旅の貿易商人、コグスウェル
オークの襲撃で犠牲になった護衛の戦士は街道脇に仮埋葬して黙祷した。
コグスウェルさんは、あとで彼らの遺族に遺品と、充分な手当を渡すという……これを聞いて、ぼくらはすっかりコグスウェルさんに好感をもった。
そして、コグスウェルさんに頼まれて、ベルヌの街まで馬車に乗せてもらうことになった。
先頭の馬車にぼくとミュリエル、ウィリアム、エリーゼが乗り、二番目の馬車に負傷した護衛の戦士たちと番頭さん、最後尾が荷物を載せた貨物用の幌馬車だ。
「ハルト殿は武闘士といわれましたが、みなさんはクエストの途中なのですかな?」
前の席に向い合せに座るコグスウェルさんがたずねた。
「あ、いえ……」
ぼくは隣に座るミュリエルを見て、
「ぼくらはベルヌの街に行って、冒険者ギルドに加入しようと思うのです」
「ほう……冒険者になるために、ベルヌへ……」
冒険者は村人や地方自治体の依頼でモンスター退治や山賊撃退の仕事をしたり、森や山、砂漠、洞窟などの遺跡やダンジョンなどを探索したりする。
冒険者ギルドは希望する人間に冒険者の資格を与え、活動をサポートする団体のことだ。
「そうなの……私は魔法使い見習いですが、冒険者ギルドに入って、クエストを受けたいの」
「ぼくは、武術修行が目的です。強いモンスターと戦い、まだ見ぬ高名な戦士と戦って、腕を磨くには、冒険者ギルドに入る事が良いと思ったからです」
希望に燃えるぼくらを見て、コグスウェルさんは腕を組み、目をつむってウンウンとうなずいた。
「いや、よいですなあ……私も若い頃は冒険者に憧れたことがありますぞ……と、いっても、腕っぷしには自信がありませんし、魔力も大したことがない……私はこうやって商いをするほうが、性に合っておりますわい」
「きっと、コグスウェルさんは仕事で色々な街を行ったことがあるんでしょうねえ……ぼくは旅に出るまで、ずっと山奥のグラ村で暮らしていましたから、こうやって、広い平原を見ることだけで、凄いなぁと思ってしまいます」
「いや、かくいう私も物心がついてから12歳ごろまでは、高い壁に囲まれた城塞都市に住んでおりましたわい……その頃は隣国と戦争があり、子どもは城塞都市から出てはいけない事になっておりましてなあ……ずっと、外の世界に憧れておりましたわい……」
戦争か……きっと、コグスウェルさんにはぼくには分からない苦労があったのだと思う。
「戦争が終わって、やっと私も父親に連れられて、外の世界をみることができました……まだ見ぬ町や村、さまざまな種族な物品、食べ物、衣服、建物……初めて見るものばかりで胸がわくわくしたものです」
「ぼくもわくわくしている最中ですよ」
「わはははは……」
ミュリエルがぼくの袖をクイクイとひっぱった。
「ねえねえ……それじゃあ、ハルトくんは海を見た事がないんじゃない?」
「うん……ぼくは山にある湖や池、沼しか見た事がないなあ……本によると、大陸よりも広い水があるとか……」
どんなところなんだろう……想像もつかない。
窓枠で外の景色を見ていた小妖精のエリーゼが、四枚翅をひらめかせ、こちらに飛んできた。
「おお……海っていうのは、わっちも見た事がないなあ……」
「エリエリも驚くと思うの」
貿易商人が、宙を飛ぶピクシー妖精を驚きの目で見つめた。
「いやあ……私も旅商人をしてあちこちめぐっておりますが、ピクシー妖精を見るのは初めてですわい……本当に絵本のように可愛らしいのですなあ……」
「えへん! ま、それほどでも……あるけどな!」
「私の生まれた地方では妖精を見ると幸せになれるとか……いや、ありがたい、ありがたい」
コグスウェルさんが両手を合わせて小妖精を拝んだ。
「おう、拝め……拝め……きっといいことがあるぞ、おっさん」
「もう……エリエリったら調子にのっちゃって……それよりも、ハルトくん」
「ん?」
「ベルヌは港町だから、海を見られるわ……きっと、驚くと思うの」
「へえ……楽しみだなあ……」
「おお……私も今はベルヌを拠点にしておりまして、塩を方々に商いしております」
「まあ……ベルヌの塩田で作られるお塩は、独特のミネラルや風味が会って、美味しいと評判なの」
人間にとって、塩は必需品だ。
ぼくの住む山奥の村では、岩塩も流通しているが、岩塩は2,3割で、他は沿岸の塩田で製造される塩が流通している。
ぼくの住んだグラ村も、コグスウェルさんのような貿易商人のお陰で塩を得ているのだ。
「じゃあ、荷車で塩を取り引きしてきた帰りなんですか?」
「ええ……平原周辺にある開拓村で取り引きをしております。陸地に住む方々は、他にも海産物や他の地方でしか取れないものを商いしております……干し魚や干し貝、調味料などが好まれます」
「なるほど……」
「ベルヌの拠点に戻るのにも、荷車を空にしたままでは、もったいない……そこで、取引先の町村からも、代わりに平原で取れた穀物や木綿、乳製品などの特産品を取引して沿岸地方に持って行きます……沿岸の町村でもこれらの品々が喜ばれます」
「ウィンウィンって、奴だな……商人てのは、品々を運んで大儲けって、わけだ」
「そうなんですよ、妖精殿……と、いいたい所ですが、商品は注意しないと、カビが生えたり、腐敗してしまって大損になることもありますし、さきほどのように運搬途中に魔物に襲われたり、盗賊に襲われる危険もあるのですぞ」
「ははあ……だけど、商会のお偉いさんのあんたが、わざわざ危険な街道の旅に同道するのはどういう訳だ?」
「それは無論、取引先の方々と顔合わせをしておきたいからです……商人は何よりもまず、信用が第一ですからな……それに、ハルト殿たちのように、あちこちを旅して、さまざまなものを見るのが好きな性分でして……」
「うんうん……わかるよ、コグスウェルさん……あなたはいくつになっても、少年の心を忘れない純真さがあるんですねえ……」
「わかっていただけますか、ハルト殿!」
ぼくと同じなんだ……少年時代に高い壁の向こうを夢想していたコグスウェルさんと……まだ見ぬ世界に胸を躍らせているぼくと。
「旦那さま……前から騎兵隊がやってきますだよ」
前方で馬をあやつる馭者が、コグスウェルさんに声をかけた。
窓からのぞくと、前方のレンガ街道を、八つの騎影が見えた。
青を基調とした制服に青く塗った軽甲冑を身にまとっている。
何者だろう?