壮烈、最後の決闘
ヨロイカバがズシン、ズシンと、大地を揺るがす重い足音がこちらに迫ってきた。
そして、魔獣の大きな鼻から何か赤黒いものが噴出させた。
「まずいの!! 避けてぇぇ!!」
ミュリエルがいつになく必死に訴え、ぼくらは横に走って逃れた。
ヨロイカバの鼻から出た赤黒い液体が、騎兵隊や倒れていた盗賊たちにふりかかり、不幸にもかかってしまった者の身体が紫色に変じて溶けていった。
「うわっ!? なんだあれは!!!」
「うぎゃあああっ!! 溶けちまったぜ!!!」
「ヨロイカバは猛毒の鼻血を出して敵に攻撃するのよ!!」
「あれって、鼻血だったの!?」
巨大な魔物は憎悪と憤怒に燃える赤い瞳をこちらにおくった。
グウォオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!
ヨロイカバは大きな口を開け、下顎の犬歯で噛みつこうとやってきた。
「まずいぜ……このままじゃ、あの怪物に食われちまう!!!」
「エリエリ、ヨロイカバさんは草食なの」
「じゃあ、食われなくてすむな」
「でも怒り狂ったヨロイカバさんは、敵となるものに噛みついたり、踏みつぶしたりして滅茶苦茶くしてしまうの!!」
「おい、一息に食われるよりヤバイじゃねえか!! 何かあのデカブツに弱点はねえのかよ、ミュー坊!!」
「ええ~~と……ええ~~と……そうだ、本来は沼沢地帯にすむ魔物だから、水がないと生きていけないって書いてあったような……」
「それだ!! きっと乾燥に弱いに違いない火炎系魔法を使おう!!」
「おっし、わっちもやってみっか!!」
ぼくは神剣をヨロイカバに向け、体内のマナを刀身に送り込む。
「浄化の焔よ……紅蓮の一撃となって燃やし尽くせ……炎ノ武技・火炎飛翔弾!!」
長剣から放たれた斬撃波は、熱く空気を焦がし、炎の砲弾となって、ヨロイカバを包み込んだ。
「火の精霊よ……サラマンダーよ……願いたてまつる……」
エリーゼが両手を前に出すと、炎の渦が生じ、火蜥蜴の姿となり、凝縮されて手のひら大の石ほどになった。
「高熱の礫となって……敵対者を葬らん……火霊飛礫!」
続けてエリーゼが燃える火炎礫を巨獣に送った。
グホォオオオオゥ!!
おお、はじめてヨロイカバが怯んだ声を出した……あとはあの硬い装甲を打ち破ればいい。
赤い根街道のとき戦ったが、ぼくの天ノ武技・斬空旋撃破をはね返すほど硬い鎧皮に包まれていた……あの技を使うか。
ぼくは長剣を大上段に構え、魔獣に向かって跳躍した。
「幾千の練磨に鍛えられし黒鉄よ……邪悪なる蹂躙者に裁きの鉄槌を……鋼ノ武技・鎧甲重破断!!」
銀色に輝く雷鳴神剣がヨロイカバの頭部から肥大した図体までを縦に両断した。
グウォオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!
巨獣の身体が左右にずれ、地響きをあげて左右に大地に倒れ伏す。
二つになった屍体から黒い煙がわきあがり、大人ほどもある赤い魔石が残された。
「おおっ……デカブツだけあって、でっけえ魔石だ!! さすがハルトだぜ!!」
「ハルトくんが前に倒したトロールの魔石より大きいの!!」
「フィヤフィヤ!!!」
みながぼくを称賛して、なんだか照れる。
ヨロイカバを倒したことで味方も勢いずき、騎兵隊が盗賊を倒し、投降した盗賊を捕えたりしていた。
黒い煙が薄らいでいくと、人影が見えた。
グロックが愛剣を肩に担いで不敵な笑みを見せる。
「ヨロイカバを真っ二つにするたあ、敵ながらやるじゃねか、ハルト!!」
「あなたが他人をほめるなんて珍しいね」
「『黒い蠍』水牛平原支部もこれでお終いのようだ……サシで最後の対決といこうじゃねえか!!!」
「サシで?」
「ハルトくん……」
「心配しないで、ミュリエル……みんな」
数メートルはなれてぼくとグロックは対峙した。
「そういえば、シグマの姿が見えないようだけど……」
「ぎひひひひ……奴は例の計画を前倒しにする準備をしている」
「例の計画……もしかして、騎兵隊を罠にかける計画か?」
「勘がいいねえ……そうさ、もともとベレッタが盗み出した発煙筒を、数日後に赤い狼煙をこのアジトであげる予定だった……彼奴らを谷におびきだして全滅させるためにな!!」
「莫迦な……いくら腕のいい魔法使いだって、たった一人の魔道士が大勢の騎兵隊を倒せるわけがないだろう」
「そうなの……Aランクの魔法使いの破壊魔法でも、百を超える騎兵隊を全滅させるなんて無理なの!」
「あいにくシグマはAランクじゃねえが、奥の手があるのさ……ぎひひひひ……」
「う~~む……あの魔道士は得体のしれないところがある……」
「シグマの邪魔はさせねえぜ!!」
グロックは歯をむいてグロスメッサーの剣尖をこちらに向けた。
「そういや、俺様は凱魔流邪妖剣の使い手だが、お前の流派は聞いてなかったな?」
「ぼくは……スタージョン流武術の武闘士だ」
「スタージョン流? 聞いたことがねえなぁ……」
「そうだろうね……北部のグリ高原で教えている田舎道場の技だからね」
「片田舎とはいえ、俺やシグマを手こずらせた技だ……みくびりはしないぜ」
「珍しく殊勝なことを言うね……」
「俺は強い奴は尊敬している……味方でも敵でもな……もっとも、今まで尊敬した奴は俺が屠ってきたがな……」
今ぼくは稀代の悪党と対峙しているのではない。
ひとりの武闘士と、ひとりの剣士として立ち会っていた。
グロックは凶暴残酷の最低な人間だ……だけど、ぼくに流派を聞いたのは、剣士としての矜持が残っていたに違いない。
グロックは……悪の道に堕ちなければ、あるいは歴史に名を残す剣士となったかもしれない。
周囲で騎兵隊と盗賊が激しい争闘をくりひろげているが、ぼくらの周囲にだけ音が消えたようだ。
ぼくが一歩前に踏み込むと、グロックも一歩を踏み出した。
ぼくが雷鳴神剣を正眼に構えると、盗賊頭はグロスメッサーを胸前に構えた。
互いに全身にマナを巡らせ、気魄をみなぎらせた。
グロックの両眼がギラギラと光ってみえた。
ぼくは切っ先をグロックの胸前に当てたまま動かない。
グロックの攻撃にあわせて技を繰り出すつもりだ。
ミュリエル、エリーゼ、ウィリアムはぼくらの真剣勝負の気魄に呑まれて、彫像のように動かず見守っている。
あたりは妙に静かで、緊張が全体をつつみこむ。
ジリッ、ジリッとグロックが間合をせばめてきた。
一足一剣の間合に入った時が、勝負の瞬間だ。
「リャアアアアアッ!!」
「タアアアッ!!!」
ぼくとグロックはほとんど同時に気合をあげ、駆けて、跳躍した。
グロックは得意の断頭剣をくり出した。
だが、それは読んでいた……もう何度も奴の技を見たからだ。
奴は右利きで、必ずぼくから向かって左から、横薙ぎの斬撃でぼくの首を狙ってくる。
ぼくは正眼から雷鳴神剣を上にあげ、相手の片刃剣を抑え込むように切り下げた。
夕闇に閃光がひらめく。
遅れて美しい金属音が響き渡る。
雷鳴神剣と魔剣グロスメッサーの競り合いだ。
グロックが体格を活かした怪力で剣を押しこんで来る。
「なにぃぃぃ!?」
雷鳴神剣ソール・ブレイドが不思議な光を発した。
グロスメッサーに噛みあった刃が少しずつ、刀身に食い込んでいった。
片刃剣は割れ、上半分が回転して宙に飛んだ。
信じられない面持ちのグロック。
「まさか……俺様の愛剣がぁぁぁ!!」
ぼくは驚愕するグロックの鳩尾に膝蹴りを食らわせた。
息が詰まったうめき声を出して、グロックが地面にドウと倒れ伏した。
ふたたび耳に戦場の怒号と乱戦の音が聞こえはじめた。
「ハルトくん、やったのぉ!!」
「おおぉぉぉ!! さすがハルト!!! さすがソール様の作った雷鳴神剣だぜ!!!」
「フィヤフィヤフィヤ!!!」
ミュリエルたちがぼくに駆け寄ってねぎらってくれた。
グロックにもこういう仲間がいれば、悪の道にはまらずにすんだかもしれないのに……
「ふぅ……」
ぼくが息を吐くと、どっと疲れが肩にのしかかった。
ぼくはソール・ブレイドに目を向けると、鏡のように夕闇に反射するぼくの顔が見えた。
「ありがとう、雷鳴神剣……きみがいなければ勝てなかったかもしれない……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
不気味な地鳴りのような音が背後から聞こえた。
恐怖の谷の岸壁の一部が左右に扉のように開いた。
あんな巨大なものを動かすなんてたいした仕掛けだ。
いったい何が出てくるのか?