運命の出会い、ハルトとミュリエル
ミュリエルがほっぺたを上気させて、ぼくを大きな瞳で見つめる。
「凄いですの……ハルトさくん、あっという間にゴブリンを三匹も倒したんですの……」
「いや……ぼくの村にもときどき現れる魔物だからねえ……戦い方を経験しているのさ」
「そうだったんですの……なにか武術を習っているのですか?」
「うん……ぼくはこの山道の上のほうにあるグリ高原の村で、武闘術道場を教えている家の生まれなんだ」
「まあ、剣士だったんですの?」
「ん~~と……剣術も教えるけど、槍術やダガー術、馬術、鹿術、格闘術、攻撃魔法術、兵法なども教える総合格闘術で、武闘士というのが正しいかな」
「武闘士……聞いたことがありますの……傭兵団や冒険者ギルドにも武闘士がいるし、その武闘術を修練した王国の騎士団や教会の僧兵もいるとか……それでハルトさんはお強いんですねえ……」
「いやぁ~~…ぼくなんか、まだまだだよ……」
可愛い女の子にほめられちゃて、なんだか照れちゃうなぁ……思わず鼻の頭をかいた。
「あっ!! ハルトくん、手の甲に傷が……」
手を裏返すと、たしかにひっかき傷があって、血がにじんでいた。
「ああ……これくらいかすり傷だよ……ツバをつけておけば治るさ」
「いけません。破傷風になったら大変ですの……右手をこちらへ……」
「?」
ミュリエルはぼくの右手の甲に両手をかざした。
そして神聖ルーン語で呪文を唱えた。
彼女の両手から淡い光がはなたれ、ぼくの右手の甲に温かいマナが流れてくる。
傷は自然とふさがっていった。
「おお……治ったぁ!! ミュリエルは治療師なのかい?」
「いえ……魔法使いの見習いなの」
マナとは、自然界のどこにでも満ち、万物に宿る根源の力だ。
魔法使いや魔道士は体内に宿るマナや周囲の自然物に宿るマナを操って、魔法を使うことができる。
魔法で炎を生み出し、水を操り、風を起こし、土に穴を掘ることもできる。
マスタークラスの魔法使いになると、人間をカエルに変身させたり、大地を揺るがせ、城を破壊したりできるという。
スタージョン武闘術でも魔法術を教えるが、とても本職の魔法使いには敵わない。
「魔法使いだったんだ……あれ、ならゴブリンくらいの妖魔なら倒せるんじゃあ……」
「それが……わたしは座学の知識は得意なんですけど、攻撃系魔法は苦手で……魔法使いの落第生なんですの……いちばん得意なのは治療魔法で……」
ミュリエルがしょぼんとうなだれた。
「あっ……でも、まだ見習いなんでしょ? まだまだこれから成長するよ、きっと」
「……だと、いいんですけど……」
「それにしても、モンスターのいる森の中に一人で入るのは危険だよ……せめて御守りの護符くらい持たないと」
「あっ……御守りならあるんだけど……ヴォーダン魔法神教会の護符なの」
ミュリエルが胸元の首飾りを見せた。ルーン文字で描かれた護符のようだ。
「えっ!? 魔法の神様の護符なら、ゴブリンやコボルト程度の魔物はよってこないはずだけどなあ……」
「おかしいわねえ……」
「見せてもらってもいいかい?」
「ええ……」
ぼくは彼女に近づいてその護符を触ってみる。
「ん? なんだか呪力が感じられないよ……本当にヴォーダン教会に寄進してもらったものなのかい?」
「えっと……実は教会には入ってなくて……町の市場で買ったの……定額の寄付金の十分の一で売っていたから……」
少女がもじもじと小さくなる。
「それじゃあ……言いにくいけど、偽物かもしれないね」
「偽物ぉぉ!!!」
ミュリエルが青ざめて肩を落とす。
魔貂のウィリーがなぐさめようと、頬にすりすりと横顔をこすりつける。
「護符は正式な教会に定額通りに寄進して手に入れないといけないよ……神官たちだって、寄付や寄進で生活しているんだから」
「ぐすっ……ごめんなさい……実はわたしの家は借金だらけでお金がなくて……少しでも節約しようと、市場で買ったの……」
「そうだったんだ……」
「この森にも、高価な値段になる薬草があると訊いてやってきたの……借金の返済の足しになると思って」
「よし、じゃあ……ぼくが手伝ってあげるよ」
「いいの? みずしらずのわたしのために……旅をしているんじゃないの?」
「いや……スタージョン家の家訓にこうあるんだ……『行き先に二つの分かれ道があるとする。楽な道と険しい道があるなら、険しい道を進め』ってね」
「えっ……わざわざ険しい道を進むんですか?」
「うん……楽な道ばかり進んでいちゃ、修行にならないからね……ぼくはスタージョン流武闘術をもっと極めて、もっともっと強くなりたいからね……今の目標は師匠でもある姉さんよりも強くなることさ……」
「まあ……お姉さんに?」
「とにかく、うちの姉はえばってばかりで、ぼくに厳しい修行をさせて、普段からコンチキショーって、思っていてね……修行の旅を終えたら、絶対、姉さんより強くなってやるんだ……だからミュリエルを魔物から守る事も修行のうちだから、気にすることはないよ」
ミュリエルは「ふふっ」と笑って、ぼくをじっと見つめ、
「ハルトくん……」
ぼくの気持ちを察したのか、ミュリエルは瞳をうるうると潤ませた。
「ありがとう……ハルトくん!」
「フィヤ!」
ミュリエルの肩にのぼった魔貂のウィリーも「ありがとう!」といった感じで鳴いた。
「だったら、ゴブリンの魔石も換金できるから、それも持っていくといいよ!」
「でも、それはハルトくんが倒したから、ハルトくんのものですよ」
「いいって、いいって……」
「それじゃあ……半分個にしませんか?」
「いや、いいのに……」
「駄目です。そういう事はちゃんとしないと……ハルトくんはお人よしすぎますよ!」
「えっ……そう?」
「そうです……世の中良い人ばかりじゃないんですから、こういう事はきちんとしないと……」
「……うっ……うん」
あれ……なぜかぼくはミュリエルに怒られてしまった。
ぼくは借金で苦労しているミュリエルにとって、田舎育ちの世間知らずなんだな……きっと。
「それで、薬草はこのあたりにあるのかい? 採取するのを手伝うよ」
「ありがとう、ハルトくん……私が探しているのはタチナオリっていう薬草です。これを材料に作った延命湯という水薬は重い病気になった人も立ち直るといわれています」
「ああ……それで、タチナオリっていうんだ」
ミュリエルは旅行鞄から薬草のスケッチとこの辺りの地図を出して見せた。
タチナオリは草丈が1メートルくらい。
枝の先に白い小さな花がいっぱいついている。ギザギザの葉っぱの植物だ。
「山で良く見るヤマハッカに似た草だなあ……花はヤマハッカの方がきれいだけど……」
「ヤマハッカには薬効はありません。タチナオリはもっと地味な花です。草をかむと苦味があるの。民間施設ではいまだに栽培ができなくて、野性のタチナオリを探すしかないんですの」
「それはこの辺にあるの?」
ぼくはスケッチの薬草と同じ形のものをキョロキョロと探す。
ミュリエルは地図をみて、森の奥の方を指さした。
「それが……この奥にある……『人食いの森』近くにあるの……」
「人食いの森……たしか危険な植物モンスターがいるから立入禁止区域になっていると聞いたことがあるよ……」
「あっ……『人食いの森』の中ではありません。その手前にある『妖精の泉』の辺りに自生しているの」
「そうか……でも、何があるかわからない……気を付けて行こう!」
「はい!!」
ぼくはゴクリとつばを飲み込んだ。
『人食いの森』かあ……ゴブリンなんかよりも、もっと手強いモンスターがいそうだ。