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マザラン、アナル処女の危機

 タイムマシンの内部にて、けたたましい音が響いている。


 キトラがタイムリープ機能を作動させた直後に、あらゆるランプが真っ赤に光り、警報アラートが鳴り始めたのだ。


 「何だ、何だ、何事だ」


 「きゃー、怖いよー!」


 慌てふためくマザランの脚に、ベルサがしがみつく。


 「いったい何が起きているの?」


 問いかけるユスタに、キトラは顔をしかめて振り向いた。


 「タイムマシンに何か異常が発生したみたい。今、原因を調べているわ」


 そう言って、キトラは中空のウィンドゥを忙しく叩いた。


 「これは……そんな……何てこと……!」


 「どうしたのよ」


 わなわなと震えるキトラの肩をユスタが掴む。その顔は、絶望に染まっていた。


 「座席のネジが一本緩んでいるわ」


 「ネジ一本でこんなんなります?」


 キトラが歯を食いしばる。


 「くっ、マイナスドライバーさえ……マイナスドライバーさえあれば、この座席の下のちょっとへこんだところの金具を固定しているネジを締め直すことができるのにッ!」


 「指か何かで締められんのか?」


 「このままだとタイムマシンが爆発して、私たちの体はバラバラに引き千切られて時空の狭間に取り込まれてしまうわ」


 何で座席のネジ一本でそんな大事になるんだよ、とマザランが言う。


 「それだけこのタイムマシンが、極めて複雑かつ繊細な設計であるということよ。とにかくこのままじゃマズイわ。一旦、トポロジカルスペースから脱出するわよ!」


 キトラがそう言い終わらぬうちに、タイムマシンはどこかの上空に出現し、そのまま、地上目掛けて力なく落下していった。





 さて。


 ユスタたちが墜落したタイムマシンから出ると、そこは木々が点在する海岸線沿いの荒道だった。


 「何だか辺鄙なところね」


 「ここはどこなんだろうね、お姉ちゃん」


 ベルサがキョロキョロと辺りを見回す。


 「ユスタ王、あっちの方に街が見えますよ」


 アンリが遠方を指差して言った。


 見ればたしかに地平線の先にいくつかの建造物が建っている。


 「あそこなら、工具くらいあるかもしれませんね」


 マザランの言葉に、キトラも同意した。


 「いいこと? マイナスドライバーよ。タイムマシンを直すために、何としてもマイナスドライバーを手に入れるのよ。私はここで待っているから」


 ピンと指を立てて念押しするキトラを横目で見つつ、ユスタは頭を振った。


 「しょうがないわね。さっさとそれだけ手に入れて、今度こそ元の時代に帰るわよ」


 こうして。

 ユスタたち四人は、マイナスドライバーを求め、遠方に見える街を目指して出発したのだった。





 乾きヒビ割れた大地を踏みしめ、ユスタたちは歩いていく。


 「ハァ……ハァ……」


 するとどうしたことか。


 最後尾を歩いていたマザランの吐息が荒くなっていた。


 「どしたのマザラン? 苦しそうだけど」


 ベルサが振り向いて首を傾げる。


 「いえ……何だか体が重いような……」


 そこまで言いかけて、マザランはバッタリと倒れた。


 「マザラン?」


 「枢機卿殿?」


 ベルサが駆け寄って、マザランの体を揺さぶる。


 その途端。


 「熱ッ!」


 触れたマザランの体温に驚き、ベルサは飛びのいた。


 「何ですって?」


 ユスタがマザランの額に手を当てる。


 「……大変! すごい熱よ」


 「マザラン大丈夫? ぽんぽんぺいんなの?」


 問いかけても、マザランは顔を真っ赤に火照らせて、苦しそうに呻くばかりだ。


 「本当に具合が悪いみたいね。早く病院に連れて行かないと」


 ユスタがアンリにマザランを抱えるよう指示をする。


 突然倒れたマザランを助けるためにも、一行は再び街へと急ぐのだった。





 しばらくののち、ユスタたちはようやく目的地に到着した。


 そこは、街というよりは、急ごしらえの集落のような場所だった。


 活気がなく、人影もまばらだ。


 そして数少ない通行人のほとんどが軍服を着ていた。


 アンリが通りがかった男に声を掛ける。


 「すみませーん、ここはどこでしょうか?」


 壮年の、軍服を着た男はアンリを訝しげな眼で見据えた。


 「ここはスクタリだが……?」


 スクタリ? とベルサがつぶやいた。


 ユスタが軍人とアンリの間に割って入る。


 「スクタリということは、ここはトルコなのね?」


 「いかにも。我らイギリス陸軍が築いた、クリミア半島とイギリス本国との中継地だ。よそ者かね、君たちは」


 「まあ、ここいらの国の者ではないわ。ちょっと事情があって迷い込んだの」


 「ならさっさと離れたほうが良い。今は戦争の真っ最中だ。いつロシア軍が攻め込んでくるかわからんからな」


 これを聞き、ユスタはピクリと眉を動かした。


 「ということは今はクリミア戦争が起きた、1853年なの?」


 「いや?  開戦は去年のこと。今は1854年だぞ?」


 軍人は怪訝そうに首を傾げた。


 「あのね、おじさん。私たち、今、病院を探しているんだけど」


 「病院だと?」


 「ええ、この片眼鏡がひどい熱を出して苦しんでいるのよ」


 「ほう、こりゃすごい熱だ」


 今やマザランは息も絶え絶えといった様子だった。


 「病院なら、この街道の先に陸軍病院がある」


 「本当ですか? よかったですね、枢機卿殿」


 しかしなぁ、と軍人は漏らした。


 「行ったところで……大した治療は望めんぞ」


 「病院なのに治療してもらえないの?」


 「ああ、今は人手不足で、医療用の物資も満足に補給されておらん。患者は皆、その辺に突っ転がされているだけだ。まあひどい有様さ」


 それでもマザランを放ってはおけない。

 ユスタたちは軍人から病院の詳しい場所を聞き、街道の奥へと入っていった。





 イギリス陸軍病院。


 ユスタたちが到着したところ、その内部はたしかにひどい有様だった。


 玄関口には負傷した兵士たちがそこいらに転がされており、苦しげな呻き声が絶え間なく響いていた。


 「ねぇ保険証持ってきてないけど大丈夫かな、お姉ちゃん?」


 「ええ、そもそも外来受付なんて気の利いたもの自体なさそうよ」


 そもそも病院だというのに、医者も看護師の姿も見えない。


 仕方なくユスタたちはマザランを担いで院内へと入っていった。


 どこまでも果てしなく続く長い廊下の脇には、やはり負傷兵たちが累々と横たわっていた。。


 「診察室はどこなのかな?」


 時折現れる部屋の扉を逐一開いてみても、病室らしき設備はどこにも見当たらなかった。さらに時間が経つに連れ、マザランの容態は一層悪くなっていく。


 「しょうがないわね。こうなったら、私たちでマザランを治療してあげるしかないわ」


 そう言いユスタは通路脇の一室へと入った。そこにもベッドの一つもありはしなかったが、とりあえずマザランを運び込む。


 「治療ってどうやるの?」


 「うーん……そうね……」


 ユスタは顎に指を添えて、しばし思案を巡らせた。


 「そういえば……風邪を引いた時には、お尻の穴に長ネギを突っ込むと熱が下がると聞いたことがあるわ」


 「何だその前時代的民間療法は……」


 マザランが、か細い声で突っ込みを入れた。


 「お姉ちゃん、私、長ネギを探してくる」


 「ええ、よろしくね」


 なぜネギを入れる方向で話が固まっているんだ、と言い募るマザランだったが、その声は誰にも聞こえなかった。





 しばらくしてベルサが戻ってきた。


 「お姉ちゃん大変! どこにも長ネギがないよ!」


 「じゃあタマネギでいいんじゃない?」


 「それならあったよ」


 「この際、仕方ないですね」


 ユスタがタマネギを構え、アンリがマザランを羽交い絞めにする。そしてスラックスを脱がし、両脚を高く掲げさせ、V字開脚の体勢でがっちりと固定した。


 「さぁ、準備はバッチリです」


 「やめろやめろやめろやめろ」


 「どうせならパンツも脱がす?」


 そう言うベルサの瞳は期待感でキラキラと輝いていた。


 「武士の情けよ。指でくいっと横にずらして挿入しましょう」


 「マジふざけんなぶっ殺すぞ! そもそも入るかそんなもん!」


 「大丈夫、力ずくで無理やりねじ込めば、括約筋を押し切れるはずよ」


 「おいやめろって、いやホントマジでやめてください、やだぁぁぁ!」


 「いざ突撃ぃぃぃ!」


 そのときだった。


 病室のドアが勢いよく開いた。


 「何をやっているのですか、あなたたち!」


 鋭い声が、一同の動作を制した。


 ユスタたちが声の方向に顔を向ける。


 そこに。


 女性が立っていた。


 「ここは病院です。むやみに騒ぐ場所ではありませんよ」


 女性はつかつかと病室に入り、咎めるようにユスタたちを睨んだ。


 「ましてや乱暴狼藉など以ての外。許しませんよ」


 マザランがあぅあぅと呻き、哀れみを乞う眼差しを女性に向ける。


 それに気付いたのか、女性はマザランに歩み寄り、すっと手を差し伸べた。


 「まあ……ひどい熱ではありませんか」


 手のひらをマザランの額に当てる。


 「これほどの高熱、苦しかったでしょう。すぐにベッドを用意します」


 「あの……あなたは?」


 ユスタの問いかけに、女性は名乗った。


 「私はフローレンス・ナイチンゲール。看護師よ」


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