茂木安左衛門記是伍
浜松
「どこへ向かっているのだ。」
船に揺られながら、早川殿に聞いた。早川殿の手には1歳になる長男五郎がいる。その横には12歳になる長女がいる。
「浜松にございます。」
「浜松。」
「ええ。」
氏真は声に出して驚いてしまった。しかし、改めて考えてみれば他に行くあてもない。遠江国浜松。以前の曳馬である。去る年、徳川家康が曳馬城を占拠してのち、居城を三河国岡崎城から曳馬城へと移した。家康は曳馬を「馬を引く」つまり、「戦に負ける」につながるからと浜松に改称して、新たな城を築城中だということは噂に聞いた。
「(あそこにまた行くのか。)」
氏真が今川家当主だった頃、飯尾連竜を攻めた地である。
「(ふむ…。)」
「今川義真」を捨てて、一人の「今川氏真」として生きることにした今の自分が、かつて「今川義真」として合戦に望んだその土地に行って、どうなるのだろうか。不安気な氏真を横目に早川殿は、直接、自分の眼で浜名の海が見れることを楽しみにしていた。
元亀2年。12月。氏真一行は遠江国掛塚湊に上陸した。浜松は目と鼻の先である。
「お待ち申し上げておりました。」
船を下りると、徳川家の奉行が待っていた。小田原の誰かから書状が届いていたのだろう。
「(江雪斎殿だろうか…。)」
氏真一行は徳川家中の者に連れられながら浜松城を目指した。浜松城は旧曳馬城を取り込む形で各所が築造されている最中である。城普請の侍や人足が多く見られた。城下の町並みも徐々に整いつつあるようだった。城内に入ると広間に通された。
「(なかなかの造りであるな。)」
氏真は感嘆した。城の内装としてはかつての駿府の今川屋敷に劣るかもしれない。それでも、やはり新築の良さがあるのだろうか。木材の匂いが香しい。
「御道中船旅、無事に御到着なされ祝着至極に存じまする。」
徳川家康である。
「此度は急な事ながら、我等一行をお受け入れ下さり、有難く存じます。」
一通りの口上が終わり、氏真ら一行はそれぞれの屋敷に案内された。屋敷も新築であった。
「良かったですね。」
「そうだな。」
氏真と早川殿は一段落着いた。家康にも他意はない様子であった。
「家康殿はなかなかに律儀な者だな。」
「左様にございますね。」
早川殿は五郎を抱いている。元主君の子とはいえ、相手は人質だったのである。それに刃を交えたのも一度や二度ではなかった。ここに来て、氏真は、今まで出会った者たちとは違う何かを家康に感じていた。それは親近感なのか、家康の性格によるものかは分からなかった。その夜は、浜松城で氏真ら一行を持て成す宴があった。
「お懐かしゅうございますな。」
家康と氏真が話かけている。話は家康が駿府にいたときのこと。雪斎や義元のこと。掛川籠城戦でのことなどであった。
「また機会があれば、連歌や茶の湯などを共にしたく存じまする。」
家康はそう言っていた。
浜松城下での暮らしは、氏真に一層、悠々自適な毎日を送らせた。この頃、「今川義真」の姿は影も形も見られなかった。氏真は本格的に和歌に没頭するようになった。そのときの自分の気持ちや感じたことを和歌に詠うことによって、一個の「今川氏真」という人物が自身の中で作られていった。
ある日、氏真は妻を連れて外出した。行き先は浜名の海だった。
「綺麗な景色にございますね。」
「まったくだ。」
海も空も青々としていて、潮風が気持ち良い。駿河の海を思い出した。9年前、氏真はこの地で家康と対陣した。そのときのことを思い出すと、霧がかかったように思い出せない。
「(不思議なものだ。)」
「今川義真」として生きていた頃は「今川氏真」のことが思い出せず。「今川氏真」として生きている今は「今川義真」のことが思い出せない。今の生活は幸せである。しかし、自分が「今川義真」でもなく「今川氏真」でもない、その二つを合わせた存在になることはあるのだろうか。
「どうなされましたか。」
早川殿が微笑んでいた。
「また御難しいことをお考えしていたのでございましょう。」
「そうだな。」
しかし、今はそんなことはよかった。氏真の傍には妻と子の笑顔があるから。
この小説はフィクションです。