生か死か、首斬り柱のハルト
グロックは酒をあおり、酷薄な笑みを見せてぼくらを見つめる。
夕陽がさらに沈み、賊徒が篝火に火を点しはじめた。
「首を斬りとって、赤い根街道に杭をさし、その上に飾ってやるぜ……そうすりゃ、『黒い蠍』の名を聞くだけで震えあがって、商隊は金を差し出すようになるさ……ぎははははは!!」
そうか……いま気づいたぞ……磔台が十字架型ではなくT字架型なのは、首を斬りやすいように配慮した首斬り柱だったからだ。
悪の華たる盗賊団の幹部ベレッタは、串刺しグロックの傍らに立って、彼の左腕にしなだれた。
「あはぁぁ……すてきぃ……さすがグロックね♪」
「ぐふふふふ……悪い女だよなぁ、ベレッタは……お前にぞっこんのコグスウェルをしれっと裏切りってよぉ……ちいとばかし妬けるぜ」
「なによぉ……あれは内定するための演技よぉ……嫉妬なんてしないでよぉ」
「分かっているって……しかし、お前の裏切りは堂に入っているなぁ……なんせ元はゴズロ・ファミリーの一員だったのに、裏切って『黒い蠍』につくんだからよぉ」
グロックの言葉に驚いた。
ゴズロ一家といえば、『黒い蠍』に乗っ取られた盗賊団だとエイガー少尉が言っていたぞ。
「実の従弟でもあるゴズロの末っ子を裏切り、こちらにつくなんてよぉ……」
「何よ、あんな奴……あいつは口先ばかりで、たいして強くもないくせに、あたしにいやらしい目を送るだけの腰抜けよ……」
「きひっ……だが、お前は利口だぜ、ベレッタ……ゴズロに見切りをつけて、『黒い蠍』について、ゴズロのアジトに手引きしてくれたんだからな……」
「あたしは強い男が好きなの……あんたみたいなタフガイがね」
う~~む……ベレッタは裏切りの常習犯で、とんでもない悪女だったのか……きれいな薔薇にはトゲがあるとはよく言ったものだ。
そこへ、隙間歯のノリンコが頭にターバンを巻いた鷲鼻で鶏ガラのように痩せた男を案内してきた。
「支部長ぅ……ティキューナさんを連れて参りましたぁ」
「おう、ごくろう……さあ、こっちで呑んでくれ、ティキューナ・テヤーリ」
「ありがとね……『黒い蠍』のボスさん」
用意の椅子に座らせ、左右にがっちりしたターバンの用心棒が腕をくんで立った。
「わざわざアジトへ来てくれたのに商品が減って悪かったな……奴隷用の約束だった男を三人ばかりキャンセルさせてもらうぜ」
「いいのコトよ……しかし、あの男たちは鍛えていそうね……労働用奴隷として使えそうだ……一人50万ゼインは出しても良ろし」
おい、安値が過ぎるだろ!!
「なにぃ……そんなに値をつけてくれるのか!? ……もったいねえかもなぁ」
えっ……それでも高値なんだ……納得いかないなぁ、もう。
だけど、グロックが気を変えて処刑は中止になるかもしれないぞ!!
「気を変えないでよ……『黒い蠍』のボスさん……水牛平原に『串刺しグロック』と悪名高いあなただ……あなたの首斬りショー楽しみにしてきたね……辺境は娯楽が少ないから、部下たちも興味津々あるよ」
奴隷商人が嫌な笑い方をした。
「おお、そうか……照れるぜ。ぎひひひひ……陽が完全にくれたら処刑ショーの始まりだ」
とんでもない悪党どもだ……まっとうな人間の神経をしていないや。
しかし、処刑は確定したようだな……
「くぅぅ……俺もここで一巻の終りかぁ……報酬がいいので、護衛戦士を引き受けたが、こんなことになるとはツイてなかった……」
左側の磔台からホックバウアーさんの嘆き声が聞こえる。
「まだあきらめちゃダメですよ、ホックバウアーさん」
「そうは言ってもなあ……人間あきらめが肝心かもしれねえぜ」
右側の首斬り柱にいるマクラグレンさんもすっかり弱気のようだ。
「俺はなあ、ハルト君……護衛の仕事で金をたまったら、町で武具商を開きたいと思っていたんだ……」
「そうだったんですか……」
「ああ……昔から武具や刀剣が好きで、それなりに目利きは出来るほうだという自負がある……だからあと少しで資金が溜まったら店を開こうと思っていた……タイニーとな」
「えっ!? タイニーさんとですか!! そうだったんですか……全然そう見えなかったなぁ……」
「ああ、タイニーとは色々あって、二年ぶりにこの仕事の募集で再会したからなぁ……彼女も最初は余所余所しかったが、オークや追剥との戦いの中でしだいに前みたいな関係になっていたんだ……」
「そうだったんですか……だけど、色々って何があったんです?」
「それはそのう……」
ホックバウアーさんがモジモジして言いよどんだ。
「あっ……別に言いたくないなら……」
「ホックの兄貴はなぁ……昔、タイニーの姐御と付き合ってたけど、酒場のなんとかって女に夢中になってな、それで盛大にふられたんだぜ」
「ちょっ……マクラグレンさん、空気を読んでくださいよ!」
「ほへっ、空気?」
「いや、いいんだハルトくん……ラグレンの言う通りだ……俺は最低だったよ……結局、酒場女は金持ちの商人とくっつくし、何もかも無くしてからタイニーの大事さにやっと、気がついたんだ……ああ……昔のバカな俺を殴ってやりたい!!」
「ホックバウアーさん……」
「やっとやり直せると思ったんだが、これも運命だろう……しょせんはツイてない星の下に生まれたんだ……」
「ホックの兄貴ぃ~~」
護衛戦士たちが涙ぐみはじめた。
「二人ともあきらめないでください……ぼくが今、打開策を考えますから!!」
「そうは言ってもなあ……」
「しっ……静かに……考えますから」
雷鳴神剣を呼んで、首斬り柱のロープを斬るか……いや、やっぱり人質がいるので、前と同じ結果になる。
なにかいい考えはないものか……う~~ん……う~~ん……なにも思いつかない。
それにしても情けない最後だ……せめて最後は堂々と戦って、武闘士らしく悔いのないように死にたかったなぁ……
視界に谷の奥にある牢獄から心配して見つめるミュリエルたちが映った。
そうだ……こんな所であきらめてはいけない。
奴隷商人に売られるミュリエルたちを助けたい……雇い主のコグスウェルさんも、身代金を取られたら殺されるだろう……どうすればいい……何か考えろ。
ぼくは必死に考えを巡らせる。
そういえば『黒い蠍』は信賞必罰の昇級制といっていたなぁ……盗賊のくせに、まるで軍隊みたいな犯罪組織だな。
魔道士シグマは冷酷で、さっきも言葉で縛りつけ僕らを投降させる悪知恵を持つ……つけいる隙はないようだ。
なら、グロックはどうだろう……戦いの途中だったけど、奴は強かったなぁ……
あっ……そうだ!!
突然、雷鳴のようにいいアイディアが閃いた!
そのとき、後頭部になにか小さなものがくっついた。
篝火に誘われた蛾でも止まったのか?
さらに、足元から何か小さな物がもぞもぞと這い登ってくるぞ……野ネズミかな?
死の匂いを嗅ぎ取ってやってきたのかもしれない。
首を斬られたぼくの死体が野ネズミの餌になるかと思うとぞっとした。
ふいに僕の背後から奇妙な声が聞こえた……まさか、恐怖の谷に巣食うという死霊か!?




