死霊蠢く、恐怖の谷
あれからぼくらは盗賊たちに縄で後ろ手に縛られ馬車の荷台に放り込まれた。
ぼくらは馬車隊ごと赤い根街道から大きく外れた、平原の道なき道をどこかへ連れ去られていく。
その跡をヨロイカバがドスドスと足音を響かせついてきた。
行き先はきっと『黒い蠍』のアジトではないかと思う。
ぼくは荷台の右側の壁板に座り込み、縄抜けしようにも、見張りの盗賊がいるし、魔道士シグマが縄に解けない魔法呪文をかけてしまってお手上げだ。
護衛戦士三人は略奪者たちとの激戦で疲れてぐったりしていた。
コグスウェルさんや商会の人達は別の馬車に集められたようだ。
商会の馬車隊の周囲をグロックや『黒い蠍』の賊徒たちが馬に乗って取り囲み、どこかへ移動していく。
となりで座り込んでいるミュリエルはずっと黙りこんでいるので心配になった。
「大丈夫かい、ミュリエル?」
「ええ……でも、あの戦闘でウィルと離ればなれになってしまったの……」
「魔法動物のウィリアムが? それは心配だね……でも、きっとすばしこいから、平原のどこかで生きていると思うよ」
「でも、あの子はお師匠様の使い魔の二世だから、野生で生きていけないと思うのよ……」
「いや、普段からネズミや小鳥を狩るのが上手だったから、野生の血は強いと思うよ」
「そうだったわね……時々ネズミの死骸を枕元に置いて困っていたけど、今は野生で生きる頼もしさだったと思えるわ……」
「そうそう……動物は人間が思うよりも、たくましいものさ」
「それに、エリーゼはどうなったかなあ……口の悪い妖精さんだけど、根はいい子なの」
「きっと、無事に妖精の里に帰っているさ……」
「おい、そこ!! 余計なおしゃべりをしているんじゃねえ……いい子にしてないとコイツで心臓をグサリだ!」
歯があちこち抜けた小太りのノリンコという盗賊が鉈を振りかざした。
「わかったよ……」
「そうだ……素直にすりゃいいんだ。なにせこれから泣く子も黙る『恐怖の谷』へ直行するんだからなぁ!!」
「恐怖の谷?」
「ああ、水牛平原の街道沿いで暮らす住民が恐れる『恐怖の谷』よ……谷からは得体の知れない不気味なうめき声が聞こるんだ。その正体は死霊か妖魔か知らないが、入った者は化け物に頭からかじられちまい、生きて帰って来ないという伝説のある、おっそろしい場所だぜ」
そう言ってノリンコが下卑た笑い方をした。
「そこに盗んだ馬車の荷物や金を運ぶ気か?」
「そうよ、人の近づかない『恐怖の谷』こそが『黒い蠍水牛平原支部』のアジトだからな」
そこに風を切る飛来音がして、ぼくとノリンコの間の壁板に、トマホークという手斧が突き立った。
「おい、余計なことは言わんでいい!!」
アゴの大きな巨漢が怒鳴った。
グロックの側近の盗賊で、スキャットという。
「わかったよ、スキャット……」
ノリンコは肩をすくめて押し黙る。
どうにか隙を見つけて脱出したいが、武器は前の馬車に集められて保管されている。
だけど、雷鳴神剣ならぼくの呼びかけに応じて、壁を破壊してこちらまで飛んでくるはずだ。
見張りは四人……奇襲をかければなんとか倒せるはずだ。
だけど……先頭の馬車にコグスウェルさん達が人質にされているから、前と同じ結果になってしまうだろう。
何かいい算段はないだろうかと、頭を絞る。
でも、何も思い浮かばないまま、無益に時間が経過していった。
1時間ほども経った頃、馬車隊は丘陵地帯にある谷間にいた。
すっかり陽が西の山へ近付いている。
やがて馬車から降ろされたぼくは、陽が暗くなりはじめた空の下にそびえる数十メートルの奇岩怪石が転がる岩山を見上げた。
山奥の何ヶ所から煙がたなびいている。
あれはどうやら火山の噴煙のようだ。
たしかに死霊や妖魔が住んでいてもおかしくないような不気味な場所だ。
岩山の断崖の一画に巨大な穴が幾つも見えた。
日が暮れはじめ、数多の死霊が蠢く巣穴にも思える。
「あれは……炭鉱の坑道じゃないか」
ここはその昔炭鉱であったようで、幾つもある坑道や石炭や施設の残骸などが見えた。
「でも、廃鉱のようなの……」
ブォォ~~~~~~ン!
その時、洞窟の奥からという不気味なうなり声が聞こえた。