撤退か前進か、ハルトの覚悟
上にいるミュリエルが「フィヤ!」と言葉を発した。
「えええっ!? ……どういうことだ!?」
「上にいる私は、ウィリアムが変化した姿なの……ウィリアムは九つの姿に変身することができる魔貂なの!」
「なるほど……ウィリアムは魔法動物だったのかぁ……初めて見たよ」
安堵したとき、近くの御神木の幹から、急に若枝が生え、にょきにょきと枝の茂みが伸びて、ぼくらを包み込んだ。
「えっ……」
枝の茂みはそのまま伸びて、ぼくらを地上まで優しく下ろしてくれた。
途中で、ミュリエルの姿をしたウィリアムが白煙を出して、魔貂の姿にもどった。
「御神木に枝が生えて下ろしてくれたの……これは一体……」
「きっと、森の守護神ドライアード様が助けてくれたんだよ」
ミュリエルと彼女の肩のウィリアムが御神木を見上げた。
「ドライアード様……ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「そうだ……ウィリーもありがとう……ごほうびよ!」
ミュリエルが旅行鞄から無塩ソーセージを取り出してウィリアムに与えた。
「フィヤァ!!」
喜んで無塩ソーセージを食べるウィリアム。
ううむ……彼の心を胃袋でつかんで使い魔にしたのかな?
大地にたどり着くと、枝は元に戻っていった。
そこへエリーゼが飛んできた。
「お~~い! お前ら……無事か!?」
「エリーゼ……心配かけたね」
「樹上で風船蜘蛛がやってくるわ、炎は飛ぶわ、地面からフウセンモドキが出て来たと思ったら、その上に焼けた残骸が落ちてきてぺしゃんこになるわ……とにかく危ないから、離れて避難していたんだぜ」
「それは……迷惑かけたねえ……実はギリリスが襲ってきたんだよ」
「なんだってぇぇ!?」
「でも、ハルトくんが助けてくれたのよ」
「おお……ミュー坊も無事かぁ……だけどまた、なんでここに!?」
「いろいろあったのよ……」
かいつまんで事情を話すと、エリーゼはやかましいほどに興奮した。
リリアとヨナさんはキング・トリフィドを遠くから物見の斥候にむかったという。
みなで妖精の輪へ行くと、草むらの中にシルバーの大きな姿があった。
「きゃっ!? なんて大きい鹿さんがいるの!!!」
「ああ……途中で知り合った、大角鹿の戦士シルバーだよ」
「私の知らない間に何が……」
ミュリエルにシルバーと出会った経緯を話した。
「そうだったの……そうだ、これを……」
ミュリエルが旅行鞄から乾燥した草の束を取り出した。
「それはなんだい?」
「お師匠様から預かったタチナオリの見本よ……人間は調合してポーションにしないと飲めないけど、鹿さんならそのまま食べられると思うの……」
ミュリエルがシルバーの前にタチナオリを置いた。
だが、シルバーがそっぽを向く。
「どうしたの、鹿さん……これを食べると元気が出るのに……」
「無理いうなって、ミュー坊……野生の動物は人間のあたえた食べ物を口にしないものなんだ……」
「そんなぁ……」
「なあ……今なら、ピクシー里へ帰ることもできるんだぞ」
ピクシーのエリーゼが急に神妙な顔になってぼくらを見た。
「えっ……なんだい、急にどうした、エリーゼ?」
「そうよ、いつもとちがって変よ、エリエリ……」
「わっちはピクシー族の代表として、森で予言の子を捜していた……ハルトは期待通りに怪物を倒して、ドライアード様の御神木までたどり着いた……けどなぁ、ボスだと思っていたトリフィドに、さらにあんな化け物……キング・トリフィドがいたなんて想定外だぜ」
「たしかに……結界魔法を打ち壊すまで進化したキング・トリフィドがいるなんて、ここへ来た時は思いもしなかったよ……」
たしかに最悪の状況……最大の危機だ。
「けどなぁ……今ならピクシーの里に戻れるぞ……」
「ほへ? エリエリ、どういうことなの?」
「お前達の頭に乗せた草冠があるだろう、ピクシーの祝福を受けた者は、ある呪文を唱えれば、妖精の輪を通して草冠の材料となった草の生える地へと転移することができるんだ……転移魔法『取り換え子』という」
ぼくは驚いてミュリエルと顔を見合せた。
取り換え子は、ピクシーが赤ん坊をさらったあとに残す妖精の子供だという説話があるけど、本当はピクシー族が仲間の赤ん坊をさらった人間を懲らしめるために使った転移魔法が真相だったようだ。
「それは……転移魔法って、かなり上級魔法なの!! ハーランさんて、凄い術者だったのねえ……」
「そんなことができるとは……でも、リリアたちが……」
「草冠を被った者が、他の者をつかんでいれば一緒に転移できるぞ……シルバーだって運べる……ここはいったん帰って、長老たちの知恵を借りるべきかもしれねえ……」
いつになく弱気なエリーゼの姿をはじめて見た。
「どうしよう……ハルトくん……」
ミュリエルが不安げにぼくを見た。
撤退か前進か……武闘士であり、神剣の二代目所持者である、ぼくの覚悟は決まっている。
「いや……ぼくは残って、キング・トリフィドを倒す……みんなは先に里に避難してくれ」
「そんな……ハルトくんだけを残して行けないわ……」
「キング・トリフィドが結界を壊した今、いっこくも早く奴を倒さないといけない……これはドライアード様との約束でもあり、ソール・ブレイド二代目所持者の義務でもあるんだ」
「ハル坊……お前ならそう言うと思ったぜ……わっちも残るぞ」
「ハルトくん……私だって残るの」
「みんな……」
そこへ、草をかきわけ、リリアとヨナがやってきた。
「ハルト……無事戻った……ミュリエルさん……助けたのね」
「心配しましたぞ……ハルト殿」
ミュリエルがぼくの腰のあたりの服を引っ張った。
「ハ……ハルトくん……」
彼女が今までに見たことのない表情でぼくを見ている……やめて、そんな目で見ないで。
「ハルトくん……リリアちゃんの他に女の人が……なんで、破れた服の上に、ハルトくんの上着を着ているの……」
魔法使い見習いがぼくの肩をつかんで揺さぶった。
「待って……ミュリエル……話をさせてくれ……」
ミュリエルはひどい勘違いをしているのかもしれない。
「あっ……いや……それはねえ……」
ぼくはかいつまんで起きた事を説明した。
「なんだぁ……そうだったの」
「いやはや……ハルト殿のお陰で助かりました……あやうくトリフィドの養分にされるところでしたわ」
「しっかし、ハル坊は話しに事欠かねえなぁ……」
「うん……ぼくもそう思った」
リリアがぼくの捧げた剣を見て、
「ハルト……神剣を……手に入れたの?」
「ああ……これさ」
ぼくは雷鳴神剣ソール・ブレイドをみなに見せた。
「これが……ふつうの剣に見えますが……」
「それがねえ……敵と戦うときに黄金色に輝いたの」
「黄金に……」
みんなが興味津々に神剣を見つめる。
なんだか急に呼吸が苦しくなってきた……
「ねえ……なんだか息が苦しいの……」
「ほんとだ……瘴気が高まって、肌がピリピリしてやがるぜ……」
「キング・トリフィドが放つ邪気が増えたんじゃないか?」
ぼくの言葉にリリアとヨナがハッとしてこちらを見る。
「そうだ……キング・トリフィドの物見を……してきたの……」
「そうなのです、奴の大きなつぼみが……硬そうな茶色になってきましたぞ……いいよ、種になるときが近いのかもしれませぬ……」
ハーランさんの説明によると、トリフィドはタンポポと同じように、花が咲き終わると実を結び、球状の白い綿毛をつけた種が風に乗ってあちこちに飛び散って、広がっていくのだ。
「今からだと……綿毛の種になるのは、だいたい日暮れぐれえだな……」
「そんなに早くなの!」
「その前にキング・トリフィドを倒さないと!!」
最後の決戦がはじまろうとしていた。
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