悪の巣窟、夕陽の群盗
「まさか、本当に得体の知れない化け物が……」
ぼくは昔語りに聞いた、死霊に取り憑かれて死んでしまう旅人の話を思い出した。
「いいえ……きっと、地底から噴き出してくる火山蒸気が、狭い岩穴を通るときに生じる音に違いないわ……笛みたいなものよ」
ミュリエルは魔法使いだけあって、地学の知識もあるようだ。
「なるほど、天然の笛か……」
ゴォォォォォ……
別の方角から別の物凄い音がした。
でも、聞き覚えのある騒音だな……怪音のした方を見ると、坑道のひとつにヨロイカバが入っていて、もう眠っていた。
「……あいつのイビキも死霊の声の正体の一つか……」
「反響して不気味な音なの……それを知らない付近の住民が恐ろしがって近づかないのも無理ないわ」
「『黒い蠍』はそれを利用して、死霊話を言いふらして人を近づかせず、廃鉱をアジトにしているんだな……」
坑道の他にも、岩壁のあちこちに穴が掘られているが、ぼくらは谷の奥の狭間に連行された。
岩壁にある浅い穴に鉄格子がはめられていて牢屋になっていた。
ぼくらは荷馬車からおろされ、数人ずつ分けて牢獄にいれられた。
ぼくはホックバウアーさん、マクラグレンさんと一緒の部屋だ。
その隣にミュリエルとタイニーさん。
谷の向かい側にある牢獄にコグスウェルさんと番頭さん、馭者さんという商会の人たちが閉じ込められている。
その前にシグマが来て立った。
「お前はコグスウェル商会の会頭だそうだな……さぞ店には大金がうなっているだろう」
シグマがにやりと貿易商人を見た。
「いやいや……よそ様が思うほど商人は儲かっていないものなのですぞ……」
「謙遜しなくてもよい……密偵をしたベレッタから内情は聞いている」
「そ~よ。馬車の中で昨年は赤字だったけど、今年は黒字でホクホクだって言ってたじゃないのよ」
いつの間にかベレッタがシグマの隣に来ていた。
「今年は奥さんに指輪を贈るってさ。素敵な愛妻家ねえ……うふふふふ」
「うっ!!」
コグスウェルさんがしまったという顔で口を押えた。
悪女が嫣然と笑い、使用人たちが呆れた顔で主人を見て、会頭は真っ赤になった。
「椅子の下にこれを隠していたわよね」
ベレッタがポケットから小箱を出して、中から緑色に光る宝石をつけた指輪を取り出した。
「あっ!!! それは妻へのプレゼントだ!! 返して下され!!!」
「だ~~めっ♪ 上等なエメラルドよぉ……ねえ、シグマぁ……これはあたしが貰ってもいいでしょ?」
「良かろう……『黒い蠍』のモットーは信賞必罰……お前はそれだけの働きをした」
「うふっ……ありがと♪」
女密偵が参謀役の腕に手を回そうとしたが、その前にスッと身をかわされ、女は肩をすくめた。
「うふふふふ……ダイヤ、ルビー、エメラルド、トパーズ……この世のきらめく宝石はすべて私のものよ♫」
ベレッタは不思議な踊りをおどった。
「それよりもコグスウェル……家族から身代金を頂くつもりだ……すんなり金を出すよう、手紙を書いてもらいたい」
「えっ!! 身代金だってぇ!?」
「そうだ……手紙を持たせた番頭と馭者をベルヌのコグスウェル本店に送らせる……スキャットとノリンコを見張りにつける。騎士団などに報告をするなど、余計な真似をすれば命はない」
魔道士の脅し文句に商人たちが震え上がる。
「うぅぅ……わかった……手紙を書く……」
ミュリエルとタイニーさんが閉じ込められた牢屋の前に、隙間歯のノリンコとターバンにマント姿の男たち数名やってきて話をはじめた。
「この商品はどうだい、ティキューナ・テヤーリ。上物の女が二人も手に入ったんだぜ。護衛戦士の女と魔法使いの娘だ……いくらで買う?」
「そうねぇ……気の強そうなのは80万ゼイン……金髪の小娘は130万ゼインといったところね」
「おいおい……お前の眼は節穴か? もっと値を上げろよ。二人で300万ゼインは出してもらうぜ」
「そうはいってもねえ、ノリンコさん……こっちの業界も不景気でねえ……中々きびしいあるよ……大負けで、二人合わせて220万ゼインでどうかね?」
「いやいや……最低でも290万ゼインは出してもらわないと」
余りの事にミュリエルが叫ぶ。
「ちょっと、勝手に競売をしないでなの! 私たちは商品じゃないわよ!!」
「そうだ、嬢ちゃんの言う通りだ! この隙間歯野郎!!」
「ちぇっ……威勢のいい姉ちゃんたちだぜ」
「それにあたしの値段はもっと高いねえ……1000万ゼイン以上だよ!!!」
「勝手に値を釣り上げるなっ!!!」
くそっ、あのターバン男たちは奴隷商人か。
ぼくらも労働用奴隷として売るつもりか?
くそぅ……でも、夜になって盗賊たちが眠れば、脱出のチャンスが出来るだろう……それまで我慢だ。
そこへ大顎のスキャットと屈強な盗賊達がやってきて、ぼくらの牢屋の前に立った。
「お前達はこっちに来い……」
そして、ぼくとホックバウアーさん、マクラグレンさんは、あれよあれよという間に坑道の前にある広場に連れて行かれ、中央にある三本の柱に磔になっていた。
十字架の上の頭をあてる部分がなく、Tの字になった磔柱だ。
空はすっかり陽が落ち始め、血のように真っ赤に周囲を染め上げた。
柱の前方に椅子をおき、グロックが真ん中に座り、左右にシグマとベレッタが座り、盗賊たちは勝利の酒宴をはじめた。
「ぼくらをどうする気だ、グロック!!」
「俺はお前らを労働用奴隷に売るつもりだったんだがなあ……いかんせん、お前らは手下どもを殺し過ぎた……」
グロックは酷薄な笑みを浮かべた。
「死人が15人に負傷者多数だ。殺された仲間の仇にもお前らの血を見ねえと、手下どもの怒りが収まらねえのよ……」
『黒い蠍』の盗賊たちが恨みのこもった視線をぼくらにむけて、「殺っちまえ!!」、「叩き殺せっ!!」とののしり始めた。
群盗の憎悪と殺気が毒煙のようにぼくらにむかって放たれる。
「だから、お前ら三人は手下どものうっぷん晴らしの生贄として、首を刎ねさせてもらうぜ!!」
盗賊頭は腰の鞘から片刃剣グロスメッサーを引き抜いた。
夕日の光が反射して、血の色のように不気味に光った。