作品3-4
「金で困らないなら、物だ。次に言う物を用意しろ。」
店主は無言のまま聞き続けた。
「かすみ。」
聞き間違いではない。店主は、確かに
かすみ と聞いた。しかしそれが何のことなのか、店主にはまったく見当がつかなかった。誘拐犯はそんな様子もお構いなしに話し続けた。
「色々調べさせてもらったが、お前、実は有名なシェフらしいな。そんな有名なシェフなら作れなくはないだろう。俺はかすみを食べてみたい。猶予は1週間。もし間に合わなければ、わかっているな。」
店主は、今度は何も言うことができなかった。かすみ と言われても、見たことも聞いたこともない。だから作ることもできない。そうなると、いよいよ人質の妻が人質になってくる。店主は初めて、妻のことを案じた。
「妻は、無事なのか。」
その被害者ぶりに、誘拐犯は嬉しそうに言った。
「そうだ、それでいい。これでこそ誘拐だ。なぁに、心配するな。お前が早く作っちまえば済むだけの話だ。せいぜい悩むがいいさ。用意ができたら、この電話にまたかけてこい。おっと、警察には言ってくれるなよ。」
そう言って、誘拐犯は電話を切った。身代金ならぬ身代品を要求された店主は、その晩から頭を抱えることになった。
つづく。