終章、ピクシー族の祝宴
夕陽の中、大角鹿のシルバーの姿見えない。
「あれ……シルバーは?」
「あっ……あそこにいるの!!」
ミュリエルが指差すさき、南側の森の茂みに大角鹿の白い背中が見えかくれした。
「シルバー……」
「トリフィドを倒して、戦いが終わったんだ……シルバーはもう人間と慣れ合ったりしないだろうな……」
エリーゼがしんみりといい、ぼくらは森の戦士を見送った。
呼びかけても、シルバーは一度も振り向かなかった。
「みんな御苦労だったな……ピクシーの里に報告と歓迎の宴をするから来てくれよ!」
「わあ、妖精さんの祝宴なんて楽しみなの!」
ミュリエルが無邪気に喜ぶ。
「エルフ族も特別に来ていいぞ……わっちは心が広いからな!!」
「いや……リリアたちは……エルフの里に戻る……みんなに早くこの事を知らせないと……」
「それに……犠牲になった二名のパーティーメンバーの遺族にも知らせないといけませぬからな……」
少し暗い顔してヨナさんが補足した。
無理強いはできないので、リリアとヨナさんとはここで別れることにした。
リリアがぼくの服の端をひっぱった。
「なんだい、リリア?」
「お話があるの……耳を貸して……」
「えっ、なんだい?」
ぼくがしゃがんで右耳をリリアに向けた。
すると、チュツと音がして頬になにかやわらないものが当たる感触がした。
「ハルト……巨大ヒトデから助けてくれた……お礼に……エルフ族の感謝と……祝福のしるし……」
「リリア……」
「おお……ならば、私もトリフィドの捕人器から救い出してくれたお礼をば……」
ヨナさんがこちらに近づいてきた。
服が溶けて半裸状態にぼくの上着をはおっただけの姿で心臓が早鐘のように打つ。
「えっ……ちょっ……ヨナさん!?」
すると、ヨナさんの左右からミュリエルとリリアが腕を押さえた。
「ちょっと、ヨナさん……お気持ちだけで充分なのぉぉ!!」
「そうですかぁ、ミュリエル殿?」
「そうです!! ハルトくんからも言ってなの!!!」
ミュリエルが凄い表情でぼくを見る。
「えっ……ああ……うん……お気持ちだけで……充分……です」
「ヨナは……エロいから……ダメ!!」
「そんなぁ……リリアさまぁ……」
「だはははは……おもしれー奴らだぜ!」
「フィヤ!!」
リリアとヨナさんは反対側の参道からエルフの里へ帰っていった。
ぼくの上着はヨナさんにプレゼントした。
代金代わりといって、リリアが銀の小粒を押し付けて去っていった。
ぼくとミュリエル、魔貂のウィリアムはエリーゼの誘いで、ウィリアムのつくった妖精の輪に入った。
「よし、みんな入ったな……いくぞ……ソラール、フラール、レジェ、ギジェ、プランターン……妖精の取り替え子!!」
エリーゼの呪文で周囲の景色がぼやけていく。
身体が舟酔いした感覚となり、つかの間が過ぎた。
気づいたときには、遠くに巨大なストーンサークルが見える。
もはや懐かしいピクシーの里に戻っていた。
「おおぉぉ……本当に転移した……すごいもんだね」
「フィヤァ!!」
「すごぉ~~い上級魔法なの!! すごいのエリエリ!!!」
ミュリエルがエリーゼを興奮して見つめた。
「いや……ほとんど長老のかけた祝福の呪文と魔法のお陰だけどな……わっちは帰りの呪文を唱えただけだ」
「おや……いつになく殊勝だね、エリーゼ」
「まあ……わっちも疫病神のトリフィドがいなくなって、ちったぁ、感傷的になってんのさ」
そこへ、ピクシーの長老であるハーラン・バンジョルさんとピクシーの村人たちがやってきた。
「おお……帰ってこられたか、予言の子たちよ……」
「ハーランさん……ピクシー族の宝物を持ってきました……そして、トリフィドをすべて退治してきました」
ピクシーたちにどよめきが起こった。
「本当に本当だぞ……わっちが一部始終を見届けてきた……ハルトの武勇譚とわっちの活躍を教えてやんよ!!」
「おお……ぜひ話してくれ、エリーゼ!!」
妖精の里の広場でエリーゼがクエストのことを話し、ぼくとミュリエルがそれを補足した。
ピクシー族のお母さんたちがオクルミに入った赤ちゃんをぼくの手の平に乗せてくれと頼まれた。
なんでも赤ちゃんを勇者に抱っこしてもらうと、元気に病気にならずに育つそうだ。
親指ほどの大きさの赤ちゃんは可愛い……妹と弟の生まれた頃を思い出した。
大いに盛り上がるなか、ハーランさんが飛んできて、ぼくの右肩にとまった。
「やはり……ハルト殿は天願の相をもつ予言の子……救世主であったんじゃなぁ……」
「ところで長老様……ピクシーの宝物をお返ししたいのですが……」
「いや、それはよいのじゃ……お主が雷鳴神剣の正統な二代目であるならば、剣はお主のものじゃ……初めからそのつもりだったんじゃ……」
「そうだったんですか……」
「そうじゃい……しかしのう、ハルト殿……雷鳴神剣の二代目所持者よ……お主の双肩に背負ったものは計り知れぬほど、重いものじゃ……その覚悟だけは心に留め置いて欲しい」
「はい、長老さま……神剣の力に溺れず、自制して生きていこうと思います……ですがもしも……もしも、ぼくが堕落したと言う噂を訊いた時は、ぼくが眠っている間にでも、剣を取り上げてください」
ハーラン・バンジョルが目を見開き、
「ほう……その年の割には、えらく達観したことをいうのう……お主なら大丈夫そうじゃい」
「いえ、そんな……」
「お主に二つ名を授けよう……『雷剣の武闘士ハルト』と名乗るがよい」
「二つ名だなんて、凄いの!!」
「ええっ……いや、ぼくはまだ修行中の身でして、二つ名だなんて……」
「いや……トロールに風船蜘蛛、トリフィドといった怪物を倒して世界を救った者に二つ名がないほうがおかしいわい」
「そうよ、ハルトくん……ここは受け取っておくべきなの」
「そうかい……なんだか恥ずかしいけど……『雷剣』の二つ名に恥じないよう努めます!」
「うむうむ……」
そこへエリーゼが飛んできて、左肩にとまった。
「二人でなにをごちょごちょ言ってんだい……ハルトを最初に見つけたのは、このわっちだぞ……最初に見たときからピーンとしたんだ」
「わかているよ、エリーゼ……」
魔法使い見習いが会ったときのことを振り返り、
「そういえば、最初はエリエリに森で迷子にされて、大変だったの……」
「エリエリ? ミュエリル殿……なんじゃい、そのミョウチクリンな仇名は?」
「あ……それは私がつけた仇名なの……変だったかなぁ……」
ミュリエルが頬を赤らめる。
「知らないのか長老……こういう略称が人間族の都で流行ってんだぞ……長老はハーラン・バンジョルだから、略してハーバンだな」
「ハーバン? なんじゃいそりゃ……」
両側にいた妖精の護衛兵たちが、
「エリエリにハーバン……なにかハイカラな感じがしますぞ」
「え……そう? ハーバンって名前だと、わし、ナウい?」
「ええ……ナウい気がします」
「なんだかチョベリグーな響きがいたしますぞ」
「そうかぁ……ハーバン……いいのう……」
「おい……待てよ、長老……わっちの時と反応がちがうぞ!!」
夕暮れにピクシーの手料理を囲みながら、妖精の太鼓と笛のリズムにのって、歌を唄い、愉快に踊り、宴を楽しんだ。
リリアたちもきっとエルフの里で祝宴を開いているだろう。
シルバーが大角鹿の家族や仲間に会って、森に平穏がもどったと知らせたのだろうか……
その夜はピクシーの里に泊まった。
翌日、ぼくらはピクシーの里を旅立つことになった。
その前にミュリエルと妖精の泉に行き、クエストの報酬であるタチナオリの採集をした。
ウィリアムとエリーゼも手伝ってくれた。
山ほど採って、例の小箱……なんでも収納箱にいれる。
「みんな手伝ってくれてありがとうなの!!」
「いえ、どういたしまして」
「タチナオリを街で換金したら、ハルトくんにも報酬を渡すね……」
「いや……いいよ……今回のクエストは武闘士として鍛えるのが目的だったし……それにミュリエルに会ったお陰で、かけがえのない愛用の剣を手に入れることができたしね!」
ぼくが腰にさした鞘を彼女に見せと、うるうるした瞳でぼくを見る。
「ハルトくん……だったら、私……感謝と祝福の……あのその……」
ミュリエルが頬を上気させて、言葉が不明瞭になった。
「えっ……なに?」
「なんでもないのぉ!!」
そんなミュリエルの肩に魔貂が飛び乗った。
「フィヤァ!!」
「ウィリーもありがとう!」
「ふわぁぁ……わっちは途中で飽きて昼寝していたけどな」
エリーゼがあくびをかみ殺しながらこちらに飛んできた。
「ふふふふ……それでもありがとう、エリーゼ」
少し妙な間があいた。
「……これが終わったっら、ぼくはまた武闘士としての廻国修行の旅に出るよ」
「そうかぁ……残念だけど……これでお別れね……」
ミュリエルがしんみりとさびしそうにいう。
ぼくもなんだかしんみりしてきちゃった。
「でも……これで、ミュリエルの家の借金を返せるね」
「それがねえ……まだ二十分の一くらいなの……」
「ええぇぇ……まだまだあるんだ……じゃあ、もっとタチナオリを採らないと……」
「ううん……これ以上採取したらタチナオリが全滅してしまうわ……またしばらくしたら採りにこようと思うの……それに、私、ベルヌの町へ行って冒険者ギルドに入ろうと思うの」
冒険者は村人や地方自治体の依頼でモンスター退治や山賊撃退の仕事をしたり、森や山、砂漠、洞窟などの遺跡やダンジョンなどを探索したりする。
冒険者ギルドは希望する人間に冒険者の資格を与え、活動をサポートする団体のことだ。
「そこに入って、冒険者になれば高額の仕事の依頼も受けられるようになるの」
「なるほど……冒険者ギルドかぁ……姉さんも昔、加入していたと言っていたなあ……よし、ぼくも冒険者になってみようかな」
「えぇぇ!? でも、ハルトくんは武闘士の修行の旅に……」
「前にもいっただろ……スタージョン家の家訓で『行き先に二つの分かれ道があるとする。楽な道と険しい道があるなら、険しい道を進め』ってね……高額依頼の仕事なら険しい道になりそうだ……だからぼくも一緒に冒険者になるよ」
ミュリエルが息を呑んでぼくを見る。
「ハルトくん……いいの?」
「いいに決まっているだろ……今日初めて会ったけど、ミュリエルとは友達になれそうだから……」
ミュリエルの瞳が感動でうるうるとにじんでいた。
「もおぉ……私たちもう友達でしょ」
「うん……そうだね」
グラ村に同い年の子はいなかった。
ミュリエルは同い年の始めての友だちだ。
だけど……なぜだろう……なんというか……生まれてくるずっと前から、この瞬間を待っていた気がする。
そこへエリーゼが飛んできた。
「なに二人でいちゃこらしてんだ、こらぁ!!」
「別にいちゃついてるわけじゃないよ……」
「話は聞いたぞぉ……お前達だけじゃ頼りないからな……わっちも旅についていってやろう……」
「えっ……ピクシー族は人里と関わりを持たないんじゃあ……」
「なあに……わっちがピクシー代表として、雷鳴神剣の所持者の御目付役になると、長老たちにかけあって、ナシをつけたんだ……ピクシーは人間より長命だからな……お前が行く末を見届けさせてもらうぜ」
「エリーゼ……」
「ピクシーの冒険者ってのも、乙なもんだろ?」
「エリーゼ……きみは口の悪い小妖精だけど、基本はいい奴なんだな……」
と、ぼくは感動して宙に浮くピクシーを見上げた。
ミュリエルを見ると、彼女はジト目でエリーゼを見て、
「エリエリ……ホントは人間の街をあちこち見物したいだけでしょ……」
「あちゃぁぁ……バレたか!」
右手を後頭部において、舌を出した。
……エリーゼ……ぼくのピュアな感動を返してくれ。
「やっぱりぃぃ……うふふふふ……」
「だははははは……」
「ちょっとぉ……エリエリって、可愛い見た目なのに、おじさんみたいに笑わないでよ」
「うっさいなぁ……どう笑おうとわっちの勝手だぁぁ!!」
ともかく……ぼくらはピクシーの里に別れを告げ、レンガの敷き詰められた赤い根街道を歩き、ベルヌの町へ向かった。
ぼくは決して後ろを振り向かなかった。
だって、ぼくたちの冒険はまだまだ始まったばかりだから。
第一部 完
ここまで読んでくれてありがとうございます!
第一部はこれでお終いです。
時間に余裕が出来れば、続きの冒険者ギルド編を書こうと思います。
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