群盗、平原を切り裂く
「とっさのことでゴメン、ミュリエル……怪我はないかい?」
「大丈夫なの……それよりあれは……」
ミュリエルが横を見ると、草むらに隠れていた盗賊たちが見えた。
全員黒衣に黒い帽子、そして赤い覆面をつけ、その覆面には黒い蠍のマークがある。
「こいつらはエイガー少尉の言っていた『黒い蠍』に違いない!!」
「きっとそうなの!」
「けっ、わかりやすい盗賊どもだぜ!!」
ぼくと護衛の戦士団は立ち上がって武器を構える。
盗賊群は丈の高い草をかき分け、黒く巨大な楔となって、平原を引き裂くようにこちらに襲ってきた。
先頭の馬車を見ると、心配そうに見ているコグスウェルさんが見えた。
「コグスウェルさん、『緊急連絡サイン』で連絡を!!」
「おお……そうじゃったわい……これで騎兵隊の救援を……」
貿易商人が座席の下の物入れの引きだしに入れた発煙筒を取り出そうとした。
「あれっ!? エイガー少尉からいただいた『緊急連絡サイン』がないぞ!?」
「ええっ!? なんですって?」
「おいおい……わっちも確かにその引きだしに入れるのを見たぞ?」
エリーゼも引き出しの中を覗き込んだ。
「……うわぁ、引き出しの中はガラクタばかりじゃねえか、ちゃんと整理整頓しとけよ!!」
「申しわけありませぬ、妖精殿……ベレッタ殿、反対側の物入れも探してみてくだされぇ……」
「わかったわぁぁ……」
どうやら、発煙筒が見つからないようだ……その間に盗賊たちがぼくたちを半円形に取り囲んで間合をとっていた。
「あの白い服の小娘……なかなかの上玉じゃねえか?」
「おう、奴隷市場に売れば、高値で売れそうだ……」
「その前に、俺たちで可愛がってやろうぜ……」
「バッカ……生娘の方が高く売れるんだって……」
「ちぇっ……もったいねえなア……」
盗賊たちの勝手な言い分に、ぼくは思わず切れそうになった……が、抑えた。
かたわらのミュリエルを見ると、どん引きしいているが、震えてはいない、ぼくに笑みを浮かべるほど余裕がある。
『人食いの森』での戦いで度胸がついたのかな?
「あんな奴ら……思い知らせてやろうね」
「もちろんさ!」
ホックバウアーさんが顔をしかめてぼくを見た。
「まずいな……俺たちの実力じゃあ、4,5人なら相手できるが、相手が多すぎる……ハルトくんはどうだ?」
「それじゃあ、ぼくらが半分を退治しますよ」
「えっ……ぼくら?」
横に立つミュリエルがこくりとうなずき、
「私もお役に立てると思うの……ねっ、ハルトくん」
「ああ、ミュリエル……」
「危ないって……治療師の嬢ちゃんは、馬車に隠れていなって」
「大丈夫なの……それに、私は治療魔法もできるけど、本職は魔法使い見習いなの」
「えっ……魔法使いなのかい!!」
ホックバウアーさん達が驚く。
魔法使いは都市部に多く、辺境では少ないのだ。
村や町で暮らす魔法使いは薬の精製や、治療術で生計を立てるか、森などに籠って研究にいそしむものが多い。
「まずはぼくが先陣を切る!!」
ぼくは盗賊たちに向かって立ち、剣先を地面につくほど下ろし、マナを込めて振り上げた。
斬撃波が地面すれすれから湧き上がり、大地を割ってまっすぐ進む。
「大地を抉る勇猛なる衝撃よ……怒りの鉄槌となり魔を沈めん……地ノ武技・地動烈震崩!!」
十数メートルに渡って大地に地割れが生じ、盗賊群が滑落した土砂とともに地の割れ目に落ちて行く。
「うわあぁぁ!?」
「ぎゃあああっ!!!」
「急に地割れがっ!?」
悲鳴をあげて黒い楔の先陣が崩れた。
「あいつ……魔法剣士だったのか!?」
「大地を引き裂く魔法だなんて、中級以上の魔法使いレベルだわっ!!」
半数以上の群盗が地底に落ちて土砂に埋もれた。 だが、地割れからしぶとく這い上がってくる者たちもいた。
ぼくが剣撃をおくる間にミュリエルは魔法の準備を整えていた。
「万物に宿るマナよ……悪しき者たちに天罰を与えん……麻酔煙霧!」
ミュリエルの魔法の杖の先から白煙が生じ、奔流となって、這い登ってくる盗賊たちを包み込む。
「し……しびれ……るぅ……」
「から……だが……うごけ……」
パラライズ・ヘイズに肌が触れた盗賊たちが、全身をビクリと震わせ、四肢を痙攣させて倒れていった。
「麻痺の魔法か……やるな、嬢ちゃん!!」
「ミュリエルちゃんやるなあ……半数の盗賊が身動きできないぜ」
ホックバウアーさんとマクラグレンさんが感嘆した。
年上の戦士に褒められたミュリエルは頬を赤らめ、
「それほどでもないの……」
「フィヤフィヤ!!」
ウィリアムが“御主人様は凄いんだぞ”……という感じで小躍りしていた。
残りの盗賊たちが遠巻きにして立ち止まり、ぼくらをにらみ、
「くそっ……護衛に魔法剣士と魔法使いがいるなんて聞いてないぞ!!」
「よし、まずはあの弱そうな魔法使いから射殺すんだ!!」
「おう!!」
弓矢を持った盗賊たちがミュリエルに狙いをつける。
が、その盗賊の射手たちの肩や腹に弓矢が刺さった。
「ぐえっ!!」
「ぎゃあぁぁっ!!」
弓使いのタイニーさんが先んじて弓矢を射たのだ。
「そうはさせないよ!!」
「ありがとうなの、タイニーさん!!」
「いいってことさ……遠距離攻撃の後衛らしく仲良くしようさね……」
タイニーさんがウィンクして応えた。
「よし、魔法使いの嬢ちゃんはあたしが守るよ……前衛の男たちは残りの盗賊どもを薙ぎ倒してきな!!」
「頼みます、タイニーさん!!」
「おしっ!! 俺たちは『黒い蠍』退治だ!!!」
そう言って、ホックバウアーさんはグレイブの長さを利用して、剣や鉈を持った盗賊たちに先制攻撃をした。
グレイブで相手の腹を突き、返す刃先で右横の敵を払いのけ、左横から来た略奪者を、長柄を回転させ、慣性の力で柄の底にある石突で叩きのめした。
「おうっ!! 今度こそ、いい所見せるぜ!!!」
マクラグレンさんが戦斧の柄を中間で持ち、突きの態勢で盗賊群に突進した。
剣を持って襲いかかる盗賊たちだが、戦斧が剣や槍の切っ先をはね返した。
斧刃は分厚いので盾代わりともなるのだ。
横合いの草の茂みが動いて、盗賊がロングソードでマクラグレンさんの横腹を薙いだ。
が、刀身より分厚い斧刃がロングソードを真っ二つに折り割った。
「うわああっ……俺の剣が!!」
「斧刃の方が数枚上だぜ!!」
戦斧の戦士がひるむ賊徒の足を戦斧の鎌状になっている部分で引っ掛けて転ばせ、柄の根元で叩いて昏倒させた。
二人とも強い……ぼくが馬車に駆けつけた時はオークが三体だったが、それまでに五人の護衛戦士は七体のオークを倒して善戦しただけの事はある。
この分なら騎馬隊の救援がなくとも勝てそうだ。
グウォオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!
物凄い咆哮が聞えた。
ぼくらと 略奪者たちとの戦いで、眠っていたヨロイカバが目覚めたのか!!
巨大な魔物はこちらを向き、怒りに燃える赤い瞳となっていた。