表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/28

ユスタとベルサとマザランとアンリ登場

 「ああ、素晴らしい朝ね」


 ある日。


 ある国。


 ある宮殿にて。


 窓から差し込む朝の陽光を浴びながら、彼女はつぶやいた。

 美しい紫の髪をなびかせ、紫のコートを羽織り、ショートブーツまで紫色にあしらった、全身パープルコーディネートの少女。

 彼女こそが、この宮殿の主にして、この国の王。


 ユスタ・カステルモールだった。


 「こんな日は、誰にも邪魔されずに、一人静かに本でも読んでようかしら」


 ユスタが優雅に髪を掻き上げた、そのとき。


 「おねーちゃーん!」


 背後から元気いっぱいな声が飛んできた


 「おねーちゃーん! おはよー!」


 現れたのは、一人の少女だった。こちらはオレンジの髪に、オレンジのコート、足先までオレンジだ。

 

 彼女はベルサ・カステルモール。


 こちらもまた、この国の王である。


 その姿かたちは、対面するユスタと鏡映しのようにそっくりだ。

 それも当然。ユスタとベルサは双子の姉妹なのだから。

 違いは髪飾りくらい。ベルサは太陽を模した髪飾りをつけており、ユスタのそれは武骨な鉄仮面の形だった。


 「あらベルサ、おはよう。でもお姉ちゃん低血圧だから、朝からそのテンションはやめてね」


 「お姉ちゃん、聞いて聞いて! 私昨日ね! 徹夜してね! 面白いクイズ考えたの! お姉ちゃんにしていい?」


 「夜はちゃんと寝なきゃだめよ。大きくなれないわよ」


 「うん、わかった! それじゃあいくね」


 「少しは人の話を聞きなさい」


 落ち着き払った態度のユスタに対し、ベルサは元気いっぱいの興奮状態だ。

 姿こそ同じでも、二人の雰囲気はまるで正反対だった。


 「まぁいいわ、せっかくだから出してみなさい」


 「じゃあね、『上は大火事、下は洪水、これなーんだ?』」


 これを聞いたユスタは、やれやれとばかりに頭を振った。


 「簡単すぎて反吐が出るわ。答えはお風呂よ。お風呂を沸かしたら、上の方が熱くて下は冷たいままだもの」


 「はい残念アホ丸出し。正解は……! 『愛撫されてる女の子』でしたー!」


 「…………」


 ユスタが無言で硬直する。


 「……いいかしらベルサ。そういう問題は、女の子が口にするものじゃないわ」


 「うん、わかった! このクイズ、宮殿の皆にも教えてあげるね!」


 「話を聞きなさいと言っているでしょう。あなたの頭には、何か深刻なエラーが発生しているの?」


 そのとき扉が開く音がした。

 二人がそちらへ顔を向けると、部屋の入り口に、赤い燕尾服を着た女性が立っていた


 「失礼いたします」


 「あ、マザラン。おはよー」


 エレガンスに頭を下げ、女性は室内に一歩足を踏み入れた。


 美貌を湛えた切れ長の瞳の一方には、片眼鏡がキラリと光っている。燕尾服の裾から下には、スラリと細長い脚が伸びており、衣服越しでもスタイルの良さが十分に察せられた。


 彼女こそが、この国の宰相にして枢機卿、マザランだった。


 「ユスタ王、ベルサ王、朝食の準備が整いました」


 マザランがパチンと指を鳴らすと、給仕係の侍女たちが続々と現れ、室内に素早くテーブルセットを運び込んだ。テーブルの上にはすでに豪華な料理が並べられており、たちまちユスタとベルサの目の前に、見事なモーニングテーブルがセッティングされた。


 「わーい、朝ごはんだー!」


 ベルサが笑顔で着席する。その隣にユスタも行儀よく腰掛けた。


 「いっただきまーす!」


 「待ちなさい、ベルサ」


 料理に手を伸ばそうとしたベルサを、ユスタが制した。


 「マザラン、あなたまた料理に毒を盛ったわね?」


 「何を仰っているのやら。妙な言いがかりはおやめください」


 ドン、とユスタが皿を突き出した。


 「サソリが丸ごと一匹入っとるやろがい」


 「くそ、バレたか!」


 マザランは歯を食いしばり、足で床を踏みつけた。


 「これはいったいどういうつもりなの?」


 「あなた方を暗殺して、国を丸ごと乗っ取るつもりです」


 「正直者か。これでいったい何回目の暗殺未遂かしら」


 「106兆6097億回目くらいです」


 「国家予算かよ。少しは叛意を隠す努力をしろよ。まさか朝食にサソリの姿煮を出されるとは思わなかったわ」


 そこへまた、新たな入室者が現れた。


 「ユスタ王、ベルサ王、ご機嫌麗しゅう」


 「わー、アンリじゃん。久しぶりー」


 入ってきたのは白い鎧を着込んだ麗しい女性だった。腰には大剣を携えている。ピンク色の長い髪はゆるめの三つ編みになっており、頭部にはチューベローズという白い花をイメージした髪飾りが光っていた。


 彼女の名はアンリ。この国の軍部トップである大元帥だ。


 「今日もお二人はお可愛くてアンリは嬉しいです。めっちゃシコい」


 んん? とユスタとベルサが首を傾げる。


 「困っていることはありませんか? 何かつらいことがあれば、アンリに申し付けください」


 歩み寄ってきたアンリに、ベルサが口を尖らせてみせた。


 「あのねアンリ、マザランが私たちの料理に毒を盛っちゃったの」


 「だから朝食が食べられなくて困っているわ」


 「まぁまぁ、それは大変ですね」


 そう言った次の瞬間、アンリの表情が豹変した。


 「おいコラァ……!」


 ギロリ、とアンリの眼光がマザランに向けられた。


 「何だァ……てめェ……!」


 ヒッ、とマザランが息を吞む。


 「お二人の料理に一服盛っただとォ……? お二人に睡眠薬を飲ませて、熟睡させたところを手籠めにしようとしただとォ……?」


 「いやどんな独自解釈してるんだよ」


 「絶対に許さねェ……! マトモな死に方ができると思うなよォォォッ!」


 アンリが携えた大剣を抜き放ち、切っ先をマザランに突き付ける。


 「全身八つ裂きにして、臓物全部ぶち撒いてやルルルァァァァァッ!」


 「ひぇぇぇぇっ!」


 待ちなさい、とユスタの一声が響いた。


 「朝っぱらからそんなものぶち撒けるシーンなんて見たくもないわ。それより代わりの朝ごはんを用意してちょうだい」


 「うんとね、私は黄身までカチカチに焼いた目玉焼きが好きだよ」


 ベルサの言葉に、アンリはくるりと振り向いた。


 「まあ、王のご所望とあらば、すぐにでも用意いたしましょう」


 そして手にしていた大剣の切っ先を、今度は自分の眼前に突き付けた。


 「それでは今からアンリめの目玉をくり抜いて、ジュワッと焼いて差し上げますのでぇぇぇぇ! どうぞお召し上がりくださいぃぃぃ! これがホントの目玉焼きぃぃぃ!」


 「グロはやめなさいってば」


 ユスタ。

 ベルサ。

 マザラン。

 アンリ。


 これら四人が、この国の主要人物たちだ。


 「アンリめの眼球を、ユスタ王とベルサ王に口に含んでもらってぇぇぇ! もぐもぐ咀嚼してもらってぇぇぇ! ごっくん飲み込んでもらってぇぇぇ! 消化してもらって吸収してもらって体の一部に取り込んでもらってぇぇぇ! お二人の体の一部となって永遠に生き続けるにょぉぉぉ!」


 いざぁぁぁ、と意気込んでアンリが己の眼球に剣を突き立てようとした。

 そのとき。

 轟音と震動が、部屋全体を襲った。


 「きゃあぁぁっ!」


 ベルサが悲鳴を上げてユスタに抱きついた。


 「何だ、地震かッ!」


 「慌てず避難するのよ!」


 マザランとユスタも取り乱してキョロキョロと首を回した。

 しかし。


 「大丈夫ですよ。もう揺れは収まりました」


 落ち着いた口調で、アンリがそう言った。


 「え……? あぁ本当ね」


 「今のは地震じゃないと思います。頭上から衝撃波を感じましたから」


 言いつつアンリは人差し指を天井に向けた。


 「上から……?」


 「はい、何かが宮殿の屋上に墜落したんじゃないでしょうか」


 「屋上ですって?」


 「ええ多分、小型の飛行機くらいの大きさじゃないかと」


 それを聞き、ベルサが目を丸める。


 「どうしてアンリはそんなことがわかるの?」


 「慣れているだけですよ。戦場ではミサイルやら撃墜された戦闘機やらが、よく建造物の上に降ってきますから。というわけで、ちょっと屋上の様子を見に行ってきますね」


 さらりと言うアンリに、ユスタたち三人はしばし絶句していたが、やがて顔を見合わせて頷いた。


 「私たちも、行きましょう」


 そして一同はアンリを先頭に屋上へと向かったのだった。


 そこに何があるのかを、確かめるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ