踊る愚者に、見る愚者
奴隷商人ティキューナ・テヤーリは含み笑いをした。
屈強そうな用心棒十数名に囲まれていて、まるで生きた堅固な要塞にいるようだ。
「やれやれ……水牛平原に悪名を轟かせた『黒い蠍』もボスも、案外大したことないね……だが、女たちの身は私がすでに私が買った……つまり、所有権は私にあるよ」
こいつ……腐りきった悪党だな……胸がむかむかする。
「私の身は私のものなの、ターバンのオジサンのものじゃないの!!」
おお、人食いの森での戦いを経験して、ミュリエルも元気に言い返せるようになったもんだなあ……まあ、ぼくの背中に隠れてだけど。
「嬢ちゃんの言う通りさ……薄汚い奴隷商人め!!」
「この私に偉そうな口を叩くのもそれまでよ……首輪をはめ、徹底的に調教して奴隷として教育してやるね!!」
「こいつ……生理的にむかつくわね!!」
タイニーさんが取り戻した鎧通しの極細剣ミゼリコルドで奴隷商人に切りかかった。
が、鷲鼻の奴隷商人の前に二人の巨漢用心棒が立ちふさがり、湾刀ではね返す。
「う~~む……かなりの腕の用心棒のようね……」
ティキューナの用心棒たちはどいつも一癖ある面構えだ。
「うひひひ……抵抗するなら、グロックの代わりに、部下に首斬りショーを見せてもらうよ!!」
ティキューナが残忍な笑いを浮かべて用心棒たちに合図をすると、怒号をあげて湾刀や曲刀をふりかざして攻めてきた。
「人間を売り買いする悪党ども……ぼくが相手だ!!」
「でやああああっ!!!」
痩身のターバン男が湾刀をぼくめがけて斜め上から切り下げてきた。
抜剣したぼくは先頭のターバン男の湾刀と斜めに交差し、青火が散り、金属音が響きわたる。
相手が湾刀を返して二撃目をおくる間を与えず、間合に接近し、用心棒の刀を跳ね飛ばし、茫然とするターバン男に膝蹴りを相手の鳩尾に喰らわせた。
うめき声をあげて男は両膝を大地につき、布のように折りたたんでつぶれた。
ぼくは勢いのまま走り、二人目のダーバン男の三日月刀を撃ち返して跳ね飛ばした。
回し蹴りで二人目の堂を蹴りあげると、わめきながら大地を転がっていった。
三人目は大兵肥満のターバン男でひときわ大きい曲刀を頭上で隆々と降り廻し、その勢いでぼくを輪切りでせんと横薙ぎに斬ってきた。
ぼくは後ろに飛んで斬撃を避ける。
大男は返す曲刀で横薙ぎの一撃をおくってきた。
ぼくは落ちていた二人目の用心棒の三日月刀を足でひろいあげ、右手にとって三人目の用心棒に向けて投じた。
あわてた大男は曲刀で三日月刀を弾く。 その隙にぼくは彼の頭上へ跳躍した。
三人目はぼくが消えたと思って左右を見回す。
そこじゃなくて、ここだよ!!
ぼくは飛び蹴りを巨漢の頭部に食らわせ、大男は巨木が倒れるように地面に伏した。
四人目と五人目が同時に斬り込んできて、乱戦となる。
後方でタイニーさんも戦闘しているとわかる声と怒号が聞こえた。
「残りは私に任せてなの! みんな離れて!!」
ミュリエルが魔法の杖を振りかざした。
何か魔法攻撃をするつもりだ……ぼくが後方に飛び退って撤退した。 タイニーさんと合流し、
「嬢ちゃんはどんな魔法を使う気だい?」
「さあ……ミュリエルは攻撃魔法は苦手なんですけど……」
「えっ!? ……ちょい待ち、攻撃魔法が使えないってことかい? それじゃどうすんだい!?」
ぎょっとする女護衛戦士にぼくはにやりとして、
「まあ、見ていてください。彼女は攻撃以外の魔法は大得意なんです!」
「……万物に宿るマナよ……愚かなる者に歓喜を与えたまえ……愚者行進曲!!」
マジック・ロッドの先からピンク色の雲が湧きだし、曲刀や湾刀をもった用心棒たちを包み込んだ。
「うわっ!! なんだこれは!?」
殺気だっていた用心棒たちの目がトロンとして、動きを止めた。
「なんだお前達!! どうしたあるか!!!」
用心棒たちが一斉に武器を捨てた。
そして、殺気立った顔が一転して、楽しげな表情となり、両手を上げ、足を踏み鳴らし始めた。
「〽えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ……踊る愚者に、見る愚者……同じ愚者なら踊らにゃ損!損! ヤットサー、ヤットサー」
これは収穫祭などで農民や平民が踊る愚者踊りだ。
円を描いて踊り出す悪党たちの姿を見ていると、なんだかガクッと気が抜けるよ……
「お前たち!! なにをしているね!! 踊ってないでハルトたちと戦うよろし!!!」
ティキューナが踊り狂う部下たちに近づいて叱咤するが、彼を押しのけ、楽しげに愚者踊りを舞い続ける。
奴隷商人が蒼白になって部下を叱咤するが、用心棒たちは踊り狂って暗い平原の方へと行進していった。
「あはははは……こいつは痛快な魔法じゃないか!! やるね、嬢ちゃん!!!」
「えへんぷいなの!」
「この魔法はどういう魔法なんだい、ミュリエル?」
「自然のマナに働きかけて奴隷商人さんたちをハッピーな感情に支配させたのよ」
一見ばかばかしそうだが、こういう精神系魔法は殺気だった人間には効きづらいと姉さんに聞いたことがある。
つまり、ミュリエルの魔法技術の高さを示しているともいえるのだ。
「ああ……確かにハッピーそうだね……で、奴隷商人のオジサン、頼みの部下たちは踊っているけど、どうする?」
ぼくが剣先をティキューナに向けて問う。
「ひえええええええっ!!」
顔面蒼白となった奴隷商人の頭目が、大汗を流し、護身用の湾刀を前に投げ捨て、ぼくらの前に膝を突いて手を合わせた。
「ハルトさま……金ならいくらでも出します……どうか、どうか命だけはお助けを! 改心します!! もう二度と人身売買も悪事も働きません!! ですから、どうか、どうか……」
さっきの勢いはどうしたのか、奴隷商人はぶざまに命乞いをはじめた。
「金なんていらないよ……でもこの人、頼りの部下がいないと態度が一変したなあ……」
「グロックがどうとか言ってたけけど、コイツの方がよっぽど大したことないわ」
「……この人、とんだ見かけ倒しなの」
「まったく、張り子のドラゴンたあ、こいつの事だな!!」
可愛い声だけど、炎の舌のような毒舌がまじった。
「あっ、エリエリ!!」
ピクシー族のエリーゼがぼくらの頭上をぐるぐる飛び回る。
「盗品倉にあった発煙筒を給水塔の上から上げたのはわっちだぜ!!」
小妖精が鼻高々に自慢する。
「お手柄だよ、エリーゼ……きっと王国騎兵隊が見つけて盗賊のアジトに駆けつけてくれるはずさ!」
「フィヤフィヤ!!」
「ウィリー!!!」
魔貂のウィリアムが駆けてきてミュリエルが受け止めた。
「ああ、わ~ってるよ……発煙筒を盗品から見つけたのはウィリアムだって……」
「そうだね、街道で『黒い蠍』を最初に見つけたのもウィリアムだし、何度も助けてくれてありがとう!!」
「ウィリーもなのお手柄なの!!」
「フィヤ!」
ミュリエルが抱き上げたウィリアムが手からもがき、「ギュゥギュ!」と威嚇の鳴き声をあげた。
殺気を感じて半身になると、ぼくのいた地点に刃が飛んだ。