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行く春の白藤へ  作者: まめ童子
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織羽 第九章 前編


 「おりばせんせい、うらなってください」


 屋敷の戸口に立った真白(ましろ)は、堂々たる態度でそう言い放った。織羽(おりば)は読んでいた書物から顔を上げると、笑顔で少女を迎え入れる。


 真白と再会してから一年が過ぎた。あれからこの少女とは折に触れて会うようになり、すっかり打ち解けた今では、彼女の方から織羽の屋敷を訪れて鑑定を要求してくるようになった。美月が居なくなった寂しさは日々頭をもたげるが、この少女の存在が、幾分その傷を和らげてくれている。――ついこの間までは真白の存在が心のつかえだったのに、我ながら現金なものだと、男は自嘲する。


 真白は少し位置の高い椅子によじ登るようにして腰かけると、床につかない足をぶらぶらさせて織羽の支度が整うのを待っていた。彼が卓子(テーブル)につくと、身を乗り出すようにして話し始める。


 「きょうはね、ましろがけっこんできるか、うらなってほしいの」

 「け、結婚!?」


 思わぬ発言に面食らった織羽はうわずった声で聞き返した。真白はまだ六つだ。結婚なんて気が早すぎる。だが少女は紫水晶の瞳を輝かせて続ける。


 「ましろは、とうじゅのおよめさんに、なれますか?」


 彼は絶句した。とうじゅ、というのは真白の従兄弟の藤樹(とうじゅ)のことだ。彼は藤枝の息子で、この少女とは兄弟同然に育っている。――と、思っていたが、よもやその藤樹と結婚したいと言い出すとは、乙女心は複雑怪奇、こんなことを聞いたら草葉の陰から藤之助が飛び出してきそうだな、と織羽は苦笑した。


 「お母さんがね、ふうふはれんりのとり、ひよくのえだ? で、おたがいささえあうんだっていっていたの」

 「比翼(ひよく)の鳥、連理(れんり)の枝だね」


 なるほど、夫婦仲のいい藤枝が言いそうなことだ。それでお嫁さん、というものにぴんと来てしまったのだろう、と織羽は頷いた。


 「ましろ、とうじゅをささえるりっぱなおよめさんになる!」


 ふん、と鼻を鳴らして少女は堂々と宣言した。――もはや占いの要求ではなく、決意表明である。ここまで気持ちが固まっているなら占うだけ野暮ではないのかと思えてくるが、真白は期待に満ちた目でこちらを見つめているではないか。仕方なく、悪い結果が出ませんようにと祈りながら、男は言われた通りに運勢を見ることにした。


 「ねえ、おりばせんせいは、けっこんしないの?」


 鑑定を待つあいだ、暇そうに頬杖をついた真白は何の気なしに問いかける。その言葉に織羽の手は一瞬思わず止まってしまった。少女は不思議そうに彼を見る。


 「おれには、心に決めたひとがいるから――もう会えないかもしれないけど」


 真白は首をかしげている。――子どもには少し、難しかっただろうか。


 「どうしてあえないの」

 「その人は、ふるさとに帰ったんだ。やらなくちゃいけないことがあって」


 ふうん、と返すも、やはりよくわからないといったふうに彼女は相変わらず首をひねっていた。


 「あいにいけばいいんじゃない」

 「――それはできないかな」


 美月の故郷は隠れ里だ。彼女についていくことはできたかもしれないが、ただでさえ弱っているところに余所者が入り込んだら余計に混乱するだろう。しかも彼女は里長の娘だ。どこの馬の骨ともわからない男を連れてきて、ただで済むとは思えない。


 「あ」

 「なあに」


 織羽は書面から顔を上げると、ほっとした顔を少女に向けた。


 「よかった、相性はいいみたいだよ」


 聞くや否や、やったあと叫んで真白は満面の笑みを浮かべる。そのまま勢いよく席を立とうとするのを男は慌てて止めた。

 

 「相性はいいけど結婚できるかはまだわからないよ。何分、未来のことだから」


 そう言われても真白は相変わらずの笑顔で、鼻息荒くはっきりと言い切る。


 「ぜったいとうじゅをしあわせにしてみせる!」


 もはや勇ましいとさえ思えるその態度に、織羽は思わず笑ってしまった。――この子はあやふやな未来なんてきっと蹴散らして、迷わず大事なものを掴み取るのだろう。


 ふと、あの日別れた美月の寂しそうな顔が浮かぶ。

 あの時した決断が間違っていたとは思わない。けれど、もし彼女を引き止めていたら、ここに居てくれと縋ったら、彼女は今も自分の傍で笑ってくれたいただろうかと、織羽はときどき考えてしまう。

 だが、過去は変えられない。選んでしまったものは、もうどうにもならないのだ。


 「おりばせんせい」


 真白の声に織羽は我に返った。紫水晶の瞳が彼の顔を何事かと覗き込んでいる。男は少女を見返すと、なんでもないよ、とその頭を優しく撫でた。

 しかし納得できなかったのか、真白は首を傾げている。彼女はしばらく悩む素振りを見せていたが、(にわか)にぽん、と手を打つと目を輝かせた。


 「せんせい、おてがみをかいたら」

 「手紙か――」


 そういうと藤之助が会ってくれないときは執拗(しつよう)に、否、こまめに手紙をしたためていたものだが、美月には出せずにいた。書こうとはしたが、いざ筆を取ると何を書いていいかわからなくなってしまい、挫折したというのが実情だ。そもそも隠れ里に手紙を出して届くとも思えなかった。

 

 いや、と織羽は表情を曇らせる。――そうやって言い訳をして、いよいよ彼女と永久に別たれる未来を知ることを避けているだけだ。現実と向き合うことから、結局また逃げている。


 「ましろもとうじゅにらぶれたーかく!」

 「ら、恋文(ラブレター)


 この子は本当に一体どこでそういう言葉を仕入れてくるのだろう。この年頃の少女は本当によくわからない、と男は苦笑いする。


 (ああ、でも――)


 直接届かない思いならせめて、文字にしてみるのはいいかもしれない。



閲覧ありがとうございます!次回、あの人が!?

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