体!?」
恐怖の谷の狭隘から死霊が断末魔をあげるような怪音が響き渡る。
「坑道のあちこちから煙が出てきたぜ!!」
「きっとさっきの爆発で火山蒸気が刺激されて、地下深くの溶岩が活性されたかもしれないの!!」
轟音がして振り向くと、大地の割れ目から硫黄の臭いがする蒸気が出た。
「ハル坊、お前やりすぎだぞ!!」
「フィヤフィヤ!!」
「うう……ごめん……みんな」
雷鳴神剣ソウル・ブレイドの威力はなんて凄まじいんだ。
「とにかくここは危ない……爆発するぞ、みんな逃げるんだ!!」
「フィヤフィヤ!!!」
そこへ騎影が見えた。
「ハルト殿! ミュリエル殿! はやくこちらへ!!」
「エイガーさん!!」
ぼくらはエイガーの馬に乗せてもらい、全速力で水牛平原へ向けて走り出した。
騎兵隊や盗賊の残党も逃げ出すのが見えた。
その中に、逆に谷へ向かって走る女の姿が見えた。
「あれはベレッタだ!!」
きっと、ホックバウアーさん達との戦いで不利となり、逃げていたのだろう。
「ああ……谷が……盗品倉が埋まってしまう……あそこには今まで盗んだ宝石類があるのよ……ぜんぶ私のものよ!!」
ベレッタが洞窟へと入っていくのが見えた。
「おい、待て、ベレッタ!! そっちへ行っちゃ……エイガーさん!!」
少尉は首をふり、
「もう……手遅れです……」
ここで戻ってはミュリエルたちまで危険にさらす事になってしまう。
「…………はい」
「ハルトくん……」
ミュリエルが悲しげにぼくの背中をぎゅっとつかむ。
ぼくはともかく、ミュリエルたちまで危険にさらすわけにはいかない。
そのとき、大地が揺れ、天を引き裂くような爆発音が響きわたった。
『黒い蠍』のアジトで阿鼻叫喚の悲鳴と、坑道が崩れる轟音が聞えた。
『黒い蠍』水牛平原支部の最後だ。
30分ほど進み、街道の方から向かってくる騎兵隊本隊が見えた。
「おーーい!!!」
「一体なにがあったんだ、エイガー少尉!!!」
エイガーさんの騎馬が力強く仲間の騎兵隊に走っていった。