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行く春の白藤へ  作者: まめ童子
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織羽 第四章


 「いやあ、お出かけ(デート)なんて言うからどうしようかと思ったけど」

 

 金色の癖毛を日差しに輝かせながら歩くその人は、金縁眼鏡の奥の瞳をにこにこと和ませて喋り続けている。


 「買い物だったらいくらでも付き合うのに」


 横を歩く美月はそれを聞きながら渋面していた。織羽がいつも通り過ぎるのだ。

 確かに買い物の用事はあるが、それ以外にも茶屋で一服したり、景色を見たりと予定している行程が多々ある。――年頃の男女がふたりきりで出かけているのだ。朝から目一杯おしゃれだってした。もう少し意識してくれたっていいのに、と美月は口を尖らせる。

 彼にはまだ話していないが、そもそもその買い物だって、いままで世話してくれた織羽に贈る快気祝いを選んでもらうつもりなのだ。お出かけしようとこちらから誘いはしたが、そういう意味では今日の主役はむしろ彼の方である。

 

 いや、何より今日こうして彼と出かけたいと思ったのは、残りわずかな時間、少しでも多く彼との思い出を残したかったからだ。


 とにかく今日は特別な日(デート)なのだ。いつも通りでは困る。


 「それにしても、今日は晴れて本当によかったね」

 「――さっきも聞いたわ、それ」


 美月は怪訝な顔をした。先程から織羽はつらつらと話し続けているが、どうにも何度か同じ話題を繰り返しているように感じる。彼は普段からおしゃべりなひとではあるが、もっと話題は豊富な方だ。

 不思議に思って見上げると、織羽はさっと顔を逸らした。


 「ちょっと、何」

 「いや別に」


 はっきりとしない回答を不審に思い、美月は追及しようと口を開きかけたが、彼の様子を目の当たりにして何も言えなくなってしまった。


 織羽の白い肌は、耳から首まで真っ赤に染まっていた。


 「織羽、こっち見て」


 男はすっかり静かになって、まだそっぽを向いてをむいてもじもじしている。もどかしくなった美月は彼が向いている方に顔を合わせに回った。織羽は咄嗟(とっさ)に両手で顔を覆う。

 美月がむきになってその手を握って引きずり下ろすと、赤く色づいた男の顔が現れた。


 「――恥ずかしいから見ないで」

 「もう遅いわ」


 女は慕う男のはじめて見る表情に、いままでになく胸が高鳴った。


 「ちゃんと話して」

 「――君が、その、すごく綺麗で」


 瞳を潤ませて伏し目がちになった織羽は、ぼそぼそと小さな声で白状する。それを聞くと美月はいよいよ心臓が破裂してしまうような気がした。


 織羽は、ちゃんと意識してくれていたのだ。


 甘く疼く胸を撫でて落ち着かせると、美月はうっとりと微笑む。


 「だって、お出かけ(デート)だもの」


 ね、と首をかしげると、彼女は好きなひとの手に指を絡ませる。織羽は相変わらず赤面していたが、応えるように美月の手を握った。


 美月はこの上なく幸せに浸っていた。この時間が永遠に続けばいいと、そんな気さえした。

 しかし心の片隅がほんの少し切なく痛む。――それは叶わない願いだ。


 だからせめて、今この瞬間を噛み締めていたい。


 繋いだ織羽の指が離れないよう、美月はその手を強く握った。


***


 話は数刻前に遡る。


 織羽は朝からそわそわしていた。滅多に使わない姿見で、おかしなところはないかと自分自身をまじまじと観察してしまうほどには、そわそわしていた。


 というのも、ここしばらく生活を共にしている同居人から突然お出かけ(デート)に誘われてしまったのだ。


 織羽は花街に出入りこそしているが、気のいい占いの先生くらいにしか思われていないので、女性から誘われるなんて青天の霹靂(へきれき)とも評すべき大事件なのだった。―否、本当はそこそこもてているが、持ち前の鈍感さでものの見事に気づいていないだけである―


 しかも相手はとびきりの美人だ。すらりと長い手足。艶やかな黒髪に、すべらかな絹のような白皙(はくせき)の肌。ぱっちりと開いた瞳は紅葉を思わせる赤琥珀に染まり、すっと延びた鼻梁(びりょう)、そして熟れた野苺のようなふくよかな赤い唇が、小さな輪郭に座りよく収まっている。何やら訳有りの彼女を匿った当初は必死だったので考えが及ばなかったが、どこかの姫君だったらどうしたものかと、織羽は時々心配になる。


 しかし、別に外見がいいから緊張しているわけではない。彼女とは何かと気が合い、よい関係を築けている。悩みごとを相談したり、くだらない話で笑い合ったりと、共に過ごす時間は満ち足りたものだ。正直なところ、織羽はその存在に惹かれている。そういう関係になれたら素直に嬉しい。だから誘いを受けたときは舞い上がっていたし、今だって、少しだけ期待している。


 いやいや、と男は頭を振る。確かに彼女はお出かけ(デート)とは言っていたが、主な用事は買い物のようだ。自分はそれに付き合うだけだ。


 彼女は茶目っ気がある。大方、冗談めかしてそんな言い方をしているだけだろう。


 織羽は心の中で一頻り自分に言い聞かせると、意を決して自室を出た。しかし居間に入ったところで思わず目を瞠って固まってしまった。


 そこには美しく着飾った女神のごとき美月が、こちらを向いて(たたず)んでいた。


 彼女はうっとりと目を細めて織羽に歩み寄る。


 「行きましょうか」

 「は、はい」


 男は情けなくうわずった声でそう返すことしかできなかった。



閲覧ありがとうございます!デートって言い響きですね♪

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