作品3-8
相対した二人の間には沈黙が続いた。それを脈絡もなくいとも簡単に打ち破ったのは店主の妻だった。
妻はカウンターに入ってコップに水を注ぐと、それを店主にぶっかけた。
「あんたね、妻が誘拐されたってのに呑気に料理なんか作ってないでよ!」
店主は突然のことで何もできないでいた。誘拐犯は誘拐犯で えっ などと言って、右手を差し出して店主の妻を止める素振りまで見せている。それに気づいた店主は、
「余計な気回すな。何日も一緒にいてわかったと思うが、こいつを誘拐するなんて相手が悪かったな。」
図星だったらしい誘拐犯は何も言えなかった。頑固一徹に辛抱強く何十年も付き添ってきた妻である。誘拐されたとは言え、ただで従う妻ではない。
「お前みたいな弱腰は、きっとこいつの勢いに負けて散々パシリにでもされてたんだろ。」
電話を通しても大したことない奴とは感じていた店主であったが、いざ目の前にしてみると、なるほどやはり大したことない安全な奴だと思った。
「う、うるさい!そんなことはもうどうでもいいんだ。注文のもの、早くもってこい!」
店主は含み笑いをしながら、はいよ と返しキッチンに入っていった。店主はタオルを首にかけながら、
「3品出してやる。」
と言って、1品目に取り掛かった。
つづく。