危うし、襲われた馬車隊
馬車の窓から外をのぞけば、どこまでも平たい水牛平原の草むらが見える。
が、左側の高く茂った草むらから、街道めがけて大きな生き物が出てきた。
短い脚をのそのそと動かして、魔除け草を無惨に踏みつぶすオレンジ色の巨体が見えた。
「あれはいったい……」
怪物は頭と口が大きく、小さな目と耳が、鼻と一緒に顔の側面に並んでる。
肥満した身体が鎧のような表皮に覆われていた。
体長10メートルはある巨体で、街道をふさぐ形で座り込んだ。
街道の行く手を、まるで生きた城壁がトウセンボウしているようなものだ。
魔物はじっと動かず、こちらを攻撃してこないようだが……
「ミュリエルとコグスウェルさんたちはここで待っていてください……」
「待って、私も出るの……」
「でも……」
「私も冒険者になる予定なのよ」
「そうだったね……行ってみよう」
「わっちも見てみたいぞ! あんな怪物、森じゃ見た事がない」
「エリーゼは見物だね……」
「フィヤ!!」
ウィリアムが旅行鞄から出てきてミュリエルの肩に乗る。
「頼みますぞ、ハルト殿……ミュリエル殿」
「坊やの剣技が見られるかしら?」
ベレッタさんはお手並み拝見という感じでぼくを見送る。
外に出ると、二番馬車からも三人の護衛の戦士が出てきた。
髭面の三十歳くらいの護衛戦士、ホックバウアーさんがこちらへやって来るのが見えた。
槍の穂先が片刃の剣状になった、グレイブという武器を持っている。
「ハルト君……ミュリエル君……あのデカブツは一体なんだろうな……」
落ち着いた感じで、三人の護衛戦士のリーダー格だ。
「見たことのない魔物ですね……ミュリエル、知っている?」
「うん……お師匠さまのモンスター図鑑で見たことがあるわ……ヨロイカバという魔物だと思うの」
「ヨロイカバ?」
「北域西部の沼沢地帯に棲むという魔物よ……東部には棲息しないはずの魔物よ……水牛草原になんていないはずなの」
西部にしかいないはずの怪物がなぜ東部に?
「ミュリエルくん、魔物というわりには、馬車隊を襲ってこないようだが……」
「ヨロイカバは、元々、魔王がお城や要塞を築くための重機用に作り出した魔物で、大岩を動かしたり、巨木を引っ張ったりできるほどの大変な力を持っているというわ……オークやゴブリンといった好戦的な魔物とちがって、普段はおとなしい魔物なの」
「おとなしい魔物なんてのもいるんだなぁ……」
ぼくもホックバウアーさんも初めて聞いたので驚く。
「野生のヨロイカバも、ふだんはおとなしいけど、縄張りに侵入してくる者や、攻撃いてくる者に対しては怒り狂って攻撃するのよ。下顎の力が強くて岩をも砕くと言われているわ」
「怒らせると怖いタイプかぁ……ともかく、怪物をどかさないと、馬車が進めないね……」
「おい……ハルトとか言ったな……」
戦斧を持った、二十幾つかの戦士、マクラグレンさんがぼくを睨むように見る。
「ええ……あなたはマクラグレンさんですね」
「さっきは不覚をとってしまったが、今度はそうはいかないからな……」
「えっ!?」
ぼくをにらんでくる。
うわぁぁ……苦手だなぁ……こういうタイプ。
「まあまあ……マクラグレンさんも落ち着いてなの」
ミュリエルが戦斧の戦士をなだめた。
「うぅぅ……こんな可愛い治療師つれて旅とは、うらやましすぎるぜ!!」
マクラグレンさんが歯咬みして地団駄をふんだ。
あっ……そういう感情もあって、ぼくを敵視していたのか……
「おい、マクラグレン……ハルト殿はあたしたちの命の恩人だぞ、言い方ってもんがあるだろう」
三人目の護衛戦士……二十代半ばの女戦士タイニーさんが注意した。
長い髪を後ろで結んで馬のしっぽのようにしている弓使いだが、細長い剣の鞘も持っている。
「わかっていますよ……タイニーの姐さん……」
マクラグレンさんが気色ばんだ。
この人には頭が上がらないようだ。
「すまないねえ、坊や……こいつは、根はいい奴なんだが、なにかと突っかかる年頃なんだよ」
タイニーさんが片目をつむった。
「いえ、気にしていませんよ」
そこへエリーゼが飛んでいって、彼女の肩に乗った。
「だけど、お前……名前は『小さくて可愛い』のくせに、背が高いじゃねえか!!」
「あはははは……妖精さんははっきりいうね! けどね、あたしの故郷で『タイニー』は『素早い』って意味だよ」
タイニーさんが弓矢を引くポーズをとった。
「へえぇ……たしかに素早そうだ!」
突然、ゴォォォォォ……という凄い音が聞こえてきた。
思わずみんな耳を押さえた……音の出所は前方にいる怪物であった。
「なんだぁ、あの音は……まさかあの怪物……」
ホックバウアーさん達が信じられない面持ちでぼくを見た。
「いびき……のようですね」
ヨロイカバは目を閉じて昼寝をしていた。
「ヨロイカバさん……居眠りしているようなの……」
「あきれた化け物だぜ……ったく」
「うわぁぁ……ひでえ、騒音だ!!! ……我慢ならねえよ」
ピクシー妖精はたまらずに馬車に戻って扉を閉めた。
「どうやら、馬車を襲う気はないらしい……馬車をゆっくりと、草原を迂回させて進んだほうがいいかもしれません」
「だな……会頭と馭者に相談してみる……」
ホックバウアーさんが先頭の馬車に近づいていった。
その間もぼくらは油断なくヨロイカバを見張っていた。
大人しいといっても、魔物だ。
突然、目覚めてぼくらに襲いかかる可能性もないわけではない。
「フィヤフィヤ!!」
ミュリエルの肩の上で魔貂のウィリアムが騒ぎ出した。
「どうしたの、ウィリー?」
魔貂はぴょんと宙を跳び、ぼくの肩に乗った。
首筋の毛が逆立ち、しきりに右側の草原を警戒しているようだ。
前にもこんな事があった…… 魔貂の嗅覚は人間より優れていて、ぼくらには気づかない危険な気配を嗅ぎ取ったのかもしれない。
ぼくは右側の草原に五感を集中させた。
武闘士は視覚以外にも嗅覚や聴覚、察気術をきたえて危険を感じ取る術があるのだ。
ヨロイカバ以外にも別の魔物が草原に身を隠しているのか……街道から数十メートル先に気配を感じる……これは魔物の邪悪な気配ではない……複数の生き物の気配が感じる。
大きな雲が流れて、陽光が草原にそそぐ。
その時、多数の気配がある草原の辺りでキラリと光るものがあった……それも複数。
変だな……この辺りに川や池はないし、雨はしばらく降っていないから、水たまりはないはずだ……さては!!
「みんな! 地に伏せて!!!」
ぼくが大声を出して戦士団に注意を呼びかけ、ぼくはミュリエルを抱き寄せて地に伏せた。
「きゃん!」
護衛戦士は三人とも戦い慣れしているからか、条件反射的に地に腹ばいになる。
ぼくらのいた空間に風が流れ、風切り音が遅れて聞えた。
弓矢だ……やはり、あの複数の光源は鉄の矢尻だったんだ。
十数本の弓矢はぼくらに当たらず、外れて地面や馬車に刺さる。
貿易商人や馭者の悲鳴が聞こえ、馬が怯えていななく。
草原の方でガサガサと音がした。
振り向くと、数十メートル先にある草がうごめき、大勢の人間が表れた。
盗賊は草を貼りつけたマントを身体にまとって、草でカムフラージュして、待ち伏せしていたんだ。
「盗賊だっ!!!」
五人……十人……いやもっといるぞ……全員黒い服に黒いツバ広帽子をかぶり、鼻から口にかけて赤い布で覆面をしていた。
およそ三十数名の盗賊がわらわらと出てきて、手に持った剣や山刀、手槍を持って馬車隊に走ってくる。
赤い覆面をよく見ると、黒い蠍が刺繍されていた。
「こいつら、『黒い蠍』か!?」
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