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人外魔境、一難さってまた一難

 巨人トロールが棍棒を振り回してぼくらに襲いかかってきた。


「む……エリーゼやミュリエルたちはここから逃げて……ぼくが足止めをするから」


「えっ……でも、魔力値がカラなんでしょ!?」


「なに……せめて奴に一太刀くれてやるさ」


 ぼくが巨人に挑もうとしたとき、ミュリエルの手がぼくの腕をつかんだ。


「待って……私にいい考えがあるわ!」


「いい考え?」


「ハルトくんと最初に出会ったとき……ゴブリンに襲われて……体が動かないし、恐怖でパニックになっちゃったけど……」


「ミュリエル……」


 神秘的に輝く碧玉エメラルドの瞳が、ぼくを見つめる。


「だけど、ハルトくんがいると、勇気が出るの……ハルトくんを助けたいと思ったから、必死でなにかしようと思って……一心で、煙幕魔法を使えたわ」


「そうだったのか……」


「私も見習いだけど、魔法使いのはしくれよ……ここで怖気おじけづいていたら、一生冒険なんてできっこないと思うの……」


 真摯しんしにぼくを見る彼女の瞳の奥に、かつての自分を思い出させた。


 ぼくは小さい頃、泣き虫で、エルマリア姉さんに無理矢理にきたえ上げられた。


 廻国修行の旅に出る前にも、異国へ旅する恐怖心があったが、最後は今の彼女の瞳に宿るものと同じものがぼくを旅に出させたのだ。


「だから……いま、いい考えを思いついたわ!」


「そうか、頼むよ」


 ミュリエルは魔法の杖を頭上にあげて振り回し、杖先をトロールに向けた。


「万物に宿る大気のマナよ……邪悪なる者に混迷カオスを与えん……混乱光雲パニック・クラウド!!」


 ミュリエルの頭上に青いきりきだし、光る雲となってトロールに向かって流れた。


 巨人はまともに光る雲につつまれた。


「グオォォ!?」


 急にトロールが動きをとめ、目玉をぐるぐると回す。


「どうした……トロール……早く……奴ら……追えっ!!」


「グオオオオッ!!」


 トロールが回れ右をして、魔道士ギリリスに向かって棍棒をぶつけた。


 とっさに避けたホブゴブリンのいた場所が大きく陥没かんぼつする。


「ギャビィ……しまった……混乱魔法か……解呪の呪文を……グギャッ!!」


 トロールは召喚主であるギリリスに向かって棍棒をふりあげ、逃げるのに手いっぱいで、呪文を唱えられない。


「混乱魔法は30分ぐらいで切れるわ……今のうちに逃げましょう!」


「機転がきくね、ミュリエル!」


「やるじゃねえか、ミュー坊!!」


「フィヤ!」


「えへ……うん」


 ぼくらは巨石と巨石の間をくぐって、人食いの森へ入った。


 鬼が出るか蛇が出るか……当初の目的である人外魔境『人食いの森』へと入って行った。




 巨石結界の間にはすんなり入れた。 


 森の中は、怪植物のみきくきが強大な柱のようにそびえたち、天にまで伸びようとしていた。


 当然、地面は陽があまり当たらず暗く湿っていた。


 隠花いんか植物が怪しい花を咲かせている。


 その中に馬車が通れそうな幅のある石畳いしだたみがあり、木の根や草に覆われ、左右の樹木が道をおおいかくさんばかりに繁茂はんもしていた。


 その道を小走りに進んだ。


 ミュリエルが遅れて、振り返ると、彼女の呼吸があらい。


「はぁはぁ……待ってなの……ハルトくん」


「大丈夫かい、ミュリエル……おんぶしてあげようか?」


「えぇぇ……いいよぉ……でも、ハルトくんて、魔力値がほとんど無くなったのに、体力値はまだまだありそうねえ……」


「ああ……ぼくはスタージョン流武術の基本として、山道を走り、山岳を登攀とうはんして鍛えたからね……スタミナには自信があるよ」


「まあ……そうなの」


「なるほどなぁ……よく、戦士なんかが山にこもって修行するっていうけど、山の民は移動するだけで足腰が鍛えあげられるってか」 


 エリーゼが腕をくんで感心する。


「それにしても、ハル坊は大活躍だったなあ……さすがは予言の書にある伝説の救世主とくらあ!」


 宙を飛ぶエリーゼが右手を斜め上にあげて山の型を作る。


「いやあ……」


 なんか照れちゃう。


「でも、最後がしまらなかったな……株が下がったってもんよ」


 小妖精が右手をストンと下げた。


「うぅぅ……面目ない……つい、調子にのってマナを使いすぎたよ……エルマリア姉さんにも、スタージョン流武術を使うときは、マナの配分に気をつけろと言われていたし……調子に乗りすぎる癖があるって言われていたんだ……」


 ガクリとこうべをたれるぼく。


「でもでも……ハルトくんがゴブリン軍団をほとんどやっつけたんだから、お手柄なの」


「ありがとうミュリエル……きみはやさしいなあ……さっきも魔法でトロールを混乱させて、ぼくらを助けてくれたし……」


「おおぉ……よわよわのミュー坊が、ここにきて株が爆上がりだな!!  恐れイリヤのドラゴン退治だ!」


 ピクシーが左手をギュンと右上にあげた。


「もう……おだてないでよぉ……それより、今のうちにハルトくんの魔力値をあげないと……」


 ミュリエルは魔法の杖をふって、ぼくに神聖ルーン語で呪文を唱えた。


 杖先から淡い光がはなたれ、ぼくの全身に温かいマナが流れてくる。


「おお……力がみなぎってくる……マナの量も増えた……ありがとう、ミュリエル!!」


「えへ……どういたしまして」


 照れるミュリエル。


 ぼくらは森の中の石畳の道を先へ急いだ。


「でもどうして、『人食いの森』に石畳があるんだろう……」


「ああ……今じゃ『人食いの森』って言われている魔所だけど、トリフィドがやってくる前は、森の神へ参拝するための参道だったんだぞ」


「聖域だったのね……」


 ピクシーが小さな人差し指を向こう側の上にししめした。


 巨大な怪植物群より大きい、百メートル以上はありそうな巨樹がそびえていた。


「あの一番高くて大きな木が目的地だ。森の神をまつっている御神木なんでい」


「巨木が多いけど、それよりひときわ大きいねえ……」


「まるで世界樹ユグドラシルなの……」


 息を呑むぼくら。


「……昔は森エルフ、草原ホビット、人間族なんかの巡礼者が訪れて、ちょっとした信仰の場だっただけどなあ……森の神さまの聖なる呪力があふれてさぁ……」 


 宙を飛ぶエリーゼが手を頭のうしろに組んで、しんみりとした顔をする。


「聖なる呪力といえば……みょうなことがあるな……」


「なにがなの?」


 ぼくは服から御守りの護符を出した。


「剣の女神フレイヤ様の護符を持っているから、聖なる呪力によってゴブリンは近づけないはずなんだけどなぁ……」


「そういえば……変なの」


「そりゃあ……ギリリスのせいだな」


「エリーゼ、どういうことだい?」


 ぼくとミュリエルは小妖精を見つめた。


「魔道士ギリリスは自分と手下のゴブリンたちに対呪魔法アンチ・フォースをかけて、聖なる呪力に耐性をつけているにちげえねえ……」


「そんな魔法が……護符の力をはねのける魔法なんて……これじゃあ、イタチごっこなの……」


 ミュリエルが溜息をつく。


「そういえば、エリーゼはギリリスを知っていたようだね」


「ああ……ゴブリン族はピクシー族と縄張り争いしているからな。でも、ギリリスの野郎は以前より魔力が上だぞ……前は召喚魔法なんて使えなかった……魔界での修行の成果ってやつか」


「でもでも……今頃、ギリリスが混乱したトロールに倒されているかもしれないの」


「だといいけど……たぶん、解呪魔法を成功させて、『人食いの森』の外で待ち構えている可能性が七か……八割り以上かな……」


「そっかぁ……」


「だったら、遠回りだけど、別の出口から帰ろうぜ」


「あっ、その手があったの……エリエリ、賢いの!」


「まあね……地の利なら、わっちにもあらぁ」


 もっとも、『人食いの森』のボスであるトリフィドを倒したら、の話だけどね……ぼくはあえて口にしなかった。


 森の中のほうが外延部がいえんぶの森より邪気に浸食されて、樹皮が黒ずみ、石柱のようにびっしり怪植物が天まで届かんばかりにそびえている。


 樹幹の間は暗く湿っぽく、いやな臭気がただよう。


 大小さまざまなキノコが生えていた。


 瘴気の腐った匂いがひどい。


「あ……」


 ミュリエルが指差す先、怪大樹の根元にこんもりとした盛り上がりがあり、薄闇に不気味に燐光りんこうをはなつキノコが一面に生えていた。


「へんてこなキノコなの……光っているの」


「ありゃあ、きっと毒キノコだな……食べるんじゃねえぞ」


「いや、食べないだろ……あんな毒々しいキノコは……」


「きゃっ!!」


「どうしたんだ!?」


 ミュリエルが指差す先にあるキノコの群生地帯。


 よく見ると、フタエダイノシシや草原鹿の腐った死骸があり、骨だけになったものもある。


 よく見れば、死骸には旅の行商人や、武装した甲冑かっちゅうと槍をもつ冒険者らしき装備をした者がいる。


「『人食いの森』に迷った者のなれの果てか?」


「あれは……人間の遺体か……」


「きっと、『人食いの森』へきた冒険者だな……食人植物やモンスターにやられたか……」


「かわいそうなの……せめてお祈りを……」


 ミュリエルがしゃがんで、神の祝福を祈祷する。


 ぼくもそれにならった。もしかしたら、この亡骸なきがらたちはぼくらの明日の姿かもしれない……そう思うと、やりきれない思いがつのる。


 だけど、ひとつ不思議なことがある……なぜここに死骸が集まっているのだろうか? 


「さて、そろそろ行こうか……陽が暮れると厄介だからな」


 先を急ぐ小妖精を追うが、ミュリエルは立ち止まってキノコを見つめる。


「このキノコ、どこかで見たような……う~~ん……思い出せないの……」


「ミュリエル、もう行こう……」


「……うん……」


 そのとき、地面から手が伸びて、魔法使い見習いの足首をにぎった。


 青白く腐敗した腕だ。


「キャアアアアッ!!」


 ぼくが長剣で足首をつかんだ手を切断。青白い腕がボロボロに腐って四散する。


「なんだこいつ……生きる死骸リビング・デットか!?」


 燐光キノコが生える一角の土が盛り上がり、ヒビがはいって崩れた。


 土中から青白く乾燥し、腐敗した屍者ししゃたちがつぎつぎとい出てきた。


 皮があちこちはがれ、赤くしなびた肉に覆われた骸骨人間、引き裂かれた腹部から腸物はらわたや内臓がはみでた腐乱屍体、くさりはてたイノシシや鹿、山犬など動物屍体もいる。


 すべて怪しく光る燐光キノコが生えて、暗い森のなかで鬼火が舞うようで不気味だ。


 あちこちの根元から現世に未練があるかのように、亡者が地獄から這い出してきた。


 うっく……かなり気持ち悪い…… 


「うげっ……ゾンビじゃねえか!!」


 腕を斬られたリビング・デッドの腐った頭蓋が、骨が外れるほど開いて大きな口を開け、ミュリエルのはじけそうな張りのある太腿ふとももにかぶりつこうとした。


「いやああああああっ!!!」

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