表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

決着、マルタ大包囲戦


 走る。疾る。

 錆びた鎧に身を包み、瘦せ馬の手綱を握りしめ、聖ヨハネ騎士団総長ジャン・ド・ヴァレットは市街地へと続く荒道を駆け抜ける。


 敵は最強オスマン帝国。かつてヴァレットの祖国であったロドス島を奪った憎き仇敵だ。領土を奪われ、仲間を殺され、騎士としての誇りを踏みにじられた屈辱の想いは、齢七十を超える現在にあっても、ヴァレットの中で明々と燃え続けていた。

 今、その因縁の大敵が、騎士団のみならず、罪なき市民まで嬲り殺しにしようとしている。


 許せなかった。


 もう二度と奪わせない。自分に残された力のすべてを懸けて、今度こそ愛する国を守り抜く。


 生粋のガスコーニュ魂から生じる凄まじい鬼気を全身から放ち、ヴァレットは市街地へと突入した。そしてそのまま、前方のオスマン兵目掛けて馬ごと突っ込み、これを中空へと吹き飛ばす。


 激突の衝撃で、ヴァレット自身も馬から投げ出されたが、彼は華麗に宙返りを打ちオスマン軍の真正面に悠然と着地した。


 すぐさまオスマン兵たちが剣を抜き、切っ先をヴァレットに突き付ける。

 だがヴァレットは臆さずひるまず、手にした槍を構えて鬼の眼光でオスマン兵を睨み、言った。


 「参れ、小童ども」


 この言葉に激昂したオスマン兵たちが、一斉にヴァレットに斬りかかった。


 しかし。


 微塵になれとばかりに振り下ろされたオスマン兵たちの剣は、すべてヴァレットのたった一本の槍にがっちりと受け止められた。


 「これしきか……!」


 ヴァレットの腕が、枯れた老人のそれとは思えない、鋼鉄のような盛り上がりを見せる。


 「聖ヨハネ騎士団を……舐めるなァァァッ!」


 ヴァレットが槍を振り抜くと、屈強なオスマン兵たちは人形のように吹き飛ばされてしまった。


 「このジャン・ド・ヴァレットがいる限り、マルタの民には指一本触れさせん!」


 ヴァレットが槍を天に向け、高らかに宣言する。


 と、そこへ、異変を察知したオスマン軍の兵士たちがなだれ込むように集まってきた。百人や二百人程度ではない。オスマン軍の本隊、精鋭中の精鋭兵たちだ。


 間髪入れずに、槍を構えたオスマン兵たちがヴァレット目掛けて一斉に突進してきた。回避する余地はない。

 何本もの槍が、ヴァレットの体を串刺しにするかに見えた、その瞬間。


 「ディヤァァァァッ!」


 ヴァレットの前方にアンリが回り込み、目にも止まらぬ速度で大剣を振るった。


 一秒後、突進してきたオスマン兵の槍はすべて短く切り刻まれて、バラバラと地面に落ちた。


 「ぬぅ?」


 突然の出来事に、ヴァレットは困惑して眼を瞬いた。槍を斬られたオスマン兵の驚きはそれ以上だ。


 「ヴァレットさん!」


 ユスタの声だ。

 振り返ると、騎士団の面々が、馬に乗って駆けつけてきていた。その馬に、ユスタとベルサも同乗している。


 ついでにマザランも馬の尻尾に縄で繋がれて引きずられていた。すでに意識はないようだ。


 到着したユスタとベルサが馬から降りてヴァレットに駆け寄る。そしてユスタがアンリに呼びかけた。


 「アンリ、遠慮は無用よ。全力でいきなさい」


 「はい、かしこまりましたぁ」


 柔らかい口調で応じ、アンリは大剣を担ぐように構えた。

 そして全身全霊を込め、思い切り大剣を振り抜く。


 「ドォリャァァァァァァッ!」


 裂帛の気合と同時に放たれたアンリの斬撃は、凄まじい衝撃波となってオスマン軍に襲い掛かった。

 何百人という兵士たちが、まるで竜巻にでも巻き込まれたかのように吹っ飛んでいく。衝撃波が通り過ぎたあとには、雑草一つ残っていなかった。


 信じがたい光景に、後続に控えていたオスマン兵たちは、身動き一つできずに茫然と立ち尽くしていた。


 「聞きなさい、オスマン兵たち!」


 ユスタが前に進み出て叫ぶ。


 「あなたたちの敗北は、歴史に裏付けられているわ! 帰ってスルタンに伝えなさい! マルタ島は絶対不落だと!」


 スルタンとは、オスマン帝国の皇帝、スレイマン一世のことだ。


 「あらあら、ユスタ王の御言葉が聞こえないのでしょうか?」


 ユスタの言葉を聞いても棒立ちしているオスマン兵たちを見回して、アンリはすぅと息を吸い込んだ。


 そして。


 「今すぐ逃げ出さねぇと全員ぶち殺すぞゴルアアアァァァッ!」


 島中に響き渡るほどの大声だった。


 このアンリの怒号を聞くなり、完全に戦意を喪失したオスマン兵たちは一斉に背を向け逃げ出した。


 その光景を、ヴァレットはただ茫然と眺めていた。


 「無事でよかったね、ヴァレットさん」


 ベルサが笑顔で声を掛ける。ややあって、ヴァレットも微笑を浮かべて頷いた。


 こうして。


 オスマン軍の総撤退という結末に至り、マルタ島の戦いはヴァレットたち聖ヨハネ騎士団の勝利で幕を閉じたのであった。


 あと、何かマザランも生きていた。





 それから。


 騎士団と一緒に砦に戻ったユスタたちは、ヴァレットから大層深々と礼の言葉を述べられた。


 「おかげでこのマルタ島を守り抜くことができた。どんなに感謝を尽くしても到底足りぬ。本当にありがとう」


 ヴァレットは聖ヨハネ騎士団の財産を謝礼として受け取ってもらいたいと申し出たが、これをユスタが丁重に断った。


 「気にしなくていいわ。私たち、金銀財宝なんて腐るほど持ってるし。その財産は、島の復興に充ててちょうだい」


 ベルサもこれに同意した。


 「それでねヴァレットさん、お宝の代わりに、釘とトンカチとノコギリを分けてほしいの」


 「何? そんなものでいいのか?」


 「ええ、それでじゅうぶんよ。マルタ島の発展を望んでいるわ」


 そしてユスタたちは所望の品を受け取り、ヴァレットたち聖ヨハネ騎士団に見送られながら、砦を後にした。


 「はぁぁ……やっと終わったぁ……」


 道すがら、マザランがげんなりと顔を歪めて言う。


 「うん、大変だったね。マザランも随分とひどい目に遭ってたよね」


 「ほとんどお前のせいだろアホオレンジ」


 「でも楽しかった! また来たいよね、お姉ちゃん!」


 「そうね。現代ではマルタ島は観光地として賑わっているから、元の時代に帰ったら、バカンスに行くのもいいかもしれないわね」


 「そのときも護衛はアンリめにお任せくださいませ」


 そんな会話を交わしながら、ユスタたちはキトラが待つタイムマシンのもとへと向かったのであった。





 「死んでる……」


 キトラは、タイムマシンの前で乾涸びて死んでいた。


 何か月も飲まず食わずで放置されたためだろう。未来からの旅人は、哀れにもこのマルタ島でミイラとなって果てたようだ。


 「どうすんですか、コレ……」


 マザランが絶望的な声で言うが、誰も答えられずに沈黙したままだ。


 ややあって、アンリが懐から軍用水筒を取り出した。


 「可哀そうに。アンリが水筒を持っておりますので、末期の水だけでも与えてあげましょう」


 そう言ってアンリは水筒の口を開け、ミイラ化したキトラに頭から水をビチャビチャと掛けてあげた。


 すると。


 「ぶはーっ!」


 突然、キトラが跳ね起きた。水筒の水を吸収して、肌つやも蘇っている。


 「はっ、はっ、マジで死ぬかと思った! あなたたち遅すぎよ!」


 水を掛けただけで生き返ったキトラを見て、ユスタたち四人はただただ目を丸めるばかりだ。


 「もう黄泉の国一歩手前まで踏み込んでたわ。今、水を掛けてくれなかったら戻ってこれなかったわよ」


 お前はネムリユスリカか、とユスタが呆れ声で言う。


 「とにもかくにも助かってよかったじゃん。あとね、修理用の工具、貰ってきたよ」


 そう言ってベルサは工具一式をキトラに差し出した。


 「でも本当にこんなのでタイムマシンを直せるの?」


 「ええ、もちろんよ。よくやったわ。これであなたたちを元の時代に帰してあげられるわよ」


 工具を受け取ったキトラは、ノコギリをギコギコ、トンカチをトンテンカンと適当に使って、またユスタたちに向き直った。


 「直ったわ、完璧に」


 「嘘くせぇな」


 失礼ね、とキトラはトンカチをマザランに突き付ける。


 「さあ乗った乗った。さっさと元の時代に帰るわよ」


 修理は完璧だと言い張るキトラに急かされるまま、四人はまたタイムマシンへと乗り込んだ。


 キトラが装置を起動し、また呪文を詠唱し始める。


 「エパラキサメ……パロットドルツ……えーと……以下省略」


 「省略可なんだ」


 「タンヤオォォォッ!」


 またしてもタイムマシンが虹色に輝き出し、空中へと浮遊する。


 そして炸裂するように発光した直後、タイムマシンは消失した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ