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アンリの章 (後編)


 さて。


 私が現地に到着したとき、そこには無残な光景が広がっていました。


 大地はひび割れて汚水が染み出しており、破壊された建造物からはまだ黒煙の筋が立ち昇っています。


 人間の業が生み出した生々しい戦火の爪痕は、私の心にも鋭い痛みをもたらしました。


 ああ、どうして人は争うのでしょうか。


 聞くところによると、今回の紛争を引き起こしたのは、オパーイ教という宗教組織に属する、シタ=チチ派とヨコ=チチ派なる二大派閥だそうです。


 元は同じ教義に導かれた信徒同士が、何故傷つけあわねばならないのでしょうか。


 これ以上の血が流れないように、このような無益な争いは一刻も早く食い止めねばなりません。


 そのために、私はあることを思いついたのです。


 反目しあう派閥が、もう一度手を取り合って、同じ道を目指せるように。


 私は息を吐いて、精神を集中させました。心を研ぎ澄ませ、あらゆる感覚器官の感度を極限まで引き上げます。


 火薬の匂い。


 銃撃音。


 空気の振動。


 感じ取れました。北北西の方角。これより20キロメートルほど先。どうやら戦闘行為の真っ最中のようです。


 急がねばなりません。私は全力で駆け出しました。私が走ったせいで、ソニックブームが発生し、半壊状態だった周囲の建物を吹き飛ばしてしまいましたが、人の命には代えられません。


 数秒後、私は戦地に到着しました。人間大の岩石が点在する荒野のど真ん中です。


 予想通り、そこでは激しい銃撃戦が繰り広げられていました。


 私は躊躇せず、銃弾が飛び交う両陣営の間に割って入りました。


 「皆さーん! これ以上争うのはやめてくださーい!」


 大声で叫びましたが銃声音にかき消され、私の声は誰にも届きませんでした。そもそも誰一人として私の存在に気付いていないのかもしれません。


 仕方ありません。


 私は拳を振り上げて、全身に力を込めました。


 「チェリャアアアアアアアアッ!」


 裂帛の気合と同時に、拳を地面に叩き込みます。ビキビキと地割れが広がり、大地が激しく振動しました。


 マグニチュード7・0の地震と同程度でしょうか。


 震撼する地面と、私のゲンコツによる衝撃波の煽りを受けて、ようやく両軍は戦闘を中断しました。


 そこで私はもう一度叫びました。


 「皆さん、もう争うのはやめにしましょーう!」


 今度は気付いてもらえたみたいです。皆さん混乱しているようでしたが、とりあえずは一様に、私の方を注目してくださっています。


 「もうこれ以上戦わないでください! これ以上血を流さないでください! 私たちは同じ人間です! 様々な遺恨もあることでしょう! けれどその憎しみの連鎖を断ち切ってこそ、人類の未来は切り拓かれるのです!」


 いよいよここが正念場。私は必死の説得を続けました。


 「シタ=チチ派の皆さんも、ヨコ=チチ派の皆さんも、共に同じ道を歩めるはずです! それを示すために、私はやって来ました!」


 そして私は、秘策の旗を取り出しました。


 ユスタ王とベルサ王のお顔が描かれた錦の御旗です。


 「ご覧ください、これこそが現世におわす唯一神、ユスタ王とベルサ王のご尊顔です! これから皆さんはユスベル教に改宗し、教徒一丸となってお二人を崇め奉るのです!」


 私を囲む両陣営は、理解を得ぬ様子で、ポカンとしてこちらを眺めるばかり。


 私はさらに熱を込めて力説しました。


 「ユスタ王とベルサ王の可愛さに比べれば、あなた方がこれまでに崇拝していた神など便所コオロギのフンにも劣るチンケなクサレ神です! そんなちっぽけな信仰などさっさと捨てて、ユスユスとベルベルを崇拝しましょう! そもそもお二人を崇拝しない人間には人権さえありませーん!」


 情熱を込めた説得を続けるうちに、だんだんと皆さんの顔色が変わってきました。顔が上気して、目が吊り上がっています。


 ……怒ってらっしゃるようです。


 やがて、一人、また一人と、こちらに銃口を向けてきました。


 残念なことに、私の説得は実を結ばなかったようです。


 誰かが発した号令と共に、一斉に銃弾が発射され、私の体に撃ち込まれました。


 まあそれは大した問題ではなかったのですが。


 それよりも。


 私が高々と掲げていた旗も一斉掃射を食らって、ハチの巣状態になってしまったのです。


 そう。


 旗に描かれた。


 ユスタ王とベルサ王のお顔に。


 銃弾が撃ち込まれて。


 穴が。


 ……。


 …………。


 ………………。


 は?


 何? 何ですって? 何をしたと?


 おい。


 お前ら。


 世界で最も尊い、ユスタ王とベルサ王のお顔に。


 何を。


 何をしたアアアアアアアアアアアアアッ!


 フォオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 ゆる、ゆる、ゆるさ、許さねえええええええええええ!


 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


 きええええええええええええええええええええええッ!


 ぶべばぼしゅばらべびべぶんべしゅぼしゅぼしゅぼしゅ!


 ごぶげえええええええええええええええええええええッ!


 ポンッ!


 じゅわわんごおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!


 …………………………………………………………………!





 それから。


 どれほどの時間が経ったことでしょうか。


 ふと気付くと、私は一人で荒野に立っていました。見回してみると、両軍全員がそこら中折り重なるように倒れています。


 何ということでしょうか。


 私は思いました……これが戦争の悲惨さなのだと。


 争い合い、傷つけ合い、殺し合い、それで何が得られるのでしょう。何を得たところで、失った命は二度と戻らないというのに。


 悲痛な思いを胸に、私は皆さんの冥福を祈りました。


 そのとき。


 ぴくり、と目の前で倒れている体が動いたのです。


 どうやらまだ息がある様子。いやよくよく見てみると、その方だけでなく、皆さん一命は取り留めてらっしゃるようです。


 私は急いで、皆さんの体を揺さぶり、気付けを行いました。何人かが低い呻き声を漏らして起き上がります。


 よかった。


 私は安堵して、周りの方々に声を掛けました。


 ところがどうしたことでしょう。目を覚ました方々は、一様に私を見て悲鳴を上げるのです。怯え切った様子で体を震わせ、這いずるように逃げようとします。


 ……あれ?


 ひょっとして、また私何かやっちゃいました? ^^; 





 数ヶ月後。


 私は再建された街で、ユスタ王とベルサ王をお待ちしていました。


 紛争で破壊された街並みは、すっかり修復されて、平和な光景を取り戻しています。かつては対立していた宗教派閥も、今は手と手を取り合い、復興作業に尽力してくださいました。住処を追われた難民の皆さんも、だんだんとこの地に戻りつつあるようです。


 この平和を両陛下にもお見せしたいと思い、お二人をお呼び立てし、視察をお願いしたのです。


 やがて国境に、お二人が到着なさいました。


 「やっほー、アンリ久しぶりー」


 ベルサ王が片手を上げて、私に向かって駆け寄ってきてくださいました。


 その後ろに控えて、ユスタ王もいらっしゃいます。


 「アンリ、話は聞いたわ。見事に宗教間の紛争を収めて、市街地の再建までさせたらしいじゃない。ご苦労だったわね」


 ユスタ王からのねぎらいの御言葉に、私は胸をときめかせました。


 「あああ、勿体ない御言葉でしゅううう」


 平和こそが世界の宝。この宝を誰よりも先にお二人にお見せしたいと、私は願ったのです。


 「さすがはアンリだね!」


 「それじゃあ、街の様子を見せてもらおうかしら」


 私は早速お二人をエスコートして、街の入り口へとお連れしました。


 「はいどうぞ、ご覧ください!」


 バッと手を挙げて、自慢の街並みを披露します。


 そこに。


 ユートピアが広がっていました。


 あらゆる建物にユスタ王とベルサ王のお顔が描かれて、街を横切る道路も、お二人のイメージカラーである紫とオレンジで車線の色が分けられています。


 右を向けばユスタ王、左を向けばベルサ王。


 この街中のどこにいても、必ずお二人のお顔を拝謁することができます。


 そして。


 街の住民たち全員が、さながら軍事セレモニーがごとく、隊伍を組んで方陣を敷き、両陛下をお待ちしておりました。


 彼らの中には、以前シタ=チチ派とヨコ=チチ派に分かれて争っていた、オパーイ教徒の皆さんもいらっしゃいます。


 もっとも今では全員、ユスベル教に改宗してくれましたが。


 そしてユスタ王とベルサ王の御姿を見るや、ずらりと並んだ大衆たちから歓声が上がりました。


 「ユスタ王バンザーイ!」


 「ベルサ王バンザーイ!」


 皆、万歳三唱で、両陛下をお迎えします。


 「何……何なのこれは……」


 ユスタ王が乾いた声を漏らしました。


 「ここにいるのは皆、ユスタ王とベルサ王のみを唯一神と崇めるユスベル教の教徒たちです。かつて争い合っていた者たちの心は、お二人への信仰心の下に一つとなったのです」


 私の言葉に呼応するように、人々が歓声を上げます。


 「ユスタ様ぁぁぁ!」


 「ベルサちゃぁぁぁん!」


 「可愛いよぉぉぉ!」


 「チュッチュしたいよぉぉぉ!」


 「人は何のために生きるのか! いずれ死ぬという運命からは誰も逃れられない! 何を手に入れても、あの世にはビタ一文持っていけない! だからこそ人間は生きている内に、死をも恐れぬ幸福の身を手に入れねばならない! そのために我々はユスタ王とベルサ王に身も心も魂も捧げ修行するのだ! グラユゴンの門をくぐり、ティラムを得るには、己の全てをユスタ王とベルサ王にカプチャするより他にないのだ!」


 皆さん、完全にユスベル教を受け入れ、信徒となってくださったようですね。


 会話の中に教徒にしかわからない専門用語を織り交ぜてくるのが、ガチっぽくていいです。


 この光景を見れば、ユスタ王もベルサ王も、きっと心より喜んでくださっていることでしょう。


 ……あら?


 ユスタ王? ベルサ王?


 どうしてじりじりと後退なさっているのですか?


 街はこちらですよ?


 ユスユス?


 ベルベル?


 いずこへー?


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