タイムトラベラー・キトラ登場
屋上に出たユスタたちは絶句していた。アンリが予想した通り、宮殿の屋根に巨大な物体がめり込んでいたからだ。
その物体は、小屋程度の大きさであり、全体が茶色く、ソフトクリームのように渦を巻いていた。
有体に言ってしまえば、それは。
「ウンコじゃん……」
ベルサが、物体の外見そのままを口にした。
ユスタが咎めるように睨む。
「やめなさい、ベルサ」
「だってこれウン」
「やめなさいって」
「いやどう見てもウン」
「シャーラップ」
ベルサの言葉を遮るユスタも、内心ではその見た目のイメージは一致していた。
二人の後ろに控えて立つマザランとアンリも同様だ。
それほどまでに、その物体の形状は紛れもなく完全にウンコだったのだ。
「それで、どうするんですかこれ……」
「どうもこうも、とにかく撤去するしかないでしょう」
「いや撤去と言われたって、こんなでっかいウンコどうすれば……」
困惑を含んだマザランの声は、激しい噴出音に搔き消された。
唐突に、ウンコから撒き散らかされるように、大量の煙が吹き出したのだ。
「お姉ちゃん! ウンコから煙が出てきたよ!」
モクモクと湧き出す煙は完全にウンコを覆い、その姿を包み隠す。
それから。
数十秒後。
煙幕が晴れたとき、ウンコの前に、魔術師のような鍔広帽子を被った女性が出現していた。
「やれやれ……どうにか不時着に成功したようね」
そうつぶやく彼女を凝視する、ユスタ、ベルサ、マザラン、アンリ。
その四人が四人とも、同時に声を上げた。
「エッッッッッッッッッッ!」
すなわち。
出現した女のコスチュームは、大変に性的で扇情的でセンシティブだったのだ。
残念ながら、これほどエロく美しいデザインを精緻に描写する筆力を、筆者は持っていない。原作者様からこのキャラクターのイラストを見せていただいた際に、これはたしかに動画では公開できないわ、と感服したほどだ。
だがもしも、読者である皆様方が、この作品に評価ポイントを入れてくださり、出版社の目に留まって書籍化が実現できたら、この大変に魅力的でえちえちなイラストを披露できるかもしれないという淡い期待だけ書き記しておく。
「あなたは……何者なの?」
ユスタが恐る恐るといった様子で彼女に尋ねた。
「私はキトラ……。遥かなる時空の旅人よ……」
「時空の旅人?」
「ええ、私はこの時代よりずっと未来からきた、タイムトラベラーなのよ」
「タイムトラベラー? 未来人ですって?」
ユスタの問いかけに、キトラはコクンと頷いた。
「未来の人って、皆そんなスケベな恰好してるの?」
「スケベ? 何を言っているのかしら」
マザランが、本当に未来人なのかと疑いの声を漏らす。
「本当に決まっているでしょう。あなたにはアレが見えないの?」
そう言ってキトラは、後方の物体を指し示した。
「バッチリ見えてはいるが……」
「どこからどう見てもタイムマシンでしょう」
「いやどこからどう見てもウンコだろ……」
やれやれとキトラが肩をすくめる。
「そうか……この時代の人たちには、タイムマシンの形状概念自体が存在しないのね」
「よくわかんないけど、昔の人にスマホを見せてもそれを電話だと認識しないようなものなのかな」
どうやら未来においては、あの形こそがタイムマシンの基本的形状であるらしい。
「嘘だと思うなら、あの中に入ってごらんなさい」
この言葉を聞くや、ユスタ、ベルサ、アンリの三人が、揃って視線をマザランへと向けた。
「マザラン、行ってきなさい」
「えっ」
「行かないと、この場で切腹ね」
「えっ」
「介錯はアンリめにお任せください」
「えっ」
三人から迫られて、マザランが渋々といった様子で巨大ウンコに歩み寄る。
「これ、入口がないようだが……」
「入口などという非効率的なものはないわ。本体のどこからでも内部に入れるのよ」
恐る恐るマザランがウンコに手を伸ばすと、その腕がズブズブと埋まっていく。
「ええい、ままよ!」
そして勢い任せに突っ込むと、頭部がずっぽりと内部にめり込んだ。
「うわぁ、枢機卿殿がウンコに頭突っ込んでます」
「冷静に見ると、すごい光景ね」
「記念に写真撮っておくね」
やがてマザランの全身は完全にウンコの中に飲み込まれてしまった。
が、数秒後。
突然ウンコからマザランが飛び出してきた。
「す、すごい! ユスタ王、ベルサ王、このウンコの中マジでスゴイですよ!」
これを聞いて、ユスタたちも顔を見合わせ、思い切ってウンコの中に飛び込んでいった。
「うわぁ」
ウンコの中は本当に広く、そしてほんのり暖かかった。
「ねぇねぇ、これどうやって動かすの?」
ベルサが目を輝かせて尋ねると、キトラは不敵に笑って中空に手をかざした。
するとかざした手の先に、ホログラムのようなウィンドゥが開かれた。
「いいわ、興味があるなら体験させてあげる」
キトラが指先でウィンドゥを叩く。
「準備OKよ。あとは呪文を唱えれば、タイムマシンが起動するわ」
「呪文で起動って、魔法みたいだね」
「厳密には音声認識型セキュリティシステムよ。設定された言葉がパスワードになっていて、ロックを解除するの」
「面白そう、やってみせて!」
いいわよ、とキトラが応じる。
そして彼女は目を閉じて、さながら本物の魔術師がごとく、呪文を詠唱し始めた。
「エパラキサメ……パロットドルツ……ハボシュバラベビ……」
キトラの呪文に呼応するかのように、内部の様々なシステムが起動し始める。
「ウィンガロス……ハバランチ……イグナード……アブラカタブラ……ナムアミダブツ……チョベリグチョベリバ……ブッチホン……ハイパーメディアクリエイター……アベノミクス……ピエンコエテパオン……!」
「最後らへん日本語じゃん」
「ていうか、念仏も混じってたわよ」
ベルサとユスタが口を挟むが、キトラは意に介さず、そのまま呪文を唱え切った。
「リーチイッパツツモ! タンヤオォォォッ!」
すると屋上にめり込んでいたウンコが虹色に輝き出し、ゆっくりと空に向かって上昇し始めた。
そしてひと際強く耀いた直後、ウンコは忽然と消失した。
「タイムリープ機能を作動させたわ。今、このタイムマシンはトポロジカルスペースを通って時空を遡っているの」
「すごい! どの時代に向かっているの?」
「それはわからない」
えっ、とユスタたちが目を丸める。
「そもそも私があの宮殿に不時着したのは、タイムマシンに故障が発生して、年代設定機能がぶっ壊れたからよ。だから今も、いつの時代に向かっているのかわからないの」
「ええええええええええええええ!」
時空の彼方に、ユスタたちの絶叫が遠く響いた。
こうして。
ユスタたちの時空を超えた大冒険が、始まったのだった。