大ピンチ、魔獣の咆哮(ほうこう)
燃える焚火のような赤い目をしたヨロイカバは大きな口を開けている。
下顎の犬歯は1メートル以上あり、人間の胴体など串刺しにしそうだ。
「まずいぜ……あのデカブツが目覚めやがった!」
「ああ……しかも、悪魔のように赤い目をしているな……」
賊徒と交戦中のホックバウアーさんとマクラグレンさんが青ざめる。
『黒い蠍』の盗賊たちが、引き潮のように草原を退いていった。
「馭者さん、今の内に馬車を反転させて、街道を後退できませんか!?」
「だめですだ……馬たちが化け物におびえて動けませんだよ」
「そうかぁ……なら、ここはぼくが……」
「どうする気だい、ハルトくん?」
「魔法攻撃を試してみます……ミュリエル、念のためにきみも魔法の詠唱を」
「わかったの!」
ぼくは両手でにぎった長剣を頭の右側に寄せ、左足を前に二歩分出し、八相に構えた。
体内に宿るマナを両手に流し、長剣に集めたのち、正面に振り下ろした。
「大気に放たれし姿なき斬撃よ……音より速く魔を切り裂かん……天ノ武技・斬空旋撃破!!」
長剣から斬撃破がはなたれ、地響きを立ててやって来るヨロイカバの頭部に命中。
だが、キンッと音をたて、斬撃波がはね返された。
「弾き飛ばされた……なんて堅い装甲だ!!」
ミュリエルを見ると、彼女も魔法の源であるマナを集め終えた所だ。
「大気に宿るマナよ……迷える者に安息の眠りを与えたまえ……睡眠光雲!」
ミュリエルが魔法の杖を頭上で振り回すと、白い霧が生じ、長い雲となってヨロイカバに向かって、奔流となって流れた。
白雲がヨロイカバを包み込み、走るのをやめて、立ち止まった。
「おお……効いたようだ!!」
「これでヨロイカバさんはまた眠るはずなの……」
が、ヨロイカバを包んだ白い雲が急に四方に弾けとんで霧散してしまった。
「反魔法なの!? ヨロイカバさんにあんな能力があるなんて知らなかったの!!」
ミュリエルが驚いてぼくを見る。
「待って……おかしいよ、これは……ヨロイカバが出現して、道を塞いで眠り込み、その途端に横で草のカムフラージュで待機していた盗賊が襲ってきた……」
「そういや、偶然にしては用意がいいな……まさか!!」
ホックバウアーさんがギョッとした表情になる。
「ええ、そのまさかでしょう……盗賊たちが形成不利になると、ヨロイカバの目が覚めた……偶然が重なり過ぎる……もしかしたら、召喚士かビースト・ティマーがヨロイカバを操っているのかもしれません」
「ビースト・ティマーは動物使いでしょ、魔物を操ることができるのかい?」
タイニーさんの疑問にミュリエルが、
「上位のビースト・ティマーは魔物を操る魔獣使いだと聞いたことがあるの」
「魔獣使いねえ……世の中広いわ!」
ヨロイカバが地響きを上げてこちらにゆっくりと、やってきた。
その背中に黒いローブを着た魔道士風の男が乗っている。
フードを被った下は陰気な顔付きの男だ。
「魔法使いなの!! ……きっとあの人が睡眠白雲を破ったのよ!!」
「お前がヨロイカバを操っている魔道士か!!」
「そうだ……わしがヨロイカバを召喚して使役しているのだわい」
召喚魔法を使うソーサラーは中級以上から上級の実力を持つ。
「お前が『黒い蠍』のボスか!?」
「いや……わしは『黒い蠍』水牛平原支部の参謀役でシグマという……」
「参謀役だって!?」
そのとき、左手の草原がうごめき、草カムフラージュのマントがひるがえり、さらに二十数名の黒服の群盗が出現した。
今までなんの気配も無かったのに……今は禍々しい凶気が毒煙のようにこちらに漂ってくる。
気配を消すとは、さきほどの盗賊たちより格上の実力を持っているようだ。
その中から、がっちりとした男が盗賊たちを分け入って出てきた。
こいつは赤い覆面をしていない……海草のような長い髪をオールバックにし、垂れ目で、無精ひげ、気だるげな表情をした、三十前後の男だ。
「お前が……盗賊群の頭か!!」
「そうだ……俺が『黒い蠍』水牛平原支部のボスだ」
ぼくらが愕然として男を見た。
マクラグレンさんが息をのみ、
「なっ……すると、お前が『串刺しグロック』か!?」
抗争相手の新生ゴズロ・ファミリーの首領と側近を殺して、首を街道にさらした恐るべき男だ。
「ふっ……妙な仇名がついちまったな……色気ってもんがねえ」
「この馬車隊を襲う気か!」
「そうだ……護衛の戦士ども……おとなしく武器を捨てな……命だけは助けてやってもいいぜ」