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奸計、裏切りの平原

 ミュリエルが馬車内で不穏な動きをする歌手のベレッタを指さした。


「『黒い蠍』に襲われる前、馬車の中であなたがお化粧をしている時、変だと思ったの……化粧よりも、コンパクトの鏡を動かすほうに気を使っているように見えたわ……きっと、手鏡を太陽に反射させて、光線の通信で仲間に合図を送っていたと思うの」


 しまった……ミュリエルはさっき、そのことをぼくに言おうとしていたんだ。


「あ~~ら……ただの小便臭い小娘かと思ったら、目ざとい娘じゃないの……」


「私、オシッコ臭くなんてないのぉ!!」


「うふふ……そうよ、あたしは『黒い蠍』の新幹部ベレッタ様よ」


「くそっ、コイツとんでもない女だぜ、ハルトっ!!」


 両手を後ろに回して紐で胴体ごと縛られたピクシー妖精が窓から顔を出した。


 四枚翅はねで宙を飛べるが、紐が窓枠につけられ遠くへ行けないようだ。


「エリーゼ!!」


「このアマ、わっちらがハル坊たちを見舞っている最中に縛りあげやがったんだ!! 食堂のオヤジが災いを呼ぶ女って言っていたのは本当だったんだぜ。てやんでい、コンチキショウ!」


 ピクシーがベレッタの頭にドタドタと蹴りつけた。


「いたたた……静かにおし、悪魔の使い!!」


 ベレッタが左手で紐を引っ張り、エリーゼが悲鳴をあげた。


「大人しくいい子にしてないと自慢の羽をむりとってやるよ!!」


 ベレッタがナイフをエリーゼに振りかざして脅す。


「ひえええっ!!」


 ナイフと言ってもエリーゼにとっては胴体を真っ二つにできるほどの巨大サイズだ。


「やめろっ!!」


 恐怖で混乱したエリーゼがあちこちに飛ぶが、紐で遠くへ行けない。


「なにをなさいます!! 妖精殿は幸運を招く使者ですぞ!!」


 コグスウェルさんがベレッタにドンと体当たりした。


「きゃあああああ!!」


 そのショックでベレッタが押されて、虚空をもがいたナイフが紐を切り、エリーゼは窓の外から遠くへ飛んでいった。


 エリーゼが助かってほっとする……これもコグスウェルさんのお蔭だ……彼には恩ができた。


 けど、エリーゼも可哀想に……せっかくベルヌの町で冒険しようと思っていたのに、こんな怖い目にあってしまうなんて……もしかすると、人間に絶望して、妖精の里へ帰ったのかもしれない……


「このオヤジ……なにすんだよ!!」


「ぐひっ!!」


 コグスウェルさんが八つ当たりとんばかりにベレッタに腹を蹴られ、うめく彼の襟首を持ち上げ、窓枠に頭を出させて、ナイフを突きつけた。


 ぼくらの依頼主になんてことを。


「おい、待て……やめろっ!! コグスウェル殿になにをするんだ!!」


 ホックバウアーさんがグレイブを操る手をとめて、ベレッタに叫ぶ。


「さっさ武器を捨てなっ!! あたしは気が短いんだ!!」


 剣を持って牽制しあうぼくとグロックだが、いつの間にか魔道士が盗賊頭に近づいていた。


「シグマか……」


「あとは私が……商人の護衛ども、よっく聞け……さっさと武器を捨てて投降せよ……それとも依頼主を見捨てて戦い続けるのか?」


 陰気な顔の魔道士が冷酷にぼくらに告げる。


「己の命が惜しいなら、依頼主を見捨てて戦うのもいいだろう……だが、依頼主を見捨てた事実が知られれば、もう護衛戦士としては生きてゆけまい……冒険者だってそうだ……どこの冒険者ギルドだって短慮者たんりょものは入れてくれないぞ」


「ぐっ……」


「もう二度と、戦士としても、冒険者としても仕事はこないぞ……いや、どこの町に行っても、永遠に住民にツバを吐きかけられる人生となるのだぞ? 辺境に生きる者なら知らぬはずはあるまい」


『黒い蠍』の軍師はぼくらにとって痛い所を突いてきた。


 過酷な辺境に生きる住民の共同体気質コミューンかたぎを知り抜いている。


「それともさぁ……いっそのこと、あたしたちの仲間となって『黒い蠍』に入るのもいいかもよ!」


 ベレッタが憎らしいことをいう。


 盗賊に堕ちるなんてまっぴらだ。


「わかった……俺達の負けだ……手向かいはしない……」


 ホックバウアーさんは武器を捨てて、手をあげた。 


 悔しげにタイニーさんとマクラグレンさんも続く。


「くそっ……あと一息だったてのに……」


「こういう事もあるさ……ラグレン……」


「ハルトくん、ミュリエルくん……」


 ホックバウアーさんが目で頼み込む。


「ええ……ぼくらは冒険者になるためにここまで来ました……依頼主を見捨てることも、盗賊に鞍替えすることもしたくありません」


「そうなの……今は従うしかないのね……」


 雷鳴神剣に魔法の杖、グレイブ、バトルアックスなどを地面に捨てると、盗賊たちが拾い上げた。


 魔道士シグマが大地に魔法で光る召喚円を生みだし、馬を数十頭召喚して、生き残りの盗賊たちの乗り物にした。


 きっと馬に乗ってきたが、赤い根街道から見えない地点で隠していたのだろう。


「うふっ……王手チェックメイトね!」


 ベレッタが嫣然えんぜんと悪魔の笑いを浮かべた。


 いったい、奴らはぼくらをどうしようと言うんだ……



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