旅は道連れ、赤い根街道
もしもぼくが鳥となって、地上を見わたせば、青い草原が広がる『水牛平原』が見えるだろう。
そして平原に巨大な大蛇がその身を横たわらせたような、赤茶けた街道が見えるはずだ。
これが大陸の北域に張りめぐらされた『赤い根街道』である。
朱茶色のレンガが敷かれて、馬車や鹿車などがスムーズに通れるよう整備されている。
野道とちがって、雨や雪でも泥濘にならない。
その一つの街道をぼくは歩いていた。
ぼくの名前はハルト・スタージョン。
背に旅行ザックを背負い、腰には長剣の鞘をたずさえているする、黒髪茶瞳の14歳の少年だ。
そして武術修行の旅をはじめた駆け出しの武闘士である。
ぼくは辺境のグリ高原に住んでいて、我が家は武術道場を営んでいる。
スタージョン家では十四歳になると、己を磨くために旅に出る家訓なのだ。
ひとりぼっちの旅立ちは不安もあるけど、はじめて外界に出るという興奮と楽しさのほうが大きい。
「ちょっと、やめてよ、エリエリ……」
エメラルドのような碧眼に、ハチミツのような金髪を肘のあたりまで伸ばした少女が宙にむかって眉を寄せている。
「てやんでぇ……ミュリ坊のオタンコナス!!」
少女の視線の先には、身の丈20センチほどの小さな人間が宙に浮いている。
草色の服をきて、背中に昆虫のような半透明の四枚翅がついた赤毛青瞳の妖精だ。
「なんですってぇ!!」
「フィヤフィヤ!!」
口をふくらませた少女の左肩に、細長い40センチほどの小動物がいた。
「ウィリーだって、それは違うって言ってるわよぉ」
「フィヤ!!」
「おい、猛獣をこっちに向けるんじゃねえぜ!!!」
……なんともかしましい……ひとりぼっちの旅のはずだが、実は同行者がいる。
先日、街道そばにある大森林で知り合った女性と妖精と使い魔だ。
二人の横にいって、右手をあげ、にらみ合う二人の間にさっと振り下ろした。
「ひゃん!!」
「わきゃぁ!?」
ふたりとも驚いて大人しくなった。
「びっくりしたのぉ……」
「まったくもう……急に手をふるんじゃねえぜ!!」
「まあまあ……ふたりとも、天下の公道でケンカはやめてね……通りかかる人が見に笑われるよ」
「えっ!? ……うぅぅぅ……ごめんなさいなのぉ」
はっと気が付いた二人は周囲を見回す。
人はいないが、水牛平原の名の由来となった野生の水牛の群れが、のんびりと草を食んでこっちを見ている。
「牛さんに笑われた気がするのぉ……」
ミュリエルは、頬を赤らめ、消え入りそうに身をすくめた。
そんな仕草もかわいい。
彼女は白くて大きな庇付き帽子をかぶり、白い道服を着て、ごつごつした枝先の杖を持った魔法使い見習いの少女で、ミュリエル・ボーモントという。
「ちぇっ……まあ、わっちも始めての外界の旅で浮かれてたかもな……」
両手を頭の後ろで組んで口をとがらせているのは、ピクシーといわれる小妖精族のエリーゼ・エリスンという。
自称『炎の舌のエリーゼ』という、ポンポンと物をいう気性の荒い妖精である。
「……しかし、お前……妙にケンカの仲裁になれているなぁ……」
「ああ……ぼくの家には9歳の妹ロッテと、6歳の弟フランツがいてね……ふだんは仲がいいけど、しょっちゅうケンカするからねえ……子守はなれているさ」
「おいおい……わっちは、んな子供じゃないぞ!」
「私もなの……」
「フィヤフィヤ!」
魔法使い見習いの肩のうえでうなずく小動物は、魔貂のウィリアムという魔法動物で、ミュリエルの使い魔だ。
ぼくたちは以前、大森林にある『妖精の里』で知り合い、『人食いの森』と呼ばれる魔境でクエストをした仲間であり、しばらく旅を同道する仲間であった。
「そういえば、街道を旅してお昼になりそうだが、魔物が出てこないなあ……人間の里にはいないのか?」
「あのね……弱い魔物なら、街道の脇に埋められた魔除け草の出す成分で、街道に寄ってこないの」
ミュリエルが指差した先に、レンガの道の両脇に植えられたトゲの生えた植物が生えている。
スライムやキラー・ラビット、毒火蜂といった低級モンスターなら、草の出す成分を嫌って街道には出てこない。
「なるへそ……しかし、この赤い根街道とやらに魔除け草を植えるとは……人間族ってのは、ゴクロウなこっちゃ」
「だけど、もっと大きな魔物や中級の魔物、人間の盗賊には効かないのよ」
「大森林とちがって、この辺りは人間が開墾した宿場町が多いから、森とちがって魔物が少ない……だけど、ときどき出てきて街道を襲うと聞いたな」
ぼくがミュリエルを見ると、
「私がベルヌの街から来たときには、魔物の盗賊にも出くわさなかったわよ……まあ、大森林への入り口近くまで、駅馬車に乗って来たというのもあるけどね」
ミュリエルはタチナオリという薬草を採りに来たのだ。
「エキバシャってのはなんでい?」
「駅馬車というのは、箱型の入れ物にお客がのって、二頭のお馬さんが引っ張る乗り物よ」
「箱を馬が引っ張るのか? こんな固い道を引っ張ったら、箱が壊れないか?」
「箱には車輪っていうのがついているのよ……ちょうど、あれみたいな……」
ミュリエルが指差した街道の遠い先に、手のひらほどの大きさに見える三台の馬車が見えた。
「へえ……あれが馬車かぁ……あの丸い輪っかが、車輪ていうのか? だけど、動いてないぞ?」
「えっ!?」
ぼくは瞳の上に手をかざして、先頭の馬車の前方をよく観察する。
前方に人だかりが見えた。
「あれは……人じゃない……」
「えっ!? よく見えないの……よくわかるのね、ハルトくん……」
「ああ……ぼくはふだんから、白昼の星を探して目を鍛えているからね……視力は3.1ある」
「ほへえぇぇ……武闘士ってのは、視力まで鍛えているのか!?」
エリーゼとミュリエルが驚嘆の声をだす。
その武闘士眼を凝らして馬車の前方を観察する。
「オークが馬車を襲っているんだ!!」
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