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森の守護神、ドライアード

「これは……リリアの強化魔法に……剣が耐えきれなかったのかも……」


 リリアがこれ以上ないほどしょげた顔をする。


「いや……これだけ戦えば、いずれは折れてしまうものなんだ……」


「ハルト……」


 ぼくは代わりに、岩風蜥蜴のブーツに隠した短剣ダガーを引き抜いた……刃渡り25センチほどだが、無いよりはましだ。 


「その短剣でスタージョン流の魔法剣を使えるのかよ、ハル坊?」


「いや……これは只の短剣だ……魔法剣を使うには、マナを集めて、増幅させる魔法加工をしたものじゃないと駄目なんだ……」


「そうだったのかぁ……」


 そのとき、鼻孔びこうに異臭がして、みなが振り向く。 


 キング・トリフィドの太い茎から十以上の枝が生え、花が咲いていた。


 そこから、黄色い花粉が周囲に煙幕となってき散らされていた。


 その中に吸血根が大蛇のようにうごめくのが見えた。


「まずい!! 毒花粉じゃねえか……ここを離れようぜ!」


「……毒花粉の霧に、シルバーをもとらえる吸血根か……トリフィドのつくった防御幕ぼうぎょまくであり、キルゾーンだな……」


「ハルト殿……やみくもに突入しても、犬死いぬじにになりますな……なにか策を考えねばなりませぬ……」


「そうだね、ヨナさん……」


「ちぇっ!! 植物のくせになんて手回しがいいんだ、トリフィド野郎め……打つ手なしかよ……」


「悔しいが、いまは撤退するしかないよ……」


「わかったよ……シルバーをなんとかしないとな……」


 エリーゼが巨鹿の頭に乗り、長毛をつかむ。


 巨大球根のそばにいては、いつ吸血根に襲われるか分からない……一時避難すべきだ。


「動けるか、シルバー?」


 大角鹿はよろけながらも立ち上がって、前脚を動かす。


 ぼくは見ていられず、シルバーの右横に寄り添って、支えた。


 すると、巨鹿は身体を揺すって、ぼくを拒絶した。


「シルバー……どうして?」


 エリーゼが困り顔で、


「……ハル坊……やっぱり、シルバーは野性の大角鹿の戦士なんだ……人間に助けられるのが嫌なんだ」


「えっ!? ……どうして、今まで背中に乗せて走ってくれたし、味方になって戦ってもくれた……怪我をして弱ったんだったのなら、助けたいよ!」


「あのなぁ……シルバーはわっちの魔法で操られている……だけど、心の表層部での話だ……シルバーはわっち達を助けてくれたのは表層部でゆるせる範囲だった……でもなぁ、人間族に助けられるのは……なんていうか、心の深層部で許せないんだろうなぁ……わっちの魔法でも、そこまでは操ることはできねえ……いや、しちゃいけない事だと思うぜ」


「そんな……」


 考えてみれば、人間は鹿を狩って食べている……分け入ることのできない境界線があるのだ。


「……妖精騎士の私には、少し分かる気がします……歴戦の騎士や戦士というものは、気高い誇り……プライドがあって、そこだけは誰にも踏み入れることはできない……不可侵の領域なのだと思いまする」


「ヨナ……」


 リリアが寂しげな表情をして、妖精騎士に抱きついた。 


 彼女もトリフィドの捕人器にいて憔悴(しょうすい)し、本調子とはいえない。


「そういうものなのか……」


 森の中に住むピクシー族やエルフ族には、野性の戦士の心情がすこしわかるようだ。


 そういえば、ときおり、道場に父の知り合いの武闘士や戦士が訪ねてくる。


 その中に父より年上の人がいて、シルバーに似ている気がする。


 ふだんは笑って人当たりがいいが、戦いになると、頑固がんこ融通ゆうづうがきかない古武闘士こぶとうしだ。


 ぼくはまだまだ武闘士として……戦士として半人前なんだなぁ……と痛感した。


 武闘士もかくありたいものだなぁ……と思った。


 ゆっくりと歩む巨鹿と少し離れて、ぼくらは御神木の前に向かった。  


 そのとき、またあの絹のように優しい女性の声がした。 


 ――予言の子よ……あなたの望む武器を与えましょう……魔法剣を使える武器……『神剣しんけん』です。


『神剣』だって!? いや、それよりも、はっきりと分かったことがある。


 耳から聞こえる声じゃないんだ。 


 ぼくは左手を心臓のうえにあてた。 ここだ……ぼくの心から聞こえるんだ!!


「急にどうした、ハル坊!!」


「ぼくの心に、声が聞えてくる……きっと、森の神様の声だ!!」


「なんだって!!」


「私には聞こえない……」


 リリアが少ししょげた顔でぼくを見上げた。


「やっぱり……ハルトこそが……予言の子」


「いや、たまたまぼくが選ばれたようだ……数年後だったなら、リリアだったのかもね……」


「ハルト……優しい……」


 エルフの少女は瞳をうるませた。


「ぼくは森の神様から『神剣』を預かってくる……それがあれば、キング・トリフィドをり倒すことができるかもしれない」


「おおぉ……頼みますぞ、ハルト殿!」


「エリーゼ……御神木の宝物はどこにあるんだ?」


「よし、案内しよう……でも、その前に……」


 眼前にそびえる巨大樹……エリーゼが御神木の樹上を指さした。


「あのうろが御神木の本宮ほんぐうだ!!」


 御神木の根元から上へ15、6メートルの場所に、大きな洞が見えた。


 階段らしき残骸があるが、トリフィドが来てから五年の間、手入する者がおらず、朽ちてしまったようだ。


「……えらく高い場所にあるねえ……」


「ああ……昔は根元にあったってえ話だけどよ、御神木が成長して洞も上に移動してしまったんだ」


「そうか……みんなはここで待っていてくれ……エリーゼ……」


「おうよ……妖精の輪を作って、防御結界に避難しているぜ」


 御神木の根元で寄生するトリフィドはほとんどが、キング・トリフィドの元へ行って、養分を吸い取られ、枯れ死したようだ。 


 でも、まだ一般のトリフィドがいるのかもしれないので、用心のためだ。


 ぼくは大樹の岩壁のような幹のくぼみに手足をひっかけ登っていった。 


「フィヤ!!」


 魔貂のウィリアムが巨大樹の幹にとりつき、ぼくを先導するように登って行った。


「道案内してくれるのかい……ありがとう、ウィリアム!」


 そういえば、囚われのミュリエルはどうしているだろう……


 彼女のことも心配だが、キング・トリフィドが種を周辺に飛ばすことも阻止しなきゃ。


 やがて、巨大樹の洞が目の前に見える。


 その近くにフウセンモドキの張ったロープが見える。


 ロープに振動や衝動を与えなければ、フウセンモドキはこない。


 魔法剣が使えず、短剣一本で浮遊食肉植物と戦うのは難しい。


 ぼくは音を立てないように、忍び足で洞に手をかける。


「ふぅ……やっと、着いたぁ……」


 洞窟のような本宮に入った。


 奥まで歩くと、光るものが見えた。


 ウィリアムが先に駆けだした。


「フィヤ!!」


 洞のどん詰まりに樹木に埋もれた剣が見えた。


「これがピクシー族の奉納した宝物……神剣か」


 ――予言の子……よく、ここまでたどり着きましたね……長きに渡り待ち続けました。


 心に直接ひびく声を感じた。


 神剣の横の樹木の壁が光り輝き、人の姿になった。


 不思議な光につつまれ、白い服を着た美しい女性の姿だ。


 だけど、少しやせて見える……御神木のマナをトリフィドが吸い取っていたせいではないだろうか。


「フィヤ~~~…」


 魔貂がおびえたように、ぼくの旅行ザックに潜りこんだ。


「あなたは……森の神様ですね」


「そう……ドライアードといいます……あなたの頭にあるのはピクシー族の編んだ草冠くさかんむり……ピクシー族に祝福されし者ですね……」


 美しい女性は耳に聞こえる声で話し始めた。


「ドライアードさま……樹木の精霊で、森の守護神といわれるドライアード様……ぼくはハルト・スタージョンという旅の武闘士です」


「よろしく……ハルト」


 森の神様は、ぼくの心にではなく、直接きこえるよう話しだした。


 ピクシー族の長老ハーランさんの言葉を思い起こす。


「……『人食いの森』と言われる森林地帯は、もともとドライアード様の領地なのだが、悪しきモンスター・トリフィドに占領されてしまったのじゃ……ドライアード様の魔力でも敵わず、御神木の奥深くに眠って救い手を待っておる……」


 そこで、ピクシーの里からぼくが、エルフ族の集落からリリアたちが、森の動物の代表としてシルバーがドライアード様を救いにやってきたのだ。


 ドライアード様が古びた鞘に納まった神剣を両手で捧げて、ぼくに渡そうとする。


 だけど、ぼくにはためらいがあった。


「ですが、ドライアード様……本当にぼくにその剣をさずけて良いのでしょうか……ぼくはまだ武闘士としては見習いの身……強さでいえば、ぼくより強い者がまだまだいますが……」


「いいえ……まだ純粋な少年であるあなたでなければならないのです……」


「えっ?」


 御神木の守護神は神秘的な瞳でぼくを見つめた。

 

「なぜ少年のあなたが選ばれたのか……その理由を説明しましょう……」


「はい……お願いします」


「この神剣は偉大なる力を持ち、所有者に人間以上の力を与えるがゆえに……『呪われた剣』でもあるのです」


「呪われた剣……」


 ぼくは驚いた……なぜ神の剣が呪われた剣なんだろう?


「その昔……天界に住まう神族の一柱……ソール様がピクシー族を通してわたしに託されたものです」


「ソール様から!!」


 ソール様は天界アースガルズに住まうアース神族であり、雷神であり、戦いの神であり、農業の神様でもある。


「その昔……地上界にて人間族と魔族の間で戦争があり、ソール様が人間に手を貸すべく、神の金属オルハルコンをミュルニョルのつち使って加工して、神剣を作りだしました……その神剣をソール様が選んだ勇者に渡し、人魔戦争は人界の勝利で終結しました……」


 人魔戦争のことはぼくも昔話で知っている……今から千年以上前の話だ。


「しかし……戦後、人間の勇者は強力すぎる武器の力に溺れ……人間界を武力で制圧しようとしました……それを知ったソール様はたいそうお怒りになり、アスガルドから神罰の雷霆らいていを堕落した勇者に落とし、彼は焼け死にました」


「そんな事が……」


 神話学にはくわしくないが、一般に広まっている神典や神話では、あまり聞かない話だ。


「この事は、長命種のピクシー族とエルフ族、ドワーフ族にのみ伝えました……その神官や巫女が予言の書として言い伝えたはずです」


「……それで人間族のぼくは知らなかったのですね」

「よいですか…ソール様の作った神剣を、悪しきことに使えば神罰の雷に打たれます……大人は強大なる力に呑みこまれ、邪悪に染まりやすいのです……」


「…………」


「……ですが、まだあなたは少年らしい純粋な正義感と、奥ゆかしい謙虚さを合わせ持つ少年です……今のあなたになら、この神剣を正しく使いこなすことができるのです」


「ぼくなら……」


 思わずゴクリと生つばを呑みこむ。


「しかし……あなたもやがては成長して、大人になるでしょう……人間によっては、神剣の力に溺れず、正しい心を持ったままでいる者もいるかもしれません……ですが、それは難しいことかもしれません……あなたもいずれは神剣の力に呑みこまれて、千年前の勇者と同じ道をたどる事になるかもしれません……そうすれば天雷てんらいがあなたの身に落ちるでしょう……」


 天雷とは、神の意志による天罰のことだ。 


「つまり、ぼくに稲妻が落ちて、焼け死ぬのですね……」


 その姿を想像して、ゾッとした。


 ここまで読んでくれてありがとうございます!


 面白かったなぁ……または、先が気になるなぁ……と思ったら、


 下にある☆☆☆☆☆を押して、作品への応援お願いいたします。


 面白かったら星5つ、そうでもなかったら星1つを押してください。


 または、読んで思いついた感想など、気軽に書いてくれるとうれしいなあ。


 ブックマークもいただけると次回の更新がすぐ分かるようになりますよ。


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