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美しき妖花、歌手ベレッタ

 ベルヌまでの旅路に新しい人間が加わった。


 駅舎にある食堂兼酒場で知り合った……というか、押しかけてきた歌手のベレッタ・ブリガディアさんだ。 


 先頭の馬車の前の席でコグスウェルさんの隣に座っている。


「あはぁぁ……コグスウェル商会の会頭さんなのぉ……聞いたことあるわぁ……ねえ、あたし、絶対売れてみせるから、後援者になってくれないかしらぁ……きっと商会にもはくがつくわよぉ」


「いやはや……ベレッタ殿、真っ昼間ですぞ……水とコーヒーでも飲んで、酔いをさましてくだされ……」


 と、言葉では注意しているが、コグスウェルさんは美人にしなだれかかられて、まんざらでもない様子だ。


「しかし、前の店で騒動があったようですが、何かあったのですかな?」


「それがねえ……あたしに言い寄る客の中でしつこいのが二人いて、昨夜、あたしを取り合って二人が喧嘩を始めちゃったのぉ……マスターは店内で家具や酒瓶が壊れたのはあたしのせいだって言いだして、喧嘩になっちゃのよぉ……」


「なんと……それはお気の毒に……」


 隣に座るミュリエルがぼくの袖をくいくいとひき、隣に座るぼくの耳に口をよせて低声こごえでしゃべる。


(コグスウェルさんって、商人としても、大人としても良い人だけど……スケベなの)


(う、うん……まあ、あんな美人に言い寄らたら、断りきれないんだろうねえ……)


(あら……ハルトくんも男の子だから、コグスウェルさんの味方なの?)


(あっ、いや……なんというか、その……)


「ちょっと、なによあんた達……あたしの陰口でもしているのぉ?」


 ベレッタさんがこちらをジト目でジロリと見た。


「いや……なんでもないですよ、あはははは……」


 ぼくは右手を側頭部にあてて笑ってごまかした。


「ねえ、会頭さぁん……この子達はなんなの? 知り合いのお子さんなのぉ?」


「いや……私が雇った正式な護衛ですぞ」


「ええええっ!? ……ウソでしょ……こんな子供たちが?」


「本当だぞ……さっきだって、ハル坊が馬車を襲ったモンスターを倒したんだぜ」


 窓から外を見ていたエリーゼが、宙を飛んでミュリエルの肩に飛び乗った。


「キャッ!? やだぁ……それ人形じゃないのぉ?」


「誰が人形だぁ……わっちは正真正銘のピクシー族のエリーゼでい!!」


「ピクシーって、悪魔の使いじゃないのぉ!? やだぁぁ……こわぁぁい」


 と言って、酔いどれ歌手はコグスウェルさんに抱きついて怖がる。


 豊かな胸や彼の腕にあたって、やにさがる商人さんであった。


 ぼくらの視線に気が付いたコグスウェルさんは彼女をそっと離し、


「コホン……ピクシーは幸運を招く妖精ですぞ、ベレッタ殿」


「うっそぉ……あたしの田舎では悪魔の使いだって恐れられているわよぉぉ……」


「地方によって、違うものですなあ……」


 いやホント……ちなみにぼくの住んでいたグリ高原ではピクシーは、普段は人に姿を見せないが、ときおり、人里に来て、いたずらをするという伝説がある。 


 いたずらばかりではなく、良いこともする。


 貧しい者に救いの手を伸ばしたり、怠け者の背中をつねったりして、懲らしめるのだ。


「それに、こちらのハルト殿とミュリエル殿の腕は確かですぞ……ベレッタ殿。こちらへ来る前に、わが馬車隊がオーク三匹に襲われ、他の護衛たちがやられるなか、駆けつけて助けてくれたのです。ハルト殿はたった一人でオーク三体を瞬く間に倒し、ミュリエル殿は魔法使いで、怪我をした護衛を治療術で助けてくれたのです。お二人とも。命の恩人でもありますぞ」


「へええぇ……信じられないけど、会頭さんがいうなら本当なんでしょうねえ……」


 ベレッタさんがぼくとミュリエルを値踏みするように見つめた。


「ねえ、ハルトくんって、言ったぁ? 次の中継地についたら、お姉さんにその剣技を見せてくれなぁい?」


 ベレッタさんがぼくに流し目を送ってきた。


 ぞくぞくするような、色っぽさだ……


「ちょっとぉ!! ベレッタさん、ハルトくんを変な目で見ないでください!!!」


 ミュリエルがさえぎるように言った。


 普段はおとなしい子なので驚いた。


 エリーゼの影響かな?


「なによぉ……変な目って……あなた、この子の恋人か何かぁ?」


 これにミュリエルが真っ赤になった。


 もしかしたら、ぼくの頬も……


「えっ!? ……そういうわけではないけど……」


「じゃあ、しゃしゃり出ないでよぉ……小便臭い小娘がぁ……」


 ベレッタさんがミュリエルをにらみ、元々おとなしいミュリエルは「ひっ」と座席に引っ込んだ。


「待って……それは聞き捨てならないな」


 ぼくが二人の間に割って入った。


「ミュリエルはぼくの大事なパーティーメンバーだ。侮辱をすることは許せないよ」


 ぼくがじっとにらむと、ベレッタは悔しそうな顔をして、コグスウェルさんに抱きついた。


「やだぁぁ……こわぁいぃぃ……助けて、会頭さぁん……」


「まあまあ、ベレッタ殿……コーヒーでも飲んで落ち着いてくだされい……」


 貿易商会の会頭は鉄製の水筒に入ったコーヒーを勧めてベレッタの機嫌をとった。


「だけどさぁ……こんな坊やたちの護衛で大丈夫なのぉ?」


「もう一つの馬車に他の護衛の戦士も乗っております……もっとも先のオークとの戦闘で二人亡くなって、今は三人になりましたが……」


「護衛さんが三人だけぇ……他には? 番頭と我が商会が専属で雇っている馭者が三名ですな……いざとなれば戦います」


「ふ~~ん……そうなんだぁ……」


 ベレッタさんは他にも商会の荷物や店の規模のことを聞き、それに飽きると、自分がいかに優れた歌手であるかを自慢しはじめた。


 客室内で「港町のセレナーデ」という唄を披露したが、まあ……普通よりは少しうまいくらいかな?


 やがて、しゃべりつかれて、皆がだまってうとうとと午睡ごすいを始めた。


 魔貂のウィリアムはミュリエルの旅行鞄の中で眠り、それを真似てエリーゼもぼくのザックの中で眠り始めた。


 ミュリエルがぼくの袖をつんつん引っ張り、


(ねえ……ハルトくん……)


(なんだい?)


(ちょっと変だと思わない)


(なにが?)


 ミュリエルが視線をベレッタさんに送ると、ベレッタさんはコンパクトの手鏡を出して化粧直しをしていた。


 鏡が陽の光で反射して、少しまぶしい。


(ベレッタさんの様子よ……)


(ただの化粧直しでしょ?)


(そうじゃなくてね……)


 ミュリエルが何か言おうとした時、馬車がガクンと急制動がかかった。


「きゃああああああああっ!?」


 みんな態勢が崩れて座席から落ちそうになる。


 ぼくは馬車の手すりに捕まってミュリエルを支えた。  


 座席からずり落ちたコグスウェルさんの上にベレッタさんが折り重なる。


「わわわわわ……なんです、急にぃ!?」


 馬車の馭者台からが叫び声が聞こえた。


「化け物だぁぁぁぁ!!!」


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