疑惑、妖精族の闇
「えええっ……あんなに大きいのが!?」
水辺に棲む貝類のなかには、カタツムリやナメクジのように陸棲になった種類もいる。
同じようにヒトデ類のなかでも陸棲となったのがこの森ヒトデだ。
と、いっても普通は5センチから10センチほどの大きさだ。
こいつは体長3メートル以上はあるぞ。
「きっと、『人食いの森』の邪気で異常発達した巨大森ヒトデにちげえねえ!」
「いやぁぁ!!」
巨大森ヒトデの一本の腕が上にめくりあがり、たくさんならんだ吸盤が見える。
その吸盤がつぎつぎと伸びて、チューブのような触手となって、少女を吸盤で捕らえた。
もっとも、触手ではなく、正しくは管足といって、ヒトデはこれで移動する。
管足で岩盤にはりつき、木の枝をのぼることができる。
巨大森ヒトデの五本の腕の真ん中にある本体の盤に口があり、吸盤管足で捕らえた少女を食べようと不気味に蠢いていた。
「たあああっ!!」
駆けだしたぼくは、長剣を振るって、吸盤管足を切り裂き、少女を助けだした。
吸盤管足が巻きついたままの少女を魔法使い見習いに渡す。
エサを取られて怒ったジャイアント・アステリアスが五本の腕を蠢かし、こちらにヌメヌメと移動してきた。
だが、動きが鈍い。
「ミュリエル、この子を頼む!!」
「わかったの!!」
ぼくは大技で倒そうと、無形の構えでマナを集める。
だけど、敵は足が遅いと油断していた。
巨大森ヒトデは、口から薄い膜でできた袋状のものを吐き出した。
急激だったので、不覚にもぼくは薄膜のフクロに包み込まれてしまう。
「うぷっ……むぐぐぐぐ……」
「キャアアアアア!! ハルトくん!!!」
肉のフクロに包みこまれたぼくの身体の服が溶け始める……これは胃の消化液だ。
森ヒトデは自分より大きいな餌を食べる場合は、胃袋を反転させて体外に出し、胃袋でエサを包み込んで消化吸収するのだ。
だけど、ぼくの長剣にはマナが満タンに充填されている。
「大気に放たれし姿なき斬撃よ……音より速く魔を切り裂かん……天ノ武技・斬空旋撃破!!」
反転胃袋が斬撃で破れちぎれ、斬撃はそのまま進み、本体の巨大森ヒトデを一刀両断にした。
「おぉぉ……一時はどうなることかと思ったけど、またまたやりやがったぜ、ハル坊!!」
「ふぅぅ……服がちょっと溶けちゃったよ……」
「まだよ……ハルトくん!」
「えっ!? どうしてだい、ミュリエル?」
「森ヒトデは再生力が強くて、斬っても二つになって分裂して生きているの!!」
はっと、振り向くと、二つになったジャイアント・アステリアスの断面から肉コブが盛り上がり、小さな腕が再生しはじめていた。
正眼に構えて、刀身に魔力を練る。
「浄化の焔よ……紅蓮の一撃となって燃やし尽くせ……炎ノ武技・火炎飛翔弾!!」
巨大森ヒトデは炎に包まれて黒焦げになった。
助け出した女の子に巻かれた吸盤管足を取り除いてあげた。
「まあぁぁ……お人形さんみたいに可愛い子なの!!」
ミュリエルのような金髪で、瞳が青く、色白の美少女だ。
いや、九歳以下だったら美幼女か?
よく見ると、耳が鹿のように長くて、先端がとがっている。
「あなたはエルフ族の子ね!」
「…………」
「ギュウギュ!!」
なぜかウィリアムが警戒のうなり声をあげ、エルフの子を威嚇する。
かわいそうにエルフの子はおびえてしまっている。
「だめよ、ウィリー……子供がこわがるでしょ、めっ!!」
「フィヤ……」
「あら……怪我してるの?」
エルフの子供がこくんとうなずいた。
左の二の腕が裂かれて、血がにじんでいる。
「どれどれ……お姉ちゃんが直してあげる……万物に宿りしマナよ……癒しの光となって安らぎを与えん……回復治療!!」
ミュリエルが回復治療魔法で癒しのマナを、女の子の左の二の腕に流して治療した。
エルフ少女は感謝のまなざしで魔法使い見習いを見上げ、
「レリラ、コバータ……シュリンプ!」
「あっ……エルフ語かぁ……ごめん、エルフ語はまだ勉強中なの……大陸共通語は話せる?」
「……少し……話せる……勉強中……私は……リリア」
「そうなのぉ……リリアちゃん、かわいいねえ……お姉さんはミュリエルっていうのよ」
「ミュリエル……」
「この子はウィリアム……魔貂なの」
「ウィリアム……」
「ぼくはハルトっていうんだ」
「ハルト……」
美しいエルフ族の少女は神秘的な瞳でぼくを見つめる。
話には聞くが、エルフ族というのは初めて見た。
人間族が足を踏み入れないような森林や泉のある地域にすみ、弓矢などの狩猟や木の実などの採取で生活している。
知的で、魔法を使い、人間より高い知識があり、独自の文化を築いているという。
人間族などとは、一定の距離を保っていて、あまり見たことのある人は少ない。
男女とも美形で、優しげな風貌だというが、縄張り意識が強く、テリトリーを犯した者は徹底的に排除するという、冷酷な戦士としての側面もあるという。
「……エルフ族っていうのは美形が多いと聞くけど、子供時代から美形なんだねえ……」
ミュリエルがジト目でぼくを見て、
「もしかして……ハルトくんって……小さな子が好みなの?」
「えっ!? ……いや、妹のロッテが9歳で、この子と同じくらいだから、思い出しちゃって……」
それを聞いて、ミュリエルが安心したように、胸をなでおろす。
「なんだそうかぁ……良かった……ハルトくんがロリコンでなくて」
「ロリコン? 初めて聞く言葉だ……どういう意味だい?」
「あっ……いいの、いいの……ハルトくんは辺境の純朴な少年のままでいて、変に染まらないで」
なにそれ……気になる物言いだなぁ……
そこへピクシーのエリーゼがこちらに飛んできた。
「こんな場所にエルフ族の子がいるなんてなあ……エルフ族は2、30年前に別の森へ移ったと聞いていたけどなぁ……」
すると、エルフの子は恐ろしげな表情となって、ミュリエルの背中に隠れた。
「ピクシー!! ……邪悪なる種族!!!」
リリアの言葉にエリーゼはぷく~~っと頬をふくらませた。
「なんだよ、急に……失礼なガキ……いや、オコチャマですこと!」
「ピクシー……悪い妖精……『取り替え子』をして……赤ちゃん、盗む!」
「『取り替え子』かあ……ぼくも昔話で聞いたことがある……」
ピクシーは普段は人に姿を見せないが、ときおり、人里に来て、いたずらをする。
夜中に民家の馬小屋に忍び込み、馬を盗んで、乗り回して妖精の輪をつくる。
ぼくらが最初に出会ったときのように、『ピクシーの惑わし』で旅人を迷わせて楽しむのだ。
かと、思えば良いこともする。
貧しい者に救いの手を伸ばしたり、怠け者の背中をつねったりして、ポルターガイストを起こして懲らしめるのだ。
『取り換え子』は悪いいたずらの方で、赤ん坊を盗むというものだ。
人間の赤ん坊をこっそり盗み出して、代わりに置き去りにするのが、フェアリーやエルフなど妖精の子だ。
『取り換え子』でさらわれる人間の子は、美しい子供、若い女性、とくに金髪の者が好まれたという。
「でも、エリーゼやピクシーの里の小妖精たちを見た限り、そんな悪い種族とは思えなかったけどなあ……」
だけど、ピクシー族には今日はじめて会ったばかりだ。
可愛い見た目だからといって、裏付けもなく頭ごなしに信用していいのか?
エリーゼには悪いが、急に疑惑の念が浮かんでくる。
「エリエリ……取り換え子って、本当にあった話しなの?」
ぼくらは小妖精を見つめた。
「ああ……昔、魔法で人間族の赤ん坊をさらったことがあるぞ」
ぼくとミュリエルは「えええええっ!?」と叫んだ。
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