ストップ、菌糸類ゾンビ団
悲鳴をあげるミュリエルを、ぼくは手を引いてうしろに回す。
哀れではあるが、ぼくは長剣で首を横薙ぎにした。
首が飛んで木の根元に落ちた。
「死霊術師か、呪術師に蘇生させられたリビング・デッドなら、これで倒せるはず……」
だが、頭部の無いゾンビの身体は、なにごとも無かったように、のろのろと前に向けて前進してきた。
両手でぼくの首を絞めようとする。
「うわっ!? 首が無くても動くのか!?」
ぼくは長剣をふるって、動く首無し屍者の身体を縦切りにした。
そのとき、腐敗臭のする山犬ゾンビがぼくに向かって横から飛びかかってきた。
とっさに剣を横に向けて楯にする。
長剣に牙をたてて咬みつく山犬ゾンビ。
切先を左手で押さえ、山犬ゾンビと力の押し合いをする。
その胴体部を蹴ってはね飛ばす。
次に燐光キノコが生えた腐乱イノシシが突進してきた。
ぼくは宙を飛んでゾンビ獣の背中に乗り、猪首を輪切りにした。
背中から飛び退くと、腐乱イノシシは近くの大木にぶつかった。
息をつく間もなく、足元にゾンビ大蛇が巻きついてきた。
鎌首をあげて毒牙で首筋にかみつこうとする。
長剣を横薙ぎにして大蛇の首を刎ね、返す長剣で胴体も斬る。
「ふぅぅ……」
右手の甲で汗をふく。
切断して倒した屍者やゾンビ動物を見る。
のろのろとだが、ふたたび動き出す……悪夢の光景だ。
「このリビング・デッドたち……脳味噌もないのに動く……やはり、神官の聖なる浄化魔法じゃないと倒せないのか……」
すると、ミュリエルがはっとした表情になった。
「あれは……死霊魔術や呪術で生まれたアンデッド系ゾンビじゃないわ!」
「えっ!?」
「思い出したの……この動く屍者を操っているのは、全身に生えている燐光キノコ……ファンガスなの!!」
「ファンガス?」
「そうなの……寄生キノコともいって、東域の湿地帯や洞窟などの、瘴気で汚れた地に自生する真菌類モンスターなの。腐敗する生き物の死骸に生えて養分とし、さらには屍体を魔力で動かして、次の養分となる生き物を襲って殺させる特徴があるの!!」
「そんな異国の魔物がなぜこの森に……」
エリーゼが飛んできて、
「ふ~~む……きっと、トリフィドの邪気で普通のキノコが怪物化したのかもしれねえな!!」
「なるほど……」
近くに寄ってきたアンデットの上半身から生えたキノコのカサが開き、粉状のもの……胞子を吹き出した。
「胞子を吸っちゃだめよ! 胞子を吸うと体内の肺に菌糸が入って根を張り、ファンガスに意志を奪われちゃうの!!」
ぼくらは慌てて胞子の煙幕からはなれた。
「うわぁぁ……胞子を吸うと、動く屍者の仲間になっちゃのか……」
「ファンガスなら、炎攻撃が有効なの!!」
ミュリエルが魔法の杖を前に出して、神聖ルーン語の呪文を唱える。
「万物に宿るマナよ……浄化の焔となって焼き尽くさん……火炎球!」
杖の先に熱気が生じ、小さな赤い火が生じた。
だがまたも、ジュゥゥと音をたてて消失。
「あちゃぁ……やっぱり、ダメだこりゃ」
「……ぴえん」
「いや、いい事を教えてもらったよ……」
ぼくは長剣を正眼に構えて、菌糸類ゾンビ団の中心にむかって剣尖を向けた。
体内に貯めたマナを刀身に集める。
「浄化の焔よ……紅蓮の一撃となって燃やし尽くせ……炎ノ武技・火炎飛翔弾!!」
長剣から放たれた斬撃波は、熱く空気を焦がし、炎の砲弾となってリビング・デッドたちをまとめて包み込んだ。
あっという間にファンガスの操るゾンビ団は黒焦げの塊になった。
あっけに取られてその様子を見ていたミュリエルたち。
「すごぉい……凄いの、ハルトくん!!」
「フィヤ、フィヤ!!」
「かあ~~…刀身から火を噴くなんてなぁ……スタージョン流武闘士ってのは、なんでもありかよ!!」
「これは本職の魔法使いには敵わないけど……炎に弱いモンスターを倒すために考案された魔法剣法なんだ」
ピクシーが興奮したようすで飛んできて、ぼくの横にきて、肩をパシパシと叩く。
「やっぱり、お前は予言の救世主だ!! つぎ、行ってみよう!!!」
意気揚々とエリーゼが参道をさきへ進む。
ぼくらは石畳の道をすすみ、『人食いの森』中心部目指して進んだ。
途中に大人三人が両手を広げておおえるような大樹が倒れていた。
朽ちている倒木の上にのぼり、ミュリエルの手をとって引っ張り上げた。
突風が吹き、木々の茂みがサヤサヤと葉擦れの音をさせる。
それに混じって、かすかだが、「ケケケケケケケ……」という、不気味な笑い声がした。
ぼくはハッとして振り向いた。
長剣の柄をもって、周囲を警戒する。
「どうしたの、ハルトくん?」
「いま、葉擦れの音にまぎれて、不気味な笑い声がしなかったかい?」
「ううん……なの」
「えっ? そんな笑い声、聞えたか?」
「気のせいかな……」
石畳の参道のすぐ先に、陽の光がそそぐ、開けた場所があった。
真ん中に石造りの円形の池があった。
中を見ると、汚染された奇怪な色の水がたたえられ、真ん中にある人魚の姿をした石像も蔦で覆われていた。
「ここは昔……森の神への参拝者や巡礼者が立ち寄る休憩所だったんだ……噴水からきれいな水が流れてノドをうるおし、リンゴの実の甘味で疲れをとった……」
またもエリーゼが遠い目をして、在りし日の姿を回想していた。
「リンゴ?」
「ああ……あの辺にリンゴの木があるけど、おそらくもう枯れて……ええっ!?」
小妖精の指差した先、広場の横に大きな樹木があって、リンゴの実がなっている。
艶々として美味しそうだが、サイズが普通のリンゴよりかなり大きいようだ。
「大きなリンゴだなぁ……カボチャよりも大きいんじゃないか?」
「トロールの魔石より大きいの……」
「フィヤ、フィヤ!!」
ウィリアムが非常に興奮して、リンゴの木に登ろうとするのを、ミュリエルが抱きとめて抑えた。
「だめよ、ウィリー!!」
テンは雑食で、小動物や小鳥、昆虫のほかに、甘い木の実が大好物なんだ。
「リンゴがあんな大きいはずはないぞ……あれもきっと邪気で汚染された木だ……食べると腹を壊すぞ」
「たしかに、あの木だけ無事なわけがないか……」
ミュリエルが反対側の一画を指さした。
「あそこに切株が二つあるの……座って休まない?」
「きっと、この森が魔境になる前に、樵が伐り出したのかもしれないね……一休みするとするか……」
「そうだな……ボス戦の前に英気をやしなってくれや」
ぼくらは切り株に腰掛けた。
ほっと一息。
「ふぅぅ……ちょうどいいすわり心地なの……」
「あれ?」
目の前にいるミュリエルが上に上がっていく……いや、ぼくもだ。
「あれぇ……座っているのに、立っているみたいなの!?」
ミュリエルの座った切株が地面から這い上がってきた。
すると、ぼくの座った切株も……
ぼくとミュリエルは浮上する切株からすてんと転げ落ちた。
「ギギギギ……」
座っていた切株の根っ子が見え、それに手足が生えていた。
樹皮に人面のような洞が見えた。
「こいつは切株オバケだ!!」
樹木モンスターが両手をあげてぼくらに襲いかかってきた。
切株オバケの両手がうねうねと伸びてぼくの胴体に絡みつく。
「くっ……」
長剣を手首のスナップで回して、樹怪の触手腕を切断した。
ほどけた触手腕が地面にちらばり、ぼくは背後に飛んで間合をとった。
「ギギギギギギ……タバンガ!!」
洞のような口から茶褐色の液体が飛んだ。
なんだか得体がしれないので、ぼくは身を避けた。
が、よけきれず足元に液体がかかる。
やけに粘ついて足が地面にくっつく。
樹液だ……それは空気に触れ、かたく琥珀化していく。
「しまった!!」
切株オバケの頭部……年輪の切り口から、青い芽が吹きだし、葉っぱが生えてきた。
その青葉が回転を始め、その一枚が回転しながら、ぼくに向かって飛んでくる。
頭に飛んできた葉っぱを避けると、それが背後の幹に刺さった。
ただの葉っぱではなく、硬質化したカッターだ。
次々と飛来する葉っぱ手裏剣……動けないぼくはいい的だ。
キンッ! キンッ! キンッ! キキンッ!!
長剣を閃かせて、葉っぱ手裏剣を次々とはじく。
やがて葉っぱが尽きて、手裏剣攻撃が途絶えた。
「グギギギ……」
この機会を逃さない。
ぼくは八相に構え、体内に宿るマナを長剣に集め、正面に振り下ろす。
「大気に放たれし姿なき斬撃よ……音より速く魔を切り裂かん……天ノ武技・斬空旋撃破!!」
斬撃破がはなたれ、切株オバケが空竹割りに両断された。
「キャアアアッ!!」
絹を裂くような女性の悲鳴。
見ればもう一体の切株オバケがミュリエルとエリーゼを触手で宙にしめあげていた。
魔法の杖を落とし、両手まで縛れている。
ウィリアムが触手に噛みついて切ろうとしていた。
「このぉぉ……」
思わずばくは全速力で駆けだそうとしたが、琥珀化樹液で足が動かない。
だけど、上半身は動く。
「天ノ武技・斬空旋撃破!!」
斬撃波で切株オバケの触手腕を切り落とした。
すてんと尻モチをつくミュリエルとエリーゼ。
樹怪に剣尖を向け、体内に貯めたマナを熱に変換していく。
「浄化の焔よ……紅蓮の一撃となって燃やし尽くせ……炎ノ武技・火炎飛翔弾!!」
炎の砲弾がはなたれ、切株オバケを丸焼きにした。
「ふぅぅ……」
「また助けてもらったの……ありがとうなの、ハルトくん!」
「いやあ……不意をつかれちゃったね……」
「てやんでい、ハル坊! 助けるんなら、もっとお手やわらかに頼むぜ……こちとら、お尻でモチをついちまった!!」
思わず苦笑いをして「ごめん、ごめん……」と謝る。
「ミュリエル……樹液で足を取られたんだけど、なんとかならないかなぁ……」
「そうねぇ……熱で溶かすのは……危険そうだから、氷結魔法をつかってみるの」
「頼むよ」
「了解なの……」
ミュリエルが魔法の杖をぼくの足元に向けた
「大気に漂いし水粒よ……凍てつく風となって、我が元に来たれ……氷結弓矢!」
杖の先から冷たい風が吹きだし、ぼくの足元を固める琥珀化樹液の表面が氷に包まれた。
「本来の威力の十分の一しか出せないけど……どうかな?」
ぼくが足を動かすと、琥珀化樹液にヒビがはいって割れてしまった。
「やった!! ありがとう、ミュリエル!!!」
「えへ……どういたしましてなの」
急にあたりが薄暗くなった。
空を見上げると、急に広場の上空に黒雲がうずまき、空をおおってきた。
「通り雨でも降るのかな……」
ミュリエルが上空をながめて、眉をしかめた。
「あら……あの雲はなんだか不自然だわ」
「えっ……そうかな?」
その時、背後からメキメキと木が引き裂かれる轟音が轟いた。
振り返ると、石畳の道を左右から溢れんばかりに茂る大樹を、両手で引き裂く大きな手が見えた。
倒れた木の向こうから灰色の肌をした巨人の姿が見える。
「グオオオオッ!!!」
「トロールだ!!」
その巨体の右肩に、ローブをまとったホブゴブリンの魔道士の姿があった。
「ゴブルルル……見つけたぞ!!」
ここまで読んでくれてありがとうございます!
キノコ人間に、切りかぶオバケとモンスター大行進の巻です。
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