ハルト対グロック、死闘の果てに
炎環の闘技場の周囲を盗賊たちや奴隷商人たちが取り囲み、野性的な熱気が加わる。
「『黒い蠍』のボスさん、楽しませてくれるね……うひひひ……ベレッタさん、あなたもこっちで観戦するよろし」
「べ~~っだ。グロックなんて負けちゃえばいいのよ!」
悪女が舌を出し、奴隷商人が苦笑する。
グロックは右拳を左手で覆って、ボキボキと骨を鳴らす。
ぼくは両手を胸前に構えて防御の姿勢だ。
「俺はおめえの年頃にゃ、下町でストリートファイトでのし上がった……いっちょ揉んでやるぜ」
この展開は意外だった……けど、時間稼ぎにはなりそうだ。
この間にエリーゼとウィリアムが牢獄へ行ける。
参謀役のシグマが言葉で縛ったように、ぼくもグロックを言葉で縛った。
「望むところさ……グロック、水牛平原での続きをしようか」
「きひひひ……てめえはおとなしく首を斬られた方が良かったと後悔することになるぜ!!!」
グロックは駆け寄り、ぼくの腹めがけてパンチをおくった。
ぼくは盗賊頭の動きを見て、素早いステップで打撃をかわし続けた。
ぼくが数瞬前までいた空間に重いジャブが飛び、風圧で吹き飛ばされそうになるほどの拳圧を感じる。
一瞬、炎環の火が身体に触れた。
「熱っ!!」
熱さに気を取られた隙に、ぼくの腹に敵のブローが打ち込まれ、背後に飛ばされた。
「ハルトッ!!」
「ハルトくん!!!」
磔台からマクラグレンさんとホックバウアーさんが心配して叫ぶ。
炎環に落ちそうになる前に、空中にトンボを切って回転し、大地に着地する。
うっ……痛さが遅れて腹部にきた。
「きひっ……デスマッチはまだ始まったばかりだ。もう少し楽しませろよ!」
奴はぼくより頭一つ以上大きい体格で、リーチもその分長いし、筋肉も多い、直撃すれば骨折レベルのダメージを受ける。
グロックは連続ラッシュをくり出し、ぼくは防戦一方だ。
腹の痛みを我慢し、踊るようなステップで奴の拳打をかわし続ける。
「ええい、ちょこまかとかわしやがって……」
体格が大きい分、大打撃のパンチの連続はカロリーを消費する。
さすがに息があがってきたグロック。
グロックが右の回し蹴りがぼくの脇腹を狙ってきた。
だけどそれは予想していた。
しゃがんで長い足をさけ、左の軸足を蹴ってやった。
「痛ぅぅ……」
顔をしかめる盗賊頭、今がチャンスだ。
ぼくは独楽のように回転し、グロックに肉薄し、グロックの眼前に躍り出た。
「なっ……いつの間に!!」
そこにトドメとばかりに脾腹に右拳を繰り出した。
ガキィィッ!!
「なにっ!?」
グロックは両手を斜め十字に構えてブロックした。
こいつ、敵ながらやる奴だ。
だけど、間髪いれず、身体を回転させ左拳を下から繰り込んだ。
驚愕するグロックの板のように固い腹筋にぼくの拳がめりこむ。
「ぐおおお……」
胃液交じりのツバをはき、倒れかけたグロックの胸に、さらにキックを食らわせた。
「ぐはぁぁ……」
グロックは息が詰まって後ろによろけ、ドランカー状態となった彼がドウと地面に倒れた。
逆転の機運が見えてきたぞ!
倒れたグロックが頭をふりながら起き上がった。
さすが平原の盗賊たちを合併吸収した犯罪組織のトップだ。
「この俺様に大地を舐めさせやがったな……小僧ぉぉぉ!!」
「ハルトだって、言っているだろ!」
「ノリンコ!! 剣を寄こせ!!」
「えっ? ……へい、ただいま!!!」
小太りの盗賊が投げた剣をグロックはつかみ、鞘を投げ捨てた。
グロスメッサーが炎環に赤く照らされ、光が赤々と揺らめく。
「てめえ、卑怯だぞ、グロック!!」
「そうだ、ハルトくんにも武器を渡せ!!」
護衛戦士たちが盗賊頭を非難した。
「素手の勝負じゃなかったのかい?」
「あいにくだな……俺に騎士道精神なんざ求めるなよ……こいつが盗賊流だ。要するに、勝てばいいんだよ!!」
「奇遇だね……スタージョン流は実戦派武術でね……理由はまったく違うけど、大事な人を守るためなら、どんな戦法でもするさ!!」
「けっ、どんな戦法だよ!!」
盗賊頭がグロスメッサーを振るって、ぼくに剣尖を振るう。
一息にトドメを刺すのではなく、ネコがネズミをいたぶるように少しずつ切り刻んでいくつもりだ。
「雷鳴神剣ソールブレイドよ、来てくれ!!」
ぼくが右手を上にかざして叫ぶ。
すると、谷の奥、牢獄のある方向よりさらに奥のドン詰まりが光り輝いた。
破砕音が聞こえ、こちらに光り輝く電流が走った。
あっちに奪った武器を隠していたか……おそらく今まで奪った盗品もあるな。
「なんだぁ!?」
「谷奥に稲妻でも落ちたのか!?」
あわてふためき、頭を押さえて地面に這いつくばる盗賊たちをよそに、雷光は僕の右手にやってきて収まった。
「今のは一体なんだぁ!?」
「あっ、あれを見ろ!!」
賊徒が指差す先に、雷鳴神剣ソールブレイドを持つぼくがいた。
「グロック……あなたが武器を持つならこっちも持たせてもらうよ!」
「くそっ……俺より目立ちやがって……相当な業物の魔法剣だと思ったが、まさか持ち主の元に飛び込んでくるとはな……そいつが欲しくなったぜ!」
「あいにく、この剣は所有者を選ぶよ……あなたには無理だと思うよ」
「うるせい! 欲しい物は力ずくで奪うのが盗賊流だ!!」
ぼくが剣を青眼に構える寸前、グロックが剣に込めた魔力をぼくに向けて撃ち放った。
それも連続して十発も!
「暗黒炎弾乱れ撃ちだ!!」
ぼくのいた地点に魔力弾が連射され、粉塵が大量に巻き上がる。
『黒い蠍』の手下たちが野蛮な歓声をあげる。
が、大砂塵地帯の一画につむじ風のような気流が生じて観客の盗賊たちに混乱が巻き起こった。
「あの旋風は……あの小僧か!?」
グロックがさらに剣尖から暗黒炎弾を連射して、旋風に撃ち込んだ。
が、黒い魔力弾は回転するぼくの剣によって弾き飛ばされ、ギャラリーの賊徒のいる所に被弾し、悲鳴と怒号があがり、混乱状態となった。
グロックが横薙ぎの剣を繰り出し、ぼくの胴体を切断する勢いの剣圧を送った。
だが、グロックの視界にはぼくは見えず、土煙しか見えてないはずだ。
飛んでくる魔力を感知して、雷鳴神剣で魔力弾を避ける。
グロックは強烈な旋風による粉塵から視界を守るため、左手で眼を防御した。
盗賊に堕ちても剣士の心構えは残っているようだな。
「んあぁぁ!? ……どこへ消えやがった!!」
左右を見回すグロックの頭が見えた。
残念だね……ぼくは粉塵に紛れて宙を飛びあがり、空中を回転して撃剣を逃れたのだ。
スタージョン流の気を抑える術で奴は気がつかないようだ。
「こっちだよ!」
「なにぃ!?」
盗賊剣士の背後に飛び降り、グロックが物音に気づいて振り返る前に脇腹に回し蹴りをくれてやった。
その衝撃でグロックは剣を落として地面に転がり、今度こそ大地を舐めさせてやった。
「やってくれるな、小僧……いや、ハルトとか言ったな……」
その間に盗賊頭は剣をひろいあげ、ペロリと唇をなめた。
「今度は俺の番だ!! 凱魔流邪妖剣の神髄を見せてやる!」
グロックは剣に魔力を込め、黒い炎が剣を包み込み、それを水平にふった。
「黒炎龍灼熱焦!!!」
凄まじいエネルギーを持つ黒い炎の衝撃波がぼくに向かって放たれた。