ハルト、旅立つ
冒険への旅立ちはいつもと変わらぬ朝であった。
白い牙山脈からの雪解け水が渓流にふえ、ミゾレタンポポやコグマレンゲなどの高原の草花の芽が顔を出してきた。
森林にかこまれたグリ高原の一画に、ぼくたち家族がすむ家があった。
母屋の隣にスタージョン流武闘術とかかれた小屋……いや、道場がある。
ぼくの名前はハルト・スタージョン。
黒髪茶瞳の、どこにでもいる平凡な顔立ちの、14歳の少年だ。
背に旅行ザックを背負い、腰には長剣の鞘をさしている。
靴はこの日のためにあつらえた新品の岩風蜥蜴の皮靴だ。
「いいか、ハルト……くれぐれもスタージョン家の名を貶めるような真似はするなよ」
「わかっています、姉上」
「うむ」
このえらそうな人はぼくの五歳上の姉で、剣術、槍術、格闘術などの師匠でもあるエルマリアだ。
長い金髪をうなじ辺りで結び、左肩にかけている。
「旅先では生水は飲んではいけませんよ……それにお財布は胴巻きに入れて落とさないようにね……それと、愛の女神フリッガ様の護符よ……」
姉上とそっくりと似た風貌だが、性格は正反対といってもいい、優しくおっとりした母のリーズが護符を首にかけてくれた。
父親は国境警備隊の剣術師範役として赴任しているので、いまは留守だ。
「にいに……修行の旅、がんばってね」
「ハルトにいに……都会に行ったらおみやげ忘れないでね!」
9歳の妹ロッテと、6歳の弟フランツが背伸びして別れを告げる。
「こら二人とも……ハルトは物見遊山に行くのではないぞ……修行の旅で三、四年は旅に出て帰らないのだ」
「ええぇぇ!? そうなの、エルねえね」
「ハルトにいに、そんなにいなくなるの?」
ロッテとフランツが小さな指をひとつずつ数えてたしかめる。
「そうだな……今度会うときはロッテとフランツも大きくなっているだろうなぁ……ぼくを忘れないでくれよな」
「わすれないよぉ!!」
妹弟が口をとがらせて文句をいう。三、四年は長い……きっと、二人ともかなり背が伸びて成長しているだろう。
エルマリア姉さんも廻国修行から帰ったときは、頭一つ分伸びて驚いたものだ。
妹弟の成長の経過を見られないのが少しさびしくもあるけど……廻国修行はスタージョン家の定めだからしかたない。
いや……このグリ高原やグラ村からあまり出たことのないぼくにとって、見知らぬ土地への旅は、全身の血が騒ぐような楽しみでもあった。
「数年後にお土産もって帰るからね」
妹弟は無邪気に「わぁい!」と喜んだ。
「おお……こんなに朝早く、若先生は御出立かい?」
「水臭いねえ……」
麓からの道からぞろぞろとグラ村の者十数人がやってきた。
雑貨屋のシュマリおばさん、猟師のグリッソ兄さん、酪農家のウォリントン一家、馬具商のソルおじさん……若者からおじさんおばさん、子供組の生徒まで、みんなスタージョン流武闘術の門下生だ。
いっけんのどかに見える辺境だけど、モンスターや野盗の襲撃と言った被害がある。
それで村人たちは自衛のために、農閑期などに武術を習うことが辺境ではやっているんだ。
「セビロウサギの干し肉だぁ……もっていけ」
「ピリカラスモモがあるよ……もっていきんしゃい」
「ありがとう……みんな」
「やれやれ……湿っぽくなるから、朝早く旅立たせようと思ったのだがな……」
姉が口をへの字にしてそっぽを向く。
「なあに……エルマリアの姐さんが旅だった時はお別れもいわずに行っちゃったからなぁ……」
「ハルト坊もそろそろ旅立つ頃合いだと察していたよ」
「エルマリアちゃんなんて、帰ってきたときは頭一つくらい背が伸びたよねえ……ハルトちゃんも今度会うときはそうなるかねえ……」
「やれやれ……勘の鋭い門下生たちだ……勘働きは武術の稽古でいかして欲しい物だがな……」
「ありゃ……姐さん先生にはかなわないよ……」
「はははははは……」
と、陽気な笑い声に見送られ、ぼくは馴染みの家を……ぼくが育った高原の村から旅だっていった。
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