作品3-6
店主はそれから3日間、店に閉じこもって身代品に打ち込んだ。客が来て邪魔されないように、店の扉には、汚い字で しばらく休みます と書いた紙まで貼った。
中に店主がいるとわかり入ってくる常連客もいないではなかったが、店主はそれに目もくれず、 悪いね の一言であしらうように追い返した。
店主はこの3日間、かすみ と聞いて思いつく限りの方法を考えては作り、作っては考えた。いつの間にか店内は試作品をよそったお皿や、料理で使った袋で一杯になっていた。
「料理を考えるなんて何年振りだろうな。」
まったく見当のつかない中で店主は多少の満足感も得ていた。店主は、誘拐犯のこと、妻のことを忘れ、どんどん料理に没頭していた。しかしいよいよ万策尽きて、その日は倒れるように眠ってしまった。そうして店主は4日目の朝を店内のソファーで迎えたのであった。
店主は、その時に見た夢を克明に覚えていた。
霧が立ち込めているどこか広いところを一人で歩いている。何か音がすると思ってあたりを見渡すと、空中で霧が一つ所に集まるように色濃くなっていき、そしてはらはらと落ちていく。
ただそれだけの夢だったのに、やけに長く感じた店主であった。店主は朝焼けの商店街に出て、大きく深呼吸した。どこかで雨が降ったような匂いがする。店主は店先に植えてある桜の木の枝を一本手折るとそれを店内に持って行った。
つづく。