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行く春の白藤へ  作者: まめ童子
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織羽 第七章 前編


 数日後、織羽(おりば)美月(みつき)と連れだって真白(ましろ)の住む屋敷へと向かった。はじめ美月は同行することを拒んだが、一人は不安だと言って聞かない織羽に根負けして渋々付き合うことになった。――確かに決心させたのは自分だが、完全に部外者だ。どうにも罰が悪い。しかも織羽の居る前であの藤枝(ふじえ)という美人に対面するのは何だか気が引ける。


 いまいち釈然としないまま眉根を寄せて考え込んでいる内に、目的地に着いてしまった。拳をぎゅっと握りしめ、織羽は緊張した面持ちで門扉を凝視している。つられて美月も彼の様子を固唾を飲んで見守っていた。


 すると、ぎい、と音を立てて扉が小さく開いた。(わず)かにできた隙間から小さな頭が白銀の髪を揺らして、ちょこんとのぞく。その瞬間、紫水晶のつぶらな瞳と目が合った。


 「こんにちわぁ」


 少女は妙に間の抜けた声で挨拶してくる。美月は対応に困り横に立つ織羽を見上げたが、その姿に言葉を失ってしまった。少女を見つめる彼の目からは涙がこぼれていた。美月は咄嗟(とっさ)に理解した。――この子が真白か。

 「おにいさん、ないてる、どこかいたいの?」

 真白は門扉から軽やかに抜け出て駆け寄ってくると、心配そうに織羽を見上げた。涙を(ぬぐ)った彼は膝を折って少女の目線の高さに合わせてやり、その頭をそっと優しく撫でる。


 「真白、大きくなったね」

 「おにいさん、ましろのことしってるの?」


 目を丸くした少女はぱたぱたと手を振る。その様子が愛らしくて、二人は思わず笑みをこぼした。

 

 すると門扉が大きく開いて、焦った様子の藤枝が飛び出してきた。真白は、しまった、という顔をして織羽の後ろに隠れる。

 「真白、お客様を困らせたらいけません」

 藤枝が捕まえようとするも、その手をするりとぬけて、少女は屋敷の中に引っ込んでしまった。まったく、と藤枝は額を押さえる。すると織羽がくつくつと笑いだした。

 「脱走癖が藤之助にそっくりだね」

 それを聞いた藤枝は、まあ、と目を細める。

 「確かに、兄はよくお習い事を抜け出して花見をしていました」

 織羽と藤枝は顔を見合わせると、懐かしそうな色を浮かべて笑い合った。


 「織羽先生、あの子に会いに来てくださってありがとうございます」

 ふと真剣な表情になって、藤枝は深々と頭を下げる。織羽は困ったように頭を振った。

 「顔を上げてよ、おれの方こそ、ずっとごめんなさい」

 そう言うと織羽も深く腰を折る。どちらもそのまま動かない。


 美月は二人の様子を静かに見守っていたが、大の大人が頭を下げあって沈黙している様子がおかしくてつい吹き出してしまった。途端に両人の注目がこちらに向いたので、女は慌てて口を押さえた。


 「あの、先日もお会いしましたが、お連れの方は織羽先生の、その――」


 姿勢を元に戻した藤枝は、伺うような視線を織羽と美月に交互に向けながら期待に満ちた眼差しで問いかける。藤枝の言わんとすることを理解した織羽はみるみる真っ赤になって視線を泳がせた。それを目の当たりにした美月も同様に赤くなったが、いやいやと思わず否定する。


 「ま、まだそういうのじゃありません!」

 「まだ!?」


 織羽と藤枝が揃って聞き返す。美月がいよいよどうにもできなくなり苦慮していると、屋敷の中に戻っていたはずの真白が背後から、にゅっと顔を出した。


 「おにいさん、おはなをあげます」


 そう言って少女は何やら二つに折り畳まれた薄紙を差し出した。突然のことに戸惑いながらも織羽はそれを受け取ると、そっと開いてみる。


 中から出てきたのは、押し花になった白藤の花弁だった。


「げんきになるおまじない」


 真白は、にっと笑うと、またぱたぱたと走って戻っていってしまった。


 織羽は少女の背中を呆然と眺めていたが、ふと手元に視線を戻すと、白藤の花弁を指で摘まんだ。

 薄く白いそれは香りこそしないが、在りし日に親友と見たあの白藤の庭の光景を、鮮やかに思い出させる。

 

 織羽はそっと目を閉じた。


 立派なたたずまいにそぐわず棚のひとつも設えられないまま、背後にそびえ立つ大きな橅の木に巻き付いて、ぼさぼさと野放図にあちこち枝をくねらせている白藤。白くたおやかに垂れ下がる花房が風に揺れ、辺りには涼やかな音とふくよかな香りが漂っていた。

 藤之助はいつも戸袋の淵に器用にもたれ掛かって、それを眺めていたものだ。風に靡く彼の砂色の髪と、端正な相貌が浮かんでくる。


 不意に織羽の頬を涙が伝った。

 ――記憶の中の彼は、優しく微笑んでいた。


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