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デスマッチ、恐怖の谷の決闘

「おい、ハル坊、聞こえるか?」


 恐ろしい死霊ではなく、可愛らしい妖精の声がした。


「その声は……エリーゼか!!」


 ぼくの後頭部に張り付いたのは蛾でなく、ピクシー妖精のエリーゼだったのだ。


 彼女が後ろから左耳に向けてささやくので少しくすぐったい。


「てっきり、妖精の里に帰ったと思っていたよ……」


「なにをいいやがる……この『炎の舌のエリーゼ』様が仲間を見捨てて逃げるもんかい! 見損なっちゃいけねえよ」


「エリーゼ……きみって、いい奴だなぁ……」


 じ~~んと心に温かいものがしみてくる。


「へん、褒められるとこそばゆいぜ……それにウリ坊も来てるぜ」


「フィヤ!」


 ぼくの腰辺りから鳴き声がした。


 足を這ってきたのは、死霊でも野ネズミでもなく、ミュリエルの使い魔の魔法動物ウィリアムだったんだ。


「ウィリアムも無事だったんだね……ミュリエルが心配してたよ」


「フィヤフィヤ……」


「わっちとウリ坊は連れ去られた馬車隊を追っていったんだ。奴らは途中の水場で馬に水をやって休憩をしたろ? その時に馬車の屋根に乗ってつけてきたんだ」


 ああ、あの時かぁ……


「今、助けてやるからな」


 エリーゼが針より小さなナイフで右手を縛る縄を切り始め、左手の縄をウィリアムがかじりはじめた。


「あっ……待ってくれ、二人とも……実はいい策を思いついたんだ」


「なんだい、その策ってのは?」


「実は……ごにょごにょ……」


 左右のホックバウアーさんとマクラグレンさんにも計画を伝えた。


 驚いたようだが、ぼくの策にのってきてくれた。


 ぼくは大きく深呼吸をして、息を整えた。


「やれやれ……がっかりだ!!」


 ぼくは思いきり大きな声で叫んだ。


 ぎょっとして、盗賊たちがぼくを見る。


 心臓の鼓動がばくばくと高鳴る。


 大勢に注目されるのは苦手だけど、そんなこと言っていられない。


 武闘士としての胆力を見せないと。


「串刺しグロックというから、どんな強い剣士かと思ったら、とんだ腰抜けの臆病者だな!! 串刺しグロックじゃなくて、臆病者グロックと改名したほうがいいよ!!」


「今……なんつった……小僧!!」


 機嫌よく酔っていたグロックが、怖い顔をして僕をにらむ。


 うまくかかったかな?


「だって、そうだろ? ぼくが怖くて人質をとって殺そうとするんだからね!! 串刺しグロックはかなりの腕の盗賊剣士だと聞いていたけど、とんだ期待外れだよ!!!」


 盗賊たちがざわつき始めた。


 グロックとシグマは暴力と恐怖と『黒い蠍』という巨大犯罪クランというバックボーンを背景にして、ゴズロ・ファミリーなどの水牛平原を根城にする盗賊団を吸収合併した。 


 だから、平原の支部長ボスであるグロックが、実は自分の年齢の半分ほどの小僧に戦闘でかなわなかったと知れれば、その実力の価値が大いに揺らぐ。


 ゴズロ・ファミリーなどの残党には、本音では新ボスが気にくわない者もいるだろう。 


 そんな奴がグロックを恐れるに足りずと思ったら、グロックに謀反を起こしたり、寝首をかこうとしたりするはずだ。


 それは、本部から連れてきた部下にもいえる事かもしれない。


 なんといっても、『黒い蠍』は手柄を上げた者を昇給させる組織のようだからね。


『黒い蠍』水牛平原支部は、堅い一枚岩の組織ではなく、グロックの力と恐怖で押さえる力がなければ、分裂の可能性がある、あやうい組織なのが付け目なんだ。


「そうだ、そうだ……ハルトのいう通りだぜ!! な~にが串刺しグロックだ、笑わせるぜ! 弱虫グロックと改名しやがれ!!!」


「まったく、卑怯な手を使うしかできんとは……盗賊に堕ちたとはいえ、剣士の風上にもおけぬな!! 恥を知れ!!!」


 ぼくの意図を察したマクラグレンさんとホックバウアーさんもはやし立てた。


「待て、グロック……悔しまぎれの小僧のたわごとだ……放っておけ」


 魔道士シグマがボスをたしなめた。


「たしかに安い挑発だな……だが、のってやるぜ……おい、小僧の縄をはずせ!!」


 しめた……挑発に乗ってくれたぞ。


 ここで大口を叩くぼくを殺せば面子めんつが立つ……だが、それはぼくにとってもチャンスだ。


 まあ、ぼくがグロックに勝てれば……の話だけどね。


 盗賊の手下がぼくを縛ったロープを外し、磔台から降ろした。 


 手首を回し、軽く柔軟体操をしてうっ血した身体に、血を巡らせた。


「ちょっと、グロック!! ハルトたちを捕えたのはあたしの手柄よ!!!」


 グロックはすがりつくベレッタを邪険に突き放した。


「うるせえ!! 『黒い蠍』水牛平原支部のボスは俺だ!!」


「くっ……」


「だいたいお前は襲う馬車隊の情報を得る密偵役だろ……お前が余計な真似をしなくても、充分に小僧を叩きのめしたんだ!!」


 ベレッタが悔しげにグロックを睨む。


 グロックは残酷な奴だが、盗賊に堕ちても剣士としてのプライドが少しだけ残っていた……そこをつく策がうまくいった。


 この策は、グロックに普通に試合を挑戦しても、鼻で笑われただろう。


 あるいは面白いとグロックが乗ってきても、陰湿な参謀シグマが止めに入り、グロックは冷静に意見を取り入れたかもしれない。 


 この作戦はグロックをカンカンに怒らせ、冷静な判断をさせないというのが肝要かんようだった……それがうまくいった。


 この策がダメなら、第二プランをやるはずだったけど、それは成功率が低い。


 第三プランは雷鳴神剣を呼んで磔台を破り、グロックを速攻で倒し、混乱状態にさせるという、破れかぶれの作戦だ。 


 でも、グロックは簡単に倒せる相手ではないし、グズグズしていると人質を盾にされて、おしまいだ。


 だから、第一プランを成功させるために一芝居うったわけさ。


 大勢に注目されるのは苦手だけど、ミュリエルたちを助けるためなら、覚悟を決め、何でもやるさ。


「武闘士というからには、素手の格闘術も出来るんだろう?」


「ああ……スタージョン流には徒手空拳の戦い方も教える」


「ノリンコ、こいつをあずけるぞ……」


 グロックは魔剣グロスメッサーを鞘ごと投じて、隙間歯の盗賊が受け止めた。 


「さすがはボスぅ……カッコいい~~!!」


「けど、意外だな……剣士崩れのあなたがこぶしで戦うなんて」


「剣じゃすぐに試合が終わって面白くねえからな……シグマ、『黒い蠍』流の試合場だ!!」


「……あい分かった」


 陰険顔の魔道士が杖を地面に突くと、炎が地面を走り、ぼくらの周囲を巡り、直系8メートルほど円を描いて炎の囲いとなった。  


「これは……」


「リングから出たらたちまち身体が魔法の炎に焼かれて逃げられねえ……炎環ほのおのデスマッチだ!!」


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